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2010年8月 4日 (水)

「平成の船中八策」を実現する市民の会、その88[欧州連合における(民主主義の赤字)と(マルチレベル・ガバナンス)③」

「欧州連合における(民主主義の赤字)と(マルチレベル・ガバナンス)」

又、同手続きには理事会に有利な手続き上のハードルや時間的制約が課せられており、欧州議会がよほどの「超多数(supermajority)」によって意思を統一していない限り理事会の決定を覆すのは困難となっている(Weiler, pp.17–18)。これらの制限はマーストリヒト条約の改正交渉を通じて1999 年に発効したアムステルダム条約によりかなり緩和されたものの、超国家モデルを支持する理論家達はそもそも議会の立法権が制約されていること自体に強い不満を表している(Maurer,1999, pp. 7–16)。

通常の民主国家における議会と異なり、EU における法案の発議権は「欧州委員会(Commission)」に独占されており、議会が委員会に対抗し、EC 法を「議員立法」として発議する権限は認められていない。更に大きな問題は、立法分野以外で欧州連合が決定を下す際に辿る「決定手続き(Decisionmaking procedures)」の中で、欧州議会が有効な発言力を持つ分野が非常に限られているという実態がある。30 種以上に及ぶといわれる欧州連合の決定手続きの複雑さについては多くの研究者が指摘するところであるが、一例に従えば以下の七種の分野に対応してそれぞれ異なる意思決定手続きが定められている。

即ち、①連合の組織及び基本方針についての決定 

    ②立法に関する決定 

    ③共通通商政策についての決定

    ④共通外交・安全保障政策についての決定 

    ⑤司法・内務協力についての決定

    ⑥予算についての決定 

    ⑦行政上の決定 、である。

この内欧州議会がその議決を通じて「諮問」以上の影響力を与えることができる決定は、②および⑥であげられた立法および予算についての決定に限られる。他の決定、例えば連合条約において欧州連合の第二、第三の柱として設けられた「共通外交安全保障」や「司法・内務協力」分野については、欧州議会の発言権はほとんど認められていない(Nugent, pp. 117–121)。

又、⑦であげられた欧州委員会が下す「行政上の決定」にも議会は関与できない。行政上の決定はその法的根源となるEU 法1 次法(primary legislation) と並ぶ「派生法(secondary legislation)」として、EU 法に準じた扱いを受けることが多い。この派生法の決定に際し、理事会は欧州委員会の内部に特別委員会(committee) を設けることによって事実上その決定を左右できる(いわゆるコミトロジー: Comitology)が、欧州議会はこの派生法の決定には一切関与できない。

一般に立法活動以外に、議会が政府の政策決定に影響力を及ぼす方途として、更に政府の議会に対するアカウンタビリティー(説明責任: Accountability)があげられる。EU においてはEC 法およびEU 政策の立案を行い、決定後にはこれを施行する欧州委員会の欧州議会に対するアカウンタビリティーが問題となろう。80 年代までの欧州共同体は、欧州議会が欧州委員会に質問を行う権利を認めていたが、それ以上のアカウンタビリティーを認めてはいなかった。しかし連合条約は、委員会の議会に対する一定のアカウンタビリティーを保障するため、欧州議会に対し、委員会を統率する委員長の人事に意見を述べる権利および同意権を与えた。

委員長人事に対する同意権は拒否権を伴うものではないものの、事実上委員長は欧州議会の同意なくしてはその職につくことは困難となった。さらに欧州議会は委員会全体(as a body) の人事に対する同意権と、委員会全体に対する不信任案を議決する権利が与えられた(マーストリヒト条約144、158 条、アムステルダム条約201、214 条)。しかし欧州議会にはアメリカ議会等に見られるような個々の委員の人選についての同意権や、個々の委員に対し不信任案を決議する権限はない。こうした委員会の免責性は、議会による委員会の監視を不徹底なものとしている。

欧州委員個人の責任を問えない現行制度が、1999 年1 月に一部委員の不正行為が発覚した際に、議会による追及を不徹底なものとしたことは記憶に新しい。現在の民主的国家におけるアカウンタビリティーは腐敗した政府、あるいは期待した政策効果をあげられなかった政府を、選挙を通じて、あるいは議会の不信任決議を通じて退陣させることにより保障される。この意味で、欧州委員会のアカウンタビリティーは極めて不足しているといえよう(Ladrech, p. 96, 押村, 73–74 頁)。

いささか欧州議会の抱える問題点の整理に拘泥しすぎた感があるが、これまで概観してきたところから、超国家モデルに依拠したEU の民主化の理論についてはもはや詳しい説明は要しまい。即ち超国家モデルは、EU を一個の民主主義国家に見立てた上で、民主主義国家が当然備えるべき民主的機能をEU という超国家にも求めるのである(Beetham and Lord, p. 76)。そのため、法案や政策決定における欧州議会の関与を理事会と同等とし、事実上の二院制(理事会 上院、欧州議会 下院)をEU に導入することや、現在各国の交渉に委ねている委員長人事についても、複数候補者より議会の投票によって委員長を選ぶシステムを導入することにより、EU の政府とでもいうべき委員会が、主権者の意思を代表する議会の信託を得られるようにすることなどが具体的に提唱されている(Jacobs, pp.215–216, Banchoff and Smith, p. 10)。

      その89に続く                          以上

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