「平成の船中八策」を実現する市民の会、その115[欧州連合における(トルコのEU加盟問題⑨)」
2004年9月~12月の動き
2004年10月6日、欧州委員会は、トルコが加盟基準を満たしているかどうかに関する報告書を提出することになっているが、これを肯定的に評価し、加盟交渉の開始をEU理事会に提案するものと解されている。この提案を受け、EU理事会は、12月16・17日、加盟交渉を実際に開始するか決定する。
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2004年9月~12月の動き
2004年10月6日、欧州委員会は、トルコが加盟基準を満たしているかどうかに関する報告書を提出することになっているが、これを肯定的に評価し、加盟交渉の開始をEU理事会に提案するものと解されている。この提案を受け、EU理事会は、12月16・17日、加盟交渉を実際に開始するか決定する。
2004年12月13日、Schröder 首相は、トルコのEU加盟を支持する立場を改めて強調し、代替案 の採択を退けた。これに対し、野党 CDU の Merkel 党首は、2006年の総選挙で政権交代が実現した暁には、国の方針を変更すると述べた。また、CSU の Söder 事務局長は、トルコのEU加盟問題を次期総選挙の主要テーマにする計画を示した。なお、同党は、2004年6月の 欧州議会選挙 に際しても、トルコのEU加盟に反対の署名活動を行うとしていたが、後にこれを撤回している。
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2004年12月16日、ドイツ連邦議会は、与党の賛成多数によって、トルコとの加盟交渉開始を支持する決定を下した。野党 CDU の Merkel 外相は、欧州統合史上、初めて、地理的にヨーロッパを超える国との交渉を認める「歴史的な決定」が下されたと批判し、トルコにおける拷問の実態や宗教の自由が保障されていないことを指摘した。 | |||
New 2006年10月初旬、ドイツの Merkel 首相は、ドイツ・トルコ経済フォーラムに出席するため、イスタンブールを訪問した。10月6日のプレス・コンファレンスでは、懸案の トルコのEU加盟問題 についても言及し、ドイツ首相としては、トルコのEU加盟を支援するが、ドイツ・キリスト教民主同盟(CDU)の党首としては、特権的パートナーシップ の構築を提唱すると率直に述べた。 その115に続く 以上
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「特権的パートナーシップ」 2004年3月12日、ザールラント州の Müller 首相(CDU)は、人権侵害が改善されない限り、トルコはのEU加盟に反対である旨を表明した。 | |||
欧州委員会の報告書 発表を約1か月後に控えた2004年9月、CDU の Merkel 党首は、トルコのEU加盟に反対の姿勢を改めて強調した。特に、同じく保守系の Berlusconi 首相、オーストリアの Schüssel 首相、フランスの Raffarin 首相、また、新欧州委員長に内定している Barroso 氏(ポルトガル前首相)に送った書簡の中で、Merkel 党首は、来る12月の欧州理事会で、トルコとの加盟交渉に反対の立場を取るよう要請しているとされるが、党内からは、加盟交渉の開始を頭から否定するのは問題であるとする見解も出ている。 なお、同じ保守系の政治家でも、Berlusconi イタリア首相、Balkenedne オランダ首相、Lopes ポルトガル首相、Raffarin フランス首相、Karamanlis (ギリシャ首相)、また、Parts エストニア首相は、加盟交渉の開始を支持しているとされる。 | |||
2004年10月、ドイツでは、トルコのEU加盟反対署名運動を実施するかという問題が浮上した。トルコのEU加盟はドイツの運命を左右する重要な問題にあたるとし、CSU の Michael Glos 議員が実施を提案したところ、CDU の Angela Merkel 党首と CSU の Edmund Stoiber 党首の支持を得た。Stoiber 党首は、EUは単なる自由貿易地域ではなく、政治的な同盟であるため、第3国の加盟については、国民の間で議論する必要あるとしている。なお、1999年のヘッセン州議会選挙では、CDU が二重国籍制度への反対署名運動を展開し、勝利したことがあった。
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2004年12月初め、CDU の Merkel 党首と CSU の Stoiber 党首は、連名で Schröder 首相に手紙を送り、トルコとの加盟交渉を開始してはならないと訴えた。その理由として、トルコの加盟は、EUに大きな負担となることが挙げられている。なお、トルコの制度改革を強力に支援することが必要であるため、特権的パートナーシップ を構築すべきであるとしている。近時は、Merkel 党首と Stoiber 党首の対立が表面化しているが、トルコとの加盟交渉に関しては、両者の見解が一致している。 その114に続く 以上 |
ド イ ツ に お け る 議 論 再 燃
欧州議会選挙が実施される2004年、ドイツでは、トルコのEU加盟問題が再び注目を集めている。保守系政党 〔現野党〕の CSU は、この問題を選挙テーマにする予定である。CSU の政治活動はバイエルン州に限定されているが、党議をほぼ共通にし、全国規模(バイエルン州を除く)で活動している CDU がこれに倣うかどうかは不明である。
CDU・CSU は、1994年以降、野党側に回っているが、、現在、政権の構図は大きく逆転している。そのため、両姉妹政党の動向は無視しえないが、2004年2月16日、CDU の Merkel 党首はトルコを公式訪問し、Erdgon 首相と会談した。その際、旧東ドイツ出身の CDU 党首は、同イスラム教国に不相応な期待を持たせてはならないとし、 EU 加盟に反対である旨を明瞭に示した。その理由として挙げられているのは、トルコの巨大さ、経済力が弱いこと、また、人口の33,2%は農業に従事しており、EU は、同国の加盟を経済的に賄えないことである。 |
これに対し、現政権政党は、トルコの EU 加盟に賛成する態度を変えておらず、Merkel 党首のトルコ訪問から、わずか6日後の 2月22日、Schröder 首相は、アンカラに渡り、トルコの EU 加盟を従来通り支援する意向を伝えた。
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前述したように、CDUの Merkel 党首は、トルコの EU 加盟には難色を示す一方で、「特権的パートナー」 としてならば、迎え入れる用意があることを表明している。もっとも、この提案を批判する党員もおり、CDU の公式見解として捉えてよいかは不明である。なお、姉妹政党 CSU の Stoiber 党首は、トルコの EU 加盟は、ヨーロッパの政治統合のビジョンを崩すものとして、Merkel 党首の外交路線を支持している。
EC・トルコ間には、すでに関税同盟が結成されており、経済的には、さらにどのような魅力ある「特権」を与えうるか疑問視する見解もある。また、トルコ自身は、特権的パートナーという地位に満足しないとされている。
その113に続く 以上
ト ル コ の E U 加 盟 が も た ら す 利 点 |
他方、トルコのEU加盟は以下の点で優れている 。
・ | 外交・安全保障能力の強化
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キプロス問題の解決、バルカン半島や中東における和平の実現 EU加盟は、トルコ自身の民主化ないし非軍事化、また、人権保護の促進にも貢献しうると解される 。 | ||
・ | 異教徒間の交流の促進 | ||
・ | 石油資源の確保、貿易の拡大 |
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トルコ系住民の統合能力の弱さ EUの中でも、特に、ドイツには多くのトルコ人が移住しているが、現地の人や社会に完全に溶けこんでいるとはいえない。
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・ | オスマン・トルコ帝国のヨーロッパ侵攻に対する恐怖心を現在でも持っていること
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・ | 地理的要因 もっとも、トルコは、すでに多くのヨーロッパ国際機構に加盟している。例えば、同国は、欧州評議会 の原加盟国である。この問題について、オーストリアの Fischer 大統領 は、欧州統合は人とともに歩むべきであり、ある人を敵対視して行われるべきではないと述べている。 なお、1990年半ばのクルド労働者党(PKK)掃討作戦中に破壊された地域の再建もトルコ政府の主導下で進められており、Tuzla には、追い払われたクルド人家族(約30)が再入植を行っているとされるが、2004年5月以降は、トルコ軍とクルド人の衝突も再発している。地域の荒廃や治安状態を考慮すると、クルド人が居住するトルコ南東部は、ヨーロッパからかけ離れているとも解される。 |
以上の点をまとめると、経済力に劣り、高人口国であるトルコは、宗教、文化、また、地理的に西欧諸国からかけ離れており、国土の大部分は、政治的に安定していない中近東に属することがEU加盟の障害になっていると言える。
統計 DER SPIEGEL, Nr. 8, 16. Februar 2004, Seite 97 |
その111に続く 以上
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ト ル コ の E U 加 盟 を 阻 む そ の 他 の 要 因 |
希望に反し、トルコがEU に加盟できない理由としては、前述したキプロス問題や司法制度・人権保護の改善の他に、以下の点が挙げられる。
・ | 人口・国土の上で、大国であること | ||
・ | 経済力が弱く、特に、農場従事者が多いこと トルコの主要産業である農業は、競争力に劣るため、EU加盟が実現した場合、EUの農業支援費用が膨らみ、EUに大きな負担となるとされている。なお、この3年間、トルコ経済は、平均、年7%代の伸びを示しており、この傾向が続くならば、EU経済を支えうるという見方もある。
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・ | 宗教の違いに基づく生活習慣や考え方の相違
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・ | トルコ系住民の統合能力の弱さ |
前述したとおり、ギリシャ系キプロスは、単独でEUに加盟しているが、トルコ系キプロスが孤立するのを避けるため、欧州委員会は諸策を提案した。もっとも、新加盟国であるキプロスの反対にあい、採択されていない。
ギリシャ系キプロスのEU加盟により、EUはキプロス問題の当事者となったが、近時、この問題、トルコのEU加盟 の観点から注目されている。トルコのEU加盟申請は1984年に遡るが、加盟交渉が開始されたのは、2005年10月のことである。この交渉を成功裡に導き、トルコが念願のEU加盟を実現するには、(ギリシャ系)キプロスを承認し、和平を樹立することが必須の課題となっている 。なお、トルコは、キプロス問題の解決(ないし、ギリシャ系キプロスの承認)は、EU加盟交渉の場ではなく、国連の主導下で進められるべきであるとしている。また、南北統一を阻止しているのは、トルコ系キプロスではなく、ギリシャ系キプロスであるとされる。さらに、和平実現の前提条件として、EUは北キプロスに対する制裁を解除しなければならないと主張している。
関税同盟の拡大に関して
EU(EC)は 関税同盟 を基礎としているため、トルコがEUに加盟するには、キプロスを含めたすべてのEU加盟国と関税同盟を構築する必要がある。従来のEU15ヶ国とトルコの間には、すでに関税同盟が結成されているが、2004年5月にEUに加盟した10ヶ国(キプロスを含む)にもこれを拡大するための議定書は2005年7月に締結された。もっとも、今日まで、トルコはこれを批准しておらず、EUより厳しく批判されている。2006年末までに、キプロスとの関係において、関税同盟に関する義務を誠実に履行しない場合には、EU加盟交渉を部分的に中止すべきと欧州委員会は提案しているが、2006年12月、EU加盟国は最終判断を下す予定である。
② |
司法制度・人権保護の改善
また、最近では、離婚に対する刑罰を再導入する動きが物議を醸している。さらに、性別を問わず、不貞行為の取り締まりを強化する法改正も進められており、今後、問題になる可能性がある。
なお、近時は、トルコの憲法裁判所がオンブズマン法の適用を停止したことが問題になっている。
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その109に続く 以上 |
今回は「トルコのEU加盟問題」を取り上げて見たいと思います。
トルコのEU(当時はEC)加盟を前提にした連合協定は、すでに1963年に締結され、加盟申請は1987年4月14日に遡る。また、トルコ・EC間の経済統合を促進するため、1996年には関税同盟が結成され、1999年には加盟国になりうるとの決定が下されているが、トルコはまだ 加盟基準 を満たしておらず、加盟交渉すら開始されていない状態にある。申請国が加盟基準を満たしているかどうかは、欧州委員会によって調査されるが、2003年11月5日に公表された報告書(Strategy Paper と 2003 Regular Report [欧州委員会の公式サイト]) において、欧州委員会は、同イスラム教国の問題点を指摘している。その要点は以下の通りである。
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1998 年春以来、EU に「東部ダイメンション」 導入を提議してきたのはポーランドだった。ポーランドは同じ未加盟国ではリトアニア、チェコとともに委員会の上記政策指針文書「広域欧州」 策定に関与し、2003 年5 月には東部の隣接国に対する新たな提案をなし、モルドヴァとウクライナをパートナーシップ協力協定 (PCA) を越える「連合のためのパートナーシップ」 と位置づけることを提議した。
広域欧州は第五次拡大がもたらした統合的な隣接地域政策であり、拡大 EU の東端に位置するポーランドが加盟前から安定化策を提案していたのである。広域欧州は経済的側面、すなわち、共通市場の要素が大部分であるため、CFSP よりは広範な概念として外交現場ではとらえられている。
EU は拡大によって域内の平和を構築し、隣接領域の安定化をはかり、さらに欧州を越えて、紛争の防止を図っている。経済力や EU 市場へのアクセスなど、豊富な非軍事的手段を有している点や国際紛争の防止への関心からも、今後の日本と EU との有力な協力分野になることが期待される。
注
1 OSCE に関する邦語の関連文献としては拙稿「第4 章 欧州安全保障協力機構」 植田隆子編著「現代ヨーロッパ国際政治」 岩波書店、2003 年、71Ð91 頁参照。
2 マニュスクリプトの段階ではあるが、ライデン大学から2004 年に出版予定の EU and Conßict Preventionに収録予定の 「What is Conßict Prevention and Do Reliable Indicators to Prevent ConßictsExists?」 の著者であり、欧州委員会の当該部局で紛争防止を担当されている Javier Nino Perez 氏のご好意により同上論文を本稿で資料として用いさせていただくことができた。本稿は同上論文、および欧州委員会部分については担当者の背景説明に多くを負っており、記して謝意を表す。
3 アイルランドの議長国としての対外関係の重点領域は、 効果的な多元主義と EU = 国連関係、 紛争防止の促進、大西洋関係、アフリカ、中東、 人権、である。紛争防止は「全体論的な概念」 とし、 安全保障のみならず、人道、人権、政治、経済、社会的要因を含むとしている。ÒEuropeans-Working Together Programme of the Irish Presidency of the European Union January-June 2004Ó
4 EU の軍事的危機管理の概要については、植田隆子「欧州連合の軍事的・非軍事的危機管理—欧州の地域的国際組織による国際平和維持活動の構造変動」 「国際法外交雑誌」 102 巻3 号、2004 年2 月刊、92Ð110 頁所収参照。EU は2003 年1 月からボスニアに警察ミッションを送り (EUPM)、同年3 月31 日から12 月15 日までマケドニアで北大西洋条約機構 NATO の協力を得て軍事的危機管理(コンコルディア)を実施した。
マケドニアにはこの軍事ミッションに続けて警察ミッション(プロクシマ)を送った。同年6Ð9 月には、コンゴ共和国の人道破綻を安定化させるために、フランスを主導国とする EU 独自の軍事的危機管理作戦(アルテミス)を実施した。時評ではあるが、EU の安全保障問題については、以下の一連の拙稿(いずれも「世界週報」)
がある。「イラク戦争を巡る欧州国際政治」 上、中、下、2003 年5 月20 日、27 日、6 月3 日号、「米国の同盟と欧州統合」 上、下、同年8 月5 日、12 日号、「EU 憲法交渉—影を落とす米欧関係」、同年11 月18 日号、「第一歩踏み出した EU防衛 体制」、2004 年1 月20 日号。
5 Nino Perez, op. cit.
6 Speaking points of Christopher Patten, Commissioner for External Relations, Crisis management:
the role of the European Commission, European Convention, Joint meeting of the External Action and Defence Working Groups, Brussels 14 November 2002.
7 この評価については、以下を参照。Caroline Pailhe, ‘‘I. L‘Union europeenne: la prevention des conßits comme instrument d‘ne politique exterieure en devenir,‘‘ Felix Nukundabagenzi, et al., eds.,L‘Union europeenne et la prevention des conßis, Concepts et instruments d‘un nouvel acteur, Les rapports
du GRIP, GRIP, Bruxelles, 2002, p. 10. See Simon Duke, The EU and Crisis Management, Development and Prospects, European Institute of Public Administration, Maastricht, pp. 140Ð141.
8 Improving the Coherence and Effectiveness of European Union Action in the Field of Conßict Prevention/Report Presented to the Nice European Council by the Secretary General/High Represen tative and the Commission, Press Release: Brussels (30/11/2000), Nr: 14088/00.
9 European Commission, ‘‘Communication from the Commission on Conßict Prevention,‘‘ Brussels, 11.04.2001, COM (2001) 211, Þnal.
10 Nino Perez, op. cit., Annex A.
11 Ibid., Annex B.
12 EU Programme for the Prevention of Violent Conßicts, Press Release: Brussels (7/6/2001).
13 以下、本節の説明は欧州委員会の次の説明文書に依拠し、予算執行の詳細については欧州委員資料(Rapid Reaction Mechanism-Financing Decisions 2001, 2002) で補足した。
European Commission, Information Note, The Rapid Reaction Mechanism supporting the European Union‘s Policy Objectives in Conßict prevention and Crisis Management.
14 以下は、欧州委員会ホームページの資料 (European Commission Check-list for Root Causes of Conßict) に依拠している
15 Draft Treaty of Establishing a Constitution for Europe, Brussels, 18 July 2003, CONV 850/03.
16 A Secure Europe in a Better World, European Security Strategy, Brussels, 12 December 2003.
17 Nino Perez, op.cit.
18 ‘‘Enlarging the European Union Achievements and Challenges,” Report of Wim Kok to the European Commission, 26 March 2003, European University Institute, Robert Schuman Centre for Advanced Studies, p. 8.
19 Commissiion of the European Communities, ‘‘Communication from the Commission to the Council and the European Parliament, Wider Europe-Neighbourhood: A New Framework for Relations with our Eastern and Southern Neighbours,” (以下、‘‘Wider Europe” と略記する)、Brussels,11.3.2003, COM (2003) 104 Þnal, p. 19, Chart 1.
20 「広域欧州」 策定の経緯については、主として以下に依拠している。Dov Lynch, ‘‘2 The new Eastern Dimension of the enlarged EU,” in Chaillot Papers No. 64, Partners and Neighbours: a CFSP for a Wider Europe, EU Institute for Security Studies, Paris, Sept. 2003.
21 Presidency Conclusions, Copehagen European Council, 12 and 13 December 2002.
22 Romano Prodi, President of the European Commission, ‘‘A Wider EuropeーA Proximity Policy as the Key to Stability,” Sixth ECSA-World Conference, Brussels, 6 December 2002.
23 ‘‘Wider Europe.”
24 General Affairs and External Relations, 2518th Council Meetingー External RelationsーLuxemburg, 16 June 2003.
25 Presidency Conclusions, Thessaloniki European Council, 19 and 20 June 2003.
26 Commission of the European Communities, ‘‘Communication from the Commission, Paving the way for a New Neighbourhood Instrument,” Brussels, 1 July 2003, COM (2003) 393 Þnal.
27 Lynch, op. cit., pp. 47ー48, 56. ほかにポーランド外相の以下の演説も参照した。‘‘The Eastern Dimension of the European Union, The Polish View,” Speech by Wlodzimierz Cimoszewicz, Polish Minister of Foreign Affairs at the Conference ‘‘The EU Enlargement and Neighbourhood Policy,”Warsaw 20 February 2003: ‘‘EU Eastern Policy-the Polish perspective,” Lecture by Wlodzimierz Cimoszewicz, Polish Minister of Foreign Affairs, Prague, February 21, 2003.
本稿は DESK の研究費,平成15 年度「21 世紀 COE プログラム」 国際基督教大学「「平和・安全・共生」 研究教育の形成と展開」 及び平成13Ð15 年度科学研究費基盤研究(代表植田隆子) 「欧州における危機管理の発展をめぐる研究」 の成果の一部である.
Conßict Prevention of the European Union
Takako UETA
As is widely acknowledged, the European Union itself is a‘‘ peace project,” which
has created a legal-based supra-national entity and has made wars between France
and Germany impossible. Not only did it terminate the Franco-German conßict, but
it also created a ‘‘security community,” in which member countries no longer launch
wars against each other.
On the occasion of eastward enlargement, economic and political conditions,
‘‘Copenhagen criteria” were set. Candidate countries are requested to meet the
following economic and political conditions: ‘‘be a stable democracy, respecting
human rights, the rule of law, and the protection of minorities; have a functioning
market economy; adopt the common rules, standards and policies that make up the
body of EU law.” The acceding countries should practice Western-style democracy
on which the Union is based. In other words, the member states of the EU will never
Þght a war among themselves since they share the same values such as democracy, the rule of law, and respect for human rights and fundamental freedoms.
The EU‘s target has has been deÞned as conßict prevention and crisis management
outside its borders, including its new neighbourhood policy, ‘‘Wider Europe,” which
encompasses Ukraine, Belarus, Moldova, Russia and Mediterranean neighbours.
This article depicts the development of conßict prevention of the EU. In April 2001,
the European Commission launched ÒCommunication from the Commission on
Conßict Prevention.” Under the Swedish Presidency, the ‘‘EU Programme for the
Prevention of Violent Conßicts” was adopted and its implementation started. The
European security strategy paper, ‘‘A Secure Europe in a Better World,” which was
submitted by Mr.Solana, EU High Representative for the CFSP, and adopted by the
European Council in December 2003, attached importance to conßict prevention.
The EU is to mobilize all its instruments including the Þrst pillar for the purpose of
conßict prevention. The European Commission has developed its own instruments
such as a ‘‘Check list for root-causes of conßict.”
The Draft Constitution referred to conßict prevention as one of the objectives of
the EU‘s external actions. For the purpose of efÞcient conßict prevention, inter-pillar
coordination and closer practical links between conßict prevention and crisis management will be required
その107に続く 以上 .
最後に、EU の拡大と紛争防止との関係に言及することとする。
本稿の緒言で述べたように、EUそのものが EU 域内における紛争防止に成功しており、さらに、加盟国の拡大によって「域内平和」 のゾーンを広げてきた。拡大に関するコック報告書は、次のように述べている。「欧州連合の拡大は先の大戦直後に分断された我々の大陸を漸進的に再び結合している。EU は中・東欧に西欧の人々が一世代以上にわたって享受してきた平和、安定、繁栄のゾーンを拡大している。欧州共同体、現在では欧州連合の歴史的偉業は、紛争、ひいては戦争さえも、加盟国の経済、政治統合を通じて回避することであった。これを欧州の他地域に拡大することははかり知れない価値のある恩恵である。」
EU は2004 年5 月には東と南に拡大し、ウクライナ、ベラルーシ、モルドヴァやバルカンの国々と隣接することになる。これらの国々とは大きな経済格差があり、EU 域内に不安定要因が流入することを避けるために安定化策を講じることになった。すでに第四次拡大によってロシアとはフィンランドの東部国境によって接していた。欧州委員会のデータ (GDP per capita) によれば、EUを100 とするとモルドヴァは1.8、ウクライナは3.4、ベラルーシは5.7、ロシアは8.3 であり、地中海の対岸の国々とも同様の格差がある。
ここで提案された新しい近隣諸国政策は、ロシアも含み、「広域欧州 Wider Europe」 と呼ばれている。広域欧州政策は、厳密には EU は紛争防止策として位置づけていないが、広い意味では、隣接地域と EU の間、および隣接地域内での紛争防止策とみることもできよう。EU の今後の対外関係の重要課題であるので、以下に概要を紹介しておく。
2002 年3 月、ストロー (J. Straw) 英国外相は、東方の近隣諸国に対する新たなアプローチを提案し、翌月の外相理事会はソラナ上級代表とパッテン委員に「広域欧州」 の検討を課し、11 月の外相理事会では安定化策である「新近隣諸国イニシアチヴ」 が打ち出された。当初はウクライナ、モルドヴァ、ベラルーシ三国を対象としていたが、12 月13 日のコペンハーゲン欧州理事会では地中海の南の国々(イスラエル、アルジェリア、エジプト、リビア、モロッコ、チュニジア、ヨルダン、レバノン、パレスチナ占領地域、シリア)も含めた。
地中海の南の国々に対する従来の地域政策(欧州—地中海パートナーシップ)も履行は成功していなかった。
コペンハーゲン欧州理事会結論文書は、拡大が欧州統合に新たなダイナミクスをもたらし、共通の政治的・経済的価値を基礎とし、近隣諸国との関係を進める重要な好機とした。ここで、EU が欧州の分断線を避け、EU の新たな境界の内外で安定と繁栄を増進する確固たる決意であるとしている。
それに先立つ同月6 日、ECSA = WORLD 大会でプローディ (R. Prodi) 委員長は広域欧州に関する政策演説を行った。ここで、「メンバーシップの約束から始めるのではないが、結果としてのメンバーシップを排除するものではない」、「組織以外のすべてを EU と共有する」 という説明をなした。
翌年3 月、欧州委員会は「広域欧州」 と題する政策指針文書を発出した。同文書は EU が繁栄のゾーンと友好的な隣接地域、「友人の環」 を発展させることを目的としなければならないと提案している。EU の基本的な方針として、貧困を減少させ、より深い経済統合、強化された政治、文化関係、国境をまたがる協力の強化、紛争防止の責任の共有を基礎とし、繁栄と価値を共有する地域を創設することがあげられている。具体的には、政治及び経済改革の進展の度合いによって、具体的な利益と特恵的な関係を異なる枠組みで EU が供与する。
近隣諸国は EU の共通市場および人、物、サーヴィス、資本の自由移動を増進する更なる統合と自由化から利益を得られるという展望が与えられるべきであるとしている。 2003 年6 月16 日の外相理事会は上記政策指針文書を歓迎し、欧州委員会とソラナ代表にこれを具体化するためのアクション・プランの策定、具体的手段に関する政策指針文書の提出などを要請し、テッサロニキ欧州理事会がこの外相理事会の結論を是認した。 欧州委員会は7 月に協力の現状、二段階のアプローチを提唱する政策指針文書を提出した。
その106に続く 以上
6. 健全な経済のマネジメント
—経済はいかに健全か収入は限定された数のセクターに依っているのか(単一農産物か、など)自然災害や産品の大幅下落などに対する対処能力
—政策枠組はマクロ経済の安定に有効か
インフレや公債など主なマクロ経済のファンダメンタルズの安定投資を惹きつける能力など
—国家の環境政策がいかに維持されているか
水など天然資源の管理の公正さ、天然資源をめぐる国内、対外紛争の可能性人が流浪するような深刻な環境破壊の脅威(砂漠化など)
7. 社会的・宗教的不平等
—いかに社会福祉政策が実施されているか
識字率、健康、公衆衛生など都市化など公共政策による人口統計の大規模な変化の正確な予見など
—社会的不平等にいかに取り組んでいるか
貧困などの傾向、社会で最も恵まれない層の弱さ、教育、医療、就業、経済的機会への
アクセスの公正さ(女性、少数者を含む)、土地改革などを通じてのコミュニティー間の
不平等に対処する公共政策の存在など
—地域間格差はいかに取り組まれているのか
都市と田舎の差、地域間の再配分政策など
8. 地政学的情勢
—いかに地域の地政学的な情勢は安定しているのか
その国の近隣、未解決の国境問題、海などへのアクセスを不安定な隣国に依存していな
いか
地域紛争解決メカニズムが効果的か
—対外的な脅威の悪影響を受けていないか
外部勢力による不安定化政策、武器の不法取引を管理する能力など
—地域の安定を損なっているか
近隣の領域の民兵や反乱集団の支援、隣国からの戦犯や反乱集団の支援、対外政策目的のための天然資源の搾取、国内での国際的な不法行為の存在
5. 課題と展望—憲法草案と加盟国拡大に伴う「広域欧州」 イニシアチヴ
—EU は、2000 年のソラナ上級代表・欧州委員会の紛争防止に関する報告書以来、概念化においても実践面においても紛争防止に関する取り組みを進展させてきた。本稿執筆時点では交渉中の憲法草案では、I-40 条1 項などで始めて紛争防止に言及している。同条項では、共通安全保障および防衛政策は共通外交安全保障政策の統合的な一部であり、非軍事的及び軍事的なアセットから作戦能力を得て、国際連合の諸原則に従い、連合の域外の任務である平和維持、紛争の防止、および国際安全保障の強化に用いると規定している。III-193 条2 項に含まれる一節では同様に、以下の規定がある。
連合は、以下に掲げる目的のために共通の政策と行動を定め、かつ追及し、国際関係の全分野において高度の協力をなす。
(a) 共通の価値、基本的な利益、安全保障、連合の独立と一体性を護る、
(b) 民主主義、法の支配、人権および国際法を堅固にし、支持する、
(c) 国連憲章の諸原則に従い、平和を保持し、紛争を防止し、国際安全保障を強化する。(以下、略)
共通安全保障防衛政策関連の III-210 条1 項では、I-40 条1 項の任務で、非軍事的・軍事的手段を用いるものは、合同の軍縮措置、人道および救難の任務、軍事的助言及び支援の任務、紛争の防止および平和維持任務等を含む、としている。15 (骨子)
ソラナ上級代表がとりまとめた EU の安全保障戦略文書 (A Secure Europe in a Better World,European Security Strategy) では、25 カ国になる EU は4 億5 千万を超える人口と世界の GNPの四分の一を算出しており、グローバル・プレーヤーとしてよりよい世界を作るために責任を分担すべきとしている。
この文書は、主要な脅威として、テロリズム、大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織犯罪を挙げている。このような新たな脅威に対し、本文書は、「我々は危機が表出する前に行動する用意があるべきだ。紛争防止および危機防止は早期に始めて早すぎることはない。」 としている。
このような脅威に対処するのは軍事力だけでは不十分であり、EU が持つ様々な手段を組み合わせることが有効とされている。将来のための政策インプリケーションとして、危
機管理、紛争防止面においても政治、外交、軍事、非軍事、貿易、開発の活動を含むすべての手段を積極的に用いることが提唱されている。
EU が効果的な紛争防止策を実施していく上で指摘されている問題は、たとえば、第一の柱の通商問題は第二の柱の共通外交安全保障政策に影響を及ぼすため、統合的なアプローチが必要になることである。
第二に、CFSP に軍事側面が入っているために、その機密性から、柱と柱の間の情報
のフローが妨げられることが欧州委員会の側から指摘されている。さらに、6 ヶ月毎の議長国の交替という現行制度は政策の一貫性と継続性を壊すとの批判もある。 議長国の問題は憲法次第では改善される可能性がある。
その105に続く 以上
4. 欧州委員会の「紛争の根源のチェック・リスト」
欧州委員会の前述の政策指針文書や2001 年6 月のゲーテボルグ(ヨーテボリ)欧州理事会で打ち出された前述の「暴力的紛争防止のための EU プログラム」 は、EU の早期警戒の必要性を強調しており、欧州委員会は学術団体である「紛争防止ネットワーク」 と協力して2001 年に「紛争の根源のチェック・リスト」 を作成した。
その目的は第一に EU の政策決定関連機関の注意を喚起する、第二に EU の政策が紛争防止・解決に貢献することを確実にする努力を高めることである。チェック・リストで最高点を付けられた国は、極秘の「警戒リスト」 を通じて外相理事会の注意を惹くことになっている。欧州委員会はほかに、在外代表部からの報告、委員会による公開情報のチェック、欧州委員会人道局 (ECHO) の災害監視システムである ICONS (Impeding Crisis OnlineNews System) も活用している。
チェック・リストは紛争防止、平和構築の分野における国連の関係機関およびほかのドナーと共有されている。チェック・リストを以下に概説しておく。
1. 国家の正統性
—政治体制の適切なチェックとバランスがあるか
憲法の尊重、議会と司法が行政部をチェックする能力、中央からの権限委譲および地方
が中央にカウンターバランスする能力など
—いかに政治・行政権力が包括的であるか
人種、宗教の代表者が政府に含まれているか、政治活動へのアクセスの平等、政策決定
への参加、行政府や公共機関の公正な人員補充などが公正か
—どの程度国家権力集団が尊重されているか
国家権力に反対する歴史的不満、独立運動、革命など問題の極端な解決を唱道する政党、国家が国民の必要に応える能力
—汚職が広範に広がっているか
全般的な汚職のレベル、汚職に対抗するプログラムの存在、官僚機構の広範な収賄、民
間と公務員の談合
2. 法の支配
—司法制度がどの程度強固か
司法の独立と効率、法の前のすべての市民の平等など
—国家の不法な暴力はあるのか
不法行為への治安部隊の参加(道路の封鎖、強要行為など)、治安部隊による人権の弾圧に対する効果的な訴追、刑務所の状態など
—治安部隊に対するシビリアン・コントロール
政策決定に対する治安部隊の影響、治安部隊の使用をめぐる議会のチェック機能など
—組織犯罪が国の安定を損なっているか
犯罪網(麻薬、天然資源、人身売買)によって国や経済がコントロールされているか私兵や準軍隊の存在、など
3. 基本的権利の尊重
—市民的自由、政治的自由が尊重されているか
選挙権、被選挙権、言論・集会の自由を含む市民的自由の保護、自由で公正な選挙、反
対派の権利の尊重
—宗教的・文化的権利は尊重されているか
宗教、民族、文化の差別に対する法による処罰、少数言語を認めることなど
—その他の基本的人権は尊重されているか
人権侵害(拷問、不法拘禁)の訴追、両性の平等、国際人権諸条約の加入および履行、
NGO および国際組織による効果的な人権監視
4. 市民社会とメディア
—市民社会は自由かつ効率的に運営されているか
NGO や集会の権利の国家による保護、活気のある市民社会、政策過程に影響を及ぼし、コミュニティ間の緊張を解く能力など
—どのようにメディアは独立しプロフェッショナルか
政府による検閲、あらゆる社会集団の見解を反映する能力、ジャーナリストの職業的訓
練へのアクセスなど
5. コミュニティーと紛争解決メカニズムとの関係
—帰属集団との関係がいかに良好か
主要帰属集団がお互いに混合する能力、人種・宗教的な暴力の頻度和解メカニズムの存在など
—国家はコミュニティー間の緊張や紛争を仲裁しているか
紛争当事者間の仲裁メカニズム(賢人、オンブズマンなど)、民族などの差異の政治的マ
ニピュレーション、紛争の防止や解決のための宗教的フォーラムの存在など
—管理されていない移民、難民の流れがあるのか
移民と受入側との間の社会的摩擦、移民・難民の基本的権利の尊重など
その104に続く 以上
3. 早期対応メカニズム (RRM)
RRM は、危機状況に向かうか危機にある国々に対し、共同体の柔軟かつ短期間の支援を実施可能にするもので、2001 年2 月26 日の理事会規則 (EC 381/2001) によって創設された。2001 年度の予算規模は2000 万ユーロ、2002 年度は2500 万ユーロであり、活動は次の6 分野に大別できる。
第一は危機に対する共同体としての対応のアセスメント、第二は重大な不安定の兆候
を示す国々および地域における紛争の防止、第三は重大な危機管理、第四は紛争後の和解、第五は紛争後の再建、第六はテロとの闘いである。2002 年度について概要を記す。
第一分野では包括的なアセスメントのチームがアフガニスタンに送られ、欧州委員会のアフガニスタン再建政策の基礎となった。第二分野では、ネパール、インドネシア、南太平洋、スリランカにミッションが送られ、国別戦略文書に反映され、具体的な活動に役立ったとされる。
第三分野ではコンゴ、中央アフリカ、ソマリア、象牙海岸をめぐる仲裁努力への支援がなされた。
第四分野では、スリランカ、アチュの和平合意履行支援、アフガニスタン、スリランカでのメディア支援(正確な報道を行うための支援など)、パプアおよびマケドニア (FYROM) における市民社会構築などが含まれる。
第五分野では、マケドニアにおける民家の再建、アフガニスタンにおける緊急援助プログラムのもとにおける活動、スリランカにおける学校の再建が挙げられ、長期的な援助計画が実施されるまでの先鋒を努める。第六分野ではフィリピンにミッションが送られ、2003 年2 月のパキスタンおよびインドネシアへのミッションの計画がなされた。
RRM による活動と共同体としての復興・開発援助との関係は、
第一に、共同体の長期プログラムの第一段階の履行となる(たとえば、マケドニアの RRM 活動は欧州委員会の南東欧諸国支援プログラム CARDS によって続けられている)、
第二に共同体および他のドナーからの大規模な支援を可能にする(例としてアフガニスタン)、第三に紛争防止・危機対応を EU の開発プログラムに還流させることが挙げられている。
第三点については、ネパールと南太平洋が特記されている。
予算執行を概観すると、2001 年度はマケドニア(数字の単位は100 万ユーロ、12.79、和平合意履行のための信頼醸成プログラム支援および民家再建)、アフガニスタンおよびパキスタン (4.93、タリバン後の政治・経済・社会の再建)、コンゴ共和国 (2.04、和平過程の支援)、紛争防止アセスメント・ミッション (0.22、インドネシア、ネパール、パプア・ニューギニア、フィジー,ソロモン諸島)であった。
2002 年度は、行政管理 (2.25、アフガニスタンの健康管理部門の評価,フィリピ
ン・インドネシアのテロ対抗に関するアセスメント、スリランカの学校再建に関する監督など)、 政策勧告および仲裁関連 (3.00、アフガニスタンの暫定政権の行政に関する政策勧告、同国の情報・文化省、麻薬に関する国家安全保障会議などに対する政策勧告、アフリカ連合の中央アフリカに対する仲裁、象牙海岸に対する西アフリカ諸国経済共同体 ECOWAS の仲裁、インドネシアに対し、パプアの特別自治の履行をめぐる地方政府のアカウンタビリティー支援、レバノンに対する水資源アセスメントなど)、アフガニスタンの安定化プログラム(5.95)、アフリカの角の平和構築(2.60)、パレスチナの再建支援 (5.00)、ネパールの紛争緩和プログラム (0.62)、スリランカの和平構築プログラム (1.80)、アチュの敵対行動停止支援 (2.30) である。
その103に続く 以上
第四に、国際協力に言及があり、紛争防止の分野で鍵的なパートナー諸国、国連、SCE, NGO などとの国際協力を増大させるとされる。このパートナーには国としては米国、カナダ、ロシア、日本、ノルウェーが挙げられている。このように、EU が紛争の防止と取り組む場合には、現行の欧州連合条約構造で欧州委員会が排他的な権限を有する第一の柱と呼ばれる共同体化された部分、逆に加盟国が大きな権限を有する共通外交安全保障政策である第二の柱およびテロとの闘いなどにおいて重要である司法内務協力の第三の柱すべてがかかわっていることが明らかである。
第二の柱の一つの手段である「欧州安全保障防衛政策 ESDP」 の中の、軍事力を展開する危機管理においては加盟国が意思決定を行うが、非軍事的危機管理および紛争の防止面では、欧州委員会は通商や開発援助の分野で梃子となるリソースを有している。
ここで、上記説明との重複はあるが、前述の欧州委員会資料の付録として挙げられている欧州連合が有する紛争防止のための手段の概要を転載することとする。
1. 紛争防止目的で EU が第三国に影響を及ぼしうる枠組ないしは過程
—EU 加盟の将来展望
—契約関係
—地域協力と安定
—財政援助
—市場アクセス
2. 紛争防止の分野における EU によって用いられる活動および手段
—EU 外交・政治対話
—EU および EU 加盟国の国際組織あるいは国際的フォーラムへの参加および調整
—早期警戒
—事実調査
—不拡散および武器廃絶を扱う組織における活動、貢献ないしは参加
—人道支援
—選挙、統治、和平過程、多民族過程などに対する支援
—人権の向上
—安全保障組織の構築
—テロに対する闘い
—監視
—制裁(一般的禁輸、武器禁輸、投資の禁止などの特別措置、資産凍結、人の移動の制 限など)
—人道援助物資の護送
—和平合意を履行する組織構造への参加
—地雷(除去)活動
—小型武器対抗拡散活動
—警官の訓練および監視
—国境管理など
3. 紛争防止のために EU が用いうるアクターおよび組織
—EU 議長職およびトロイカ
—CFSP 上級代表兼理事会事務総長、理事会事務局および政策企画早期警戒ユニット
—欧州委員会
—特別使節および特別代表など
続けて、同上資料の付録として挙げられている「紛争の全サイクルを通じての EU の紛争防止の手段」 の概要を転載する。
1. 潜在的な紛争要因は認められるが表面は安定し、明らかな緊張のない状況
目標設定された援助、民主主義の構築、良い統治、市民社会、制度構築、政治対話など
2. 社会における紛争が顕在化した状況
政治対話、制裁、特別な手段もしくは解決方法の唱道、監視要員の展開、人道支援
3. 戦闘が継続している状況
制裁の脅し、政治対話、予防的軍事介入の唱道、監視ミッション、和平イニシアチヴの支
援、平和強制
4. 紛争終結後の情勢
復員および武装解除、帰還および再統合、地雷除去、紛争後の救援および人道援助、信頼醸成措置、紛争解決イニシアチヴ、統治構造の再建
2001 年前半のスウェーデンの議長国の下では、「暴力的紛争防止のための EU プログラム」 が6 月の欧州理事会で採択された。このプログラムはその後も定期的に欧州理事会に履行報告が出されている。同プログラムは、ソラナ上級代表と欧州委員会の報告書および欧州委員会の政策指針文書の延長線上にあるものとみられる。ここで EU は予防活動を明確な政治的優先事項とし、早期警戒・行動・政策の一貫性を確保し、長期間および短期間の予防の手段を向上させ、防止のための効果的なパートナーシップを関係機関、とくに国連や OSCE と築くとされている。
その102に続く 以上
2. 欧州連合における紛争の防止の定義と主要機関の取り組み
紛争の防止は極めて多義的に用いられている。欧州委員会の担当者がまとめた資料(本稿注2)によれば、欧州連合は次のような作業上の定義を作った。 狭義では、「紛争の防止」 とは、暴力的な紛争の勃発もしくは再発という明白な緊張を短期間で低減するか、防ぐ活動に関係する。この場合、戦闘行動の開始や著しい社会不安が顕在化した緊張状況に対する活動を主として指す。
広義には、暴力的な紛争の根源に対処する、目標を定めた、中・長期的活動を指す。ここでは、表面的には安定しており、平穏であるが、潜在的な紛争の構造的な原因が認められる国の状況にも適用される。この広義の紛争防止は「平和構築 peace-building」 と表現しうる。
対外関係担当のパッテン (C. Patten) 欧州委員は、2002 年11 月14 日、欧州憲法案を議論するコンヴェンションの作業部会での演説で、欧州連合の言う「危機管理」 の三構成要素として、紛争の防止、紛争の管理、および再建を指摘している。すなわち、紛争防止努力が失敗すると、紛争の管理の段階に入る。EU はその前身の時期にもバルカンの地域紛争などに対処してきたが、概念的な整理を伴うアプローチを示した最初の文書は2000 年12 月のニース欧州理事会に提出された、ソラナ代表と欧州委員会による報告書 (Improving the Coherence and Effectiveness of European Union Action in the
Field of Conßict Prevention) であった。
同年6 月のフェイラ欧州理事会は議長国とソラナ代表に対し、紛争防止において EU が一貫性と効率をいかに改善するかに関し、具体的な勧告をなすことを要請していた。この報告書では、紛争の防止を EU の対外関係の優先事項とすることを確認した。ここでは挙げられた勧告(短期)の骨子を以下に列挙する。
1. 紛争の防止を早期に外相理事会で検討する。
2. 上級代表と欧州委員会は政策の履行監督を支援する。
3. CFSP と共通安全保障防衛政策 (CSDP) における紛争防止政策を発達させる拠点として、政治安全保障委員会 (PSC) はその役割を発展させる。
4. 欧州委員会は紛争防止および救難、再建、開発を結びつける政策指針を作成する。
5. 理事会と欧州委員会は予算の規程や手続きを再検討し、共同体の手段 (Community instruments)と加盟国の手段の間の調整問題を検討する。
6. 国連との調整を強化する。
7. 欧州安全保障協力機構 (OSCE)、欧州審議会、赤十字国際委員会 (ICRC)、学界、GO などとの対話、支援の強化など。
この報告を受けて、2001 年4 月11 日付で欧州委員会は紛争防止に関する政策指針文書を発出した。 ここで打ち出された4 つの目標は、長期的対処も含め、以下のとおりである。
第一は、紛争の根源に対処するために、EU の有するすべての手段をより体系的かつ調整して用いることである。
ここで、EU は安定を供給するためには地域統合を支援し、通商で結びつけることを求めるとする。地域統合も通商関係も EU 自身が長い経験を持っている分野である。開発政策およびそのほかの協力プログラムは紛争の根源に対処するために共同体が持っている最も効果的な手段であり、ここで、危機に瀕した国に対しては、真に長期的かつ統合されたアプローチが必要とされると指摘されている。
同様に、欧州委員会と加盟国の活動の調整が確保されるべきとされる。欧州委員会が作成する、EC (欧州共同体)の援助対象国の国別戦略文書 (CSP) を用いて、紛争防止の要素を協力プログラムに注入する方法が提言されている。
すなわち、潜在的な紛争要因を持つ国に対しては、好ましい政治環境のために、民主主義、法の支配、市民社会、独立メディア、男女平等などに対する支援を援助の焦点にする必要があり、同様に、その国の安全保障分野の改革にも共同体はより関与すべきと指摘されている。
第二は麻薬、小型武器の密輸、人身売買、不法取引、環境の悪化など、横断的な問題に、より効果的に取り組む方法を見出すことである。
第三は発生期にある紛争に迅速に対処する能力を発展させることで、効果的な早期警戒システムの必要性が指摘されている。共同体の持つ手段としては、早期対応メカニズム (RRM, 後述)などがあり、EU としては政治対話、特別代表の活用をはかりうるし、共通外交安全保障政策 (CFSP) の「顔」 であるソラナ (J. Solana) 上級代表兼理事会事務総長も紛争防止の活動を行っている。
その101に続く 以上
今回は植田隆子氏の「欧州連合(EU)の紛争防止」の論文をご紹介致します。
植田隆子(うえたたかこ)氏は、日本の政治学者。専門は、ヨーロッパ安全保障、国際機構論。津田塾大学学芸学部卒業後、1981年、同大学大学院終了(学術博士)。成蹊大学法学部助教授を経て、現在、国際基督教大学教養学部教授。2008年7月から、外務省欧州連合日本政府代表部次席大使を務めた。
「欧州連合 (EU) の紛争防止」 植田隆子
国際共同体は暴力的紛争による人間の苦しみやリソースの破壊を避けるべく行動する政治的、 道義的責任がある。EU は民主的価値、人権、正義、連帯の尊重、経済的繁栄と持続可能な発展を基礎とする、紛争の防止の成功した一例である。拡大過程はこの平和と発展の共同体を広域欧州圏の国々に拡張するであろう。
EU Programme for the Prevention of Violent Conßict, Brussels, 7/6/2001.
1. 緒言
1990 年代前半のバルカンにおける紛争は、欧州のさまざまな安全保障組織が、東西対立の解消という新しい国際環境に適応してゆく過程で大きな影響を与えた。ボスニア= ヘルツェゴヴィナなどからの大量の難民の流出などを含む、社会的な負荷を西欧諸国も負うことになり、紛争の未然防止の必要性が強く認識されることになった。とくに、欧州安全保障協力機構 (OSCE) は紛争の未然防止を主要な任務とすることになった。
欧州連合 (EU) の前身である欧州石炭鉄鉱共同体 (ECSC)の発足以来、50 年余りの欧州統合の歴史自体が、独仏対立を根絶し、加盟諸国間の紛争を防止する活動だったと言えよう。この欧州統合体は1993 年に発効したマーストリヒト条約によって共通外交・安全保障政策 (CFSP、第二の柱)を導入し、対外関係を政策領域に取り込み、これとともに
「クロス・ピラー cross-pillar」 と呼ばれる、第一、第三の柱にもまたがる領域である、紛争の防止にも取り組むことになった。
米国に対するテロ攻撃(9.11 事件)以後は、紛争の防止はテロの原因を根絶するという観点からも重要視されるようになった。
日本の学界においては紛争の防止自体には関心が持たれ、ASEAN 地域フォーラム(ARF) などアジア・太平洋の問題については研究が発表されてきたが、高度に発達したメカニズムを持つ欧州の地域的国際組織の動向、実態の全体像については筆者の編著『現代ヨーロッパ国際政治』(岩波書店、2003 年)以外にはほとんど紹介がなされていない。ただし、EU の紛争防止については、EU 自体が体系的な取り組みを始めて日が浅いこともあり、全容を提示する文献は筆者の管見の限りでは、シンク・タンクのペーパー類などを除くと、出始めたばかりである。
そこで、本稿では、EU の紛争防止を取り上げ、その発展過程、実態、課題と展望を素描することとする。欧州連合は2004 年5 月に25 カ国に拡大し、政策が一致した分野においては、国際的にはより影響力を増大させるものとみられる。2004 年前半に議長国を務めるアイルランドは安全保障上、中立の立場をとっていることもあって紛争の防止を重点領域にしている。
紛争の防止に対する EU の取り組みの検討を通じて、EU の対外関係全般の理解を深めることができよう。EU は近年、軍事的危機管理実施 のための軍事能力の整備に努めつつあるが、加盟国の拡大、通商、援助など、紛争防止に有効な非軍事的リソースを豊富に有しており、これをいかに用いているかとい
う点について明らかにすることは、日本の対外政策にとっても役立つ点があるものと思われる。本稿は欧州連合の基本資料に加え、1989 年より現地に長期滞在し、もしくは定期的な訪問を重ね、面接調査によって直接の担当者より収集した資料に依拠している。とくに本稿に直接かかわる面接調査については、2003 年6Ð7 月、DESK の研究調査費、および同年11Ð12 月、国際基督教大学Ô21 世紀 COE プログラムÕ により実施が可能となった。
その100に続く 以上
■第1回欧州社会フォーラム - 欧州労連と傘下労組多数が参加、閉幕反戦デモに100万人
第1回世界社会フォーラムが開催を決定した地域別社会フォーラムの一環としての第1回欧州社会フォーラムが11月6~9日、イタリアのフィレンツェで開催された。フォーラムは426の団体によって主催・運営され、欧州各国を中心とする105ヵ国から6万人が参加して、150のセミナー(基調報告と討論)と250の分科・分散会を含む大小の集会で諸課題について討論し、交流した(開催時点の登録・計画数による)。
11月9日、閉幕行事「平和を求めあらゆる戦争に反対する欧州デモ」が行われ、対イラク戦争反対を中心スローガンに掲げた100万人のデモが「花の都」フィレンツェを埋めた。青年が参加者の大半を占め、マスコミは「青年の海」と形容した。
フォーラムには欧州労連、地元イタリアの最大労組センターのイタリア労働総同盟(CGIL)をはじめ、フランスの労働総同盟(CGT)、ドイツの金属産業労働組合(IGメタル)など欧州各国の有力労組全国センター、個別労組が、平和・非政府団体などとともに、多数参加した。
とくに、主催・運営の主力となったFIOM(CGILの金属機械産業労組)は全力動員で取り組むとともに、自治体と住民の協力、宿泊施設、ボランティアの組織化を含め開催地での受け入れ体制作りにも大きな貢献をした。FIOMはフィアット(自動車部門の株20%はGMが所有)の労働者犠牲の危機対策に反対し、経営側責任の追及、生産と雇用を守る闘いと一体のものとして取り組んだ。
欧州社会フォーラムの100万人集会が採択した「戦争反対アピール」は2003年2月15日に欧州の全首都でデモと集会を展開するように訴えた。
■拡大するEU ― 10ヵ国が2004年新加盟・25ヵ国体制へ
12月にコペンハーゲンで開かれたEU首脳会議は「2004年5月1日に中・東欧などの10ヵ国新加盟」で合意し、25ヵ国体制に移行することを決定した。新加盟が決まったのはエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、マルタ、キプロスの各国で、旧ソ連圏の国も含まれている。これが実現すれば、第2次世界大戦後の東西対立による欧州分断に終止符が打たれ、歴史的な「単一欧州」の誕生となり、EU人口は現在の15ヵ国約3億8千万人から25ヵ国約4億6千万人となる。世界のGDP(購買力平価基準の国内総生産。2001年分)総計に占める割合で見た経済的なウェイトでも、現在の17・0%(15ヵ国)から3.8%増の20.8%へと、米国の規模に接近する(米国22.3%、日本6.7%)。
新加盟が決定した各国では、おおむね今年中に加盟の是非を問う国民投票が実施され、その結果を受けて2004年4月16日に正式加盟協定が調印される。加盟した国の有権者は同年6月に実施される欧州議会選挙での選挙権を獲得する。
なお、他の加盟候補国のうち、ブルガリアとルーマニアについては2007年の加盟実現を目指し交渉が続けられる。今回の交渉の一大焦点となったトルコの加盟問題については、04末までに加盟条件を満たしていると判断されれば「遅延することなく加盟交渉を開始する」と決定された。トルコは、1)地理的にイラクに隣接するNATO 加盟国であり、かつ、基地としての利用を狙い米国が強引な加盟工作をしていた、2)イスラム教が支配的な国である(他のEU加盟国ではキリスト教が支配的)、3)ギリシャ系のキプロスと対立する「北キプロス・トルコ共和国」を実効支配しているなどの問題を抱えている。それだけにトルコの加盟を巡っては現EU内にも強力な反対意見があり、同国の強い要請にもかかわらず前記の「加盟予約」的な決定に終わった。キプロスに関しては、議長総括が「統一キプロスでの加盟を強く望む」として和平を促している。
EUでは諸課題を解決するうえで、政府とともに労使関係当事者も大きな責任を果たす。以前からEUの枠を超えた組織・運動を展開し、34ヵ国の78全国労組、組合員6千万人(2003年3月現在)を擁する欧州労連はEU拡大をチャンスと捕らえて新たな展開を始めている。欧州労連は10ヵ国の新加盟を決定したEU首脳会議の直前、同じコペンパーゲンで、各界の代表を交えた欧州の未来に関する会議「社会的な・市民の欧州」を開催。閉幕にあたって、ガバリオ書記長は「欧州労働組合運動は、欧州基本権憲章、および、完全雇用・ソーシャルダイアローグ(労使対話)・多国間共通労働組合権・EUレベル労使関係当事者の役割・EUレベル労使関係・社会的市場経済・効率的ユニバーサルサービス、を含んだ真の欧州憲法に向かう一段階としての憲法的条約を要求する」とのべ、当面、拡大EUの基本条約に「欧州社会的モデル」を守リ発展させる内容を明記するよう求めた。
その99に続く 以上
欧州労連は3月11~12日、ブリュッセル開いた執行委員会で第1次協議文書に関する決議(付属文書として「欧州労連の見解」を収録)を採択した。労連見解は「欧州労連のこの領域における行動への強力な支持にかんがみて、文書における分析内容面に関しても、提案されている措置に関しても、不十分さに失望を禁じ得ない」とする一方、「確かに、積極的な要素もある」として、「失望」と「積極的要素」の両面からのコメントをした後、「第二次協議において、さらなる野心的な対策の試み」をと、次のように求めている。
「そうした対策には、次の内容が含まれるべきである。
こうして、欧州労連が積極的に推進する立場で望んでいるのに対し、経営者側の欧州産業連盟(UNICE)は協議文書受領直後の声明および今年3月8日の欧州委員会への回答で、現状以上の法的拘束に反対の立場を表明した。
■派遣労働の均等待遇をめざすとりくみ
派遣労働に関する欧州レベル労使間の交渉が2000年7月に開始された。しかし、交渉は2001年春、事実上、決裂した。この事態を受けて欧州委員会がイニシアチブを発揮し、2002年3月、指令案を提出した(ただし、この時点で加盟15国中、11国はすでに、派遣労働者の均等待遇を法制化していた)。
指令案(「派遣労働者の労働条件に関する欧州議会・欧州理事会指令案」)は主に次のような内容を規定している。
同指令案に関する関係当事者・諸機関の検討は12月3日、欧州議会が第一読会を終了するにいたったものの、主に、使用者側が均等待遇の明記に抵抗していることのために、指令の採択には至っていない。
その98に続く 以上
■
■欧州委が「緑書」への回答集約・発表 ― すすむ「企業の社会的責任」・リストラ規制のルールづくり
EU(欧州連合)の政府にあたる欧州委員会は2001年7月、「企業の社会的責任に関する欧州の枠組みを促進する」と題するグリーンペーパー(=たたき台としての政策提案文書。以下、緑書と呼ぶ)を発表し、協議(すべての関係組織、個人の「緑書」討論への参加)を呼びかけた。欧州委員会は1月、さらに、「変化を予測し、管理する ― リストラの社会的側面へのダイナミックなアプローチ」も発表し、労使関係当事者との第1次協議を開始した(「緑書」の内容とそれへの欧州労連の反応は2002年版を参照)。
緑書は「国際機関を含むあらゆるレベルの公的当局、中小企業から多国籍企業までの企業、労使関係当事者、非政府組織、その他の利害関係者、関心を持つすべての個人に、『企業の社会的責任』を促進する新たな枠組みを発展させるための協力関係をいかにして構築するかに関する見解を表明すること」を求めた。
欧州委員会は7月23日の通達で、寄せられた回答意見のまとめと、今後の推進計画、とくに、検討・意見集約機関としての「EUマルチ・ステイクホルダー(利害関係者)フォーラム」の設置を提起した(同フォーラムの第1回は10月16日、ブリュッセルで開催された)。
「緑書」への見解・意見は258件寄せられた。見解表明をした企業および利害関係者には、たとえば次のような機関、団体(労組含む)、企業などが含まれている。全体として、イギリス、北欧から多いことが特徴である。
回答意見のなかでの共通の、最も大きな問題点は、「企業の社会的責任」実行の方法に関する、企業の自発性と法的規制の問題をめぐる対立だった。
この問題に関する「緑書」の提起は、欧州労連の主張(2002年版参照)ほど具体的ではないものの、既存の実践を含めた企業の自発性の尊重と、国際法を含む法的規制の結合・併用であった。
これに対して、各レベルの企業、経営者団体は ILO(国際労働機関)の中核的労働基準やOECDの多国籍企業ガイドラインまでは否定しないがこぞって、自発性原則一点ばりで、「企業の社会的責任」への行政的規制を拒否しているのが特徴である。たとえば、欧州の代表的経営者団体UNICE(欧州産業連盟)の見解は次のようにのべている。
「『企業の社会的責任』は企業主導であり、今後ともそうでなければならない。したがって、UNICEはEUとしての、『企業の社会的責任』へのアプローチ、あるいは、枠組みを作りだそうとするいかなる試み――UNICEはそれを不適当かつ不当と考えるので――にも強く反対する。自発的対応が企業内での持続的な、すぐれた実践を堅実に育成するのに対し、規範的あるいは規制的対応、または枠組み設定は企業の『企業の社会的責任』への関与を侵食しかねない。『企業の社会的責任』は企業内から発展させられなければならず、規律というものは押しつけることはできない」、「欧州委員会は、EUレベル企業間での、すぐれた実践の経験交流の助成によって、『企業の社会的責任』促進に、効果的に貢献できる」。
ICC(国際商業会議所)に至っては、欧州委員会の役割に関して、「『企業の社会的責任』はグローバル・レベルで対応する必要があるグローバルな問題だと考える。したがって、「緑書」が示唆するように、EU法制あるいは『企業の社会的責任』に関する公的政策枠組みが必要だということには、必ずしもならない。いかなるEUの対応も、この分野における、より広範な国際的イニシアチブへの補完的で、かつ支援的(協力的)なものでなければならない」と「コメント」している。
7月23日通達は、これらを総括する形で、「共同行動の原則」として、「『企業の社会的責任』の自発的な性格の承認」など6原則を提起、「EUマルチ・ステイクホルダー(利害関係者)フォーラム」が2004年までに活動報告を欧州委員会に提出するよう求めている(欧州委員会はこの報告を受けた後、更なる対応・促進方法を具体化する)。
次に、欧州委員会リストラ協議文書は、「変化を予測し、管理する ― 企業リストラの社会的側面へのダイナミツクなアプローチ」(以下、第1次協議文書)と題され、英文で13頁ある。
協議文書はその基本的立場を、「創造的リストラ ― 積極的な変化の原動力(独文テキスト=積極的な変化の原動力としての創造的リストラ)」の節で、太字の斜体文字で次のように強調している。「時にはそれがもたらす痛みに満ちた社会的結果にもかかわらず、企業リストラは不可避であるだけでなく、変化の原動力でもある。それは生産性の向上と新テクノロジーの導入に貢献する。そういった意味で、ただ単純に無視したり反対したりしないことが大切である。リストラの社会的影響を適切に考慮に入れ、取り組むことが、それを受け入れ、その潜在力を高めることに大きく寄与する。これは、自らの活動を支配する条件の変化に直面している企業の利益と、失業の危険に脅かされている労働者の利益を、バランスよく結合することを意味する」。
協議文書はEU基本条約138条にもとづき、「リストラ状況下における企業のすぐれた実践を支援するような行動に関する一連の原則をEUレベルで確立することの有効性」など3点について、意見を求めることが目的であるとして、「ありうる主な原則」として次の4項を提起している。
EU(欧州連合)とEUレベルの労働組合運動
EU(欧州連合)は2002年12月のコペンパーゲン首脳会議で、中・東欧などの10ヵ国の新加盟を決め、「グローバル化」の進行下でのさらなる拡張段階にはいった。EUの基本条約としてのニース条約は加盟国批准手続きを終え、2003年2月正式に発効した。99年にEU内の12ヵ国で発足し、2002年1月から現金流通も開始したユーロは、変動を経ながらも、信用を拡大しつつある。一方、経済グローバル化のもとでの国際競争の激化とリストラの波はEUとその加盟国にも大きな変化をもたらし、労使関係当事者、とくに、労働組合に新たな対応を迫っている。また、この間の各国の選挙を経て、EU15ヵ国の「中道左派」政権と「中道右派」政権の数は2002年末現在で、6対9(下記参照)へと大きく「右」に傾いた。この変化は労働問題の分野ではなく、とくに各国労働法制の改悪をもたらしつつある。
「中道左派」=ベルギー、フィンランド、ドイツ、イギリス、ギリシャ、スウェーデン
「中道右派」=オーストリア、デンマーク、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、スペイン
そうしたなかでの2002年、EUレベルでは労使関係や社会福祉を重視する「欧州社会的モデル」の継続発展、その方向性が改めて問われ始めている。
EU議長国は2002年前半をスペインが、後半をデンマークが務めた。03年は前半をギリシャが、後半をイタリアが務める。
2002年の経済指標は、経済(GDP)成長率0.8%(ユーロ12ヵ国平均、「欧州委員会経済予測2002年秋」による推定値、以下同様)、消費者物価上昇率2.1%、失業率8.2%(対前年比0.2%増)、財政赤字(対GDP比)2.3%、累積債務(対GDP比)69.6%、とかなり厳しい状況だった。
■2002年の主な闘い・できごと
1.EU関係
2.欧州労連(ETUC)および欧州レベルの産別または企業レベルの労働組合運動
■路面運輸の労働時間に関するEU指令を公布
EUは、路面運輸運転手の労働時間に関する指令(「移動路面運輸業務従事者の労働時間編成に関するEU指令2002/15」)を3月21日に公布した(4月26日発効)。加盟国はこの公布を受けた同指令の国内法化の措置を2005年3月までに取らなければならない。
これまで、トラック運転手などの移動路面運輸業務従事者に関する規制は、1958年に施行され、運転時間と休息期間に関する規制を示した「路面運輸関連特定社会法令の調和化に関するEEC規則3820/85」があった。しかし、これは労働時間全体への効果的規制に欠けていることや、自営運転手が除外されていること、監督制度が弱いことなどから、実効性の低いものとして労組側から批判されていた。
そうしたなか、1993年に公布された「労働時間編成の特定の側面に関する指令93/104」が、運輸部門を除く他産業の労働時間規制の基本的枠組みを示したが、移動労働者は適用除外とされた。
新指令(「移動路面運輸業務従事者の労働時間編成に関する指令2002/15」)は16条から成り、被雇用運転手と共に自営運転手を適用対象としている。
新指令は「週当り最長労働時間」を48時間とし、4ヵ月平均で週48時間を超えない場合にのみ、週60時間を認めている。複数の使用者に雇われている場合は、その合計労働時間としている。
その96に続く 以上
他方、こうした伝統的な民主主義理論に代わるものとして、あるいはこれを補完するものとして、現在EU において認められるようなマルチレベルの「代表」や「認知」に即した民主主義理論が盛んに論じられようとしている。それぞれの議論はまだ十分に成熟したものと
は言えず、ここで系統的な紹介をすることは控えるが、多くの議論の出発点として注目されているのが、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスによる「公共性(Öffentlichkeit)」についての理論である(Banchoff and Smith, p. 5)。
ハーバーマスが1961 年に著した『公共性の構造転換』は、近代社会の成立を歴史的に検討したものであり直接EU を研究対象としたものではないが、市民の間における自由な「公論」(独: Diskurs)の発生がヨーロッパ近代国家成立に際して果たした役割を重視している(Habermas 1990, S. 38–40)。ハーバーマスは後には現代国家の民主的合法性についても、「公論」がもたらす「コミュニケーション行為」を、民族や文化といった「儀礼的」で「神聖なる」紐帯より重視する(Habermas 1995, pp. 259–264)。
即ち「社会的統合の機能と表自的な機能は、最初は儀礼の執行によって果たされるが、後にはコミュニケイション的行為へと移っていき、その際、神聖なる者の権威が、その都度基礎付けられているとみなされた合意の権威によって順次とって代わられていく」(ハーバーマス、岩倉他訳『コミュニケイション的行為の理論 中』、302頁)。そして「近代国家の発達は、国家が正統化の聖なる基礎から、政治的公共性においてコミュニケイション的に形成され、討議によって明確にされる共通意思という基礎へと自らを切り替える、ということによって特徴付けられる」(同、308 頁)。
本論で論じているEU の合法性に即してこの理論を解釈するなら、民主主義は必ずしも歴史的文化的アイデンティティーによって結びついた政治的共同体の存在をアプリオリに必
要とはしない点が注目される。むしろ断片的であれ、市民の間の「公論」によって次第に公共的空間が拡大され「認知」されていくプロセスこそが政治体の民主的合法性に結びつくものである。こうした「公論」に基づく民主化論が、国家の枠にとらわれない「代表」と「認知」によってマルチレベル化しつつあるEU の新たな民主化論として注目を集めており、本論で既にふれた「超国家主義(Supranationalism)」や「国家間主義(Internationalism)」と並んで「下部国家主義(Infranationalism)」といった呼び名も一部で囁かれ出した(Weiler, 1997b, p. 277)。
筆者は、マルチレベル化したEU における断片的な「代表」と「認知」の拡充のみでEU の民主的合法性が保障され得るかのごとき安易な主張に与するものではない(Banchoff and Smith, pp. 212–219)。マルチレベル・ガバナンスにおいて「代表」される利害は未だ一部の組織の自己利害(self-interest) に限られており、マルチレベル・ガバナンスによる意思決定のルールそのものが明確となっているわけではない。したがってEUの運営が一部の圧力団体によって左右され、却ってEU 運営の「不透明化」を招くとの指摘がある(Weiler,
1997b, p. 284, 押村, 75 頁)。
更にマルチレベル化した「代表」によるネットワークの要所にEU 法や欧州政策を最終的に起草し提案する権限を独占する欧州委員会が介在しているため、EU の意思決定のマルチレベル化は却って委員会の情報及び政治的リーダーシップの独占に結びつくとの指摘すらされている(Beetham and Lord, p. 66)。しかし一元的な「代表」と「認知」を前提とする従来の議会制民主主義を「補完する」民主主義理論の芽生えが、民主的合法性の不足に悩むEU にとって有力な理論となる可能性は大いに考えられよう。
しかしこの「ポスト議会主義(post-parliamentary)」の理論は民主的合法性を補強こそすれ、議会制民主主義を侵食するような理論であってはならないことは言うまでもない(Andersen and Burns, pp. 250–251, Andersen and Eliassen, p. 267)。
かつてよりヨーロッパは日本のみならず世界に対して、様々なロールモデルとなってきた。民主主義の思想、運動、体制はいずれもヨーロッパに端を発するものであり、自由主義経済の思想や体制も同じくヨーロッパから起こってきた。又、戦後いち早く展開されてきたヨーロッパ地域統合の実験は、NAFTA,ASEAN,APEC など、他地域における実験のさきがけとなってきた。世界の趨勢がグローバル化を柱とした政治・経済分野の地域統合へと向かっている中、欧州民主主義の新たな実験についてあらかじめ理解を深めておくことは、今後の我々の将来にとって大いに益あるものと考える。
その95に続く「全労働 世界の労働者のたたかい/EU(欧州連合)」 以上
各国政党間の連携も特に注目を集めており、既にあげたソシアルパートナーや後にあげる地方評議会と並び、マルチレベル・ガバナンスの事例として近年特に研究されている分野である。欧州議会に直接選挙が導入されて以来、欧州議会に選出された議員達が、それぞれの出身政党とイデオロギーの似通ったグループごとに欧州議会政党グループ(Party Groups) を組織して議会活動を行うことが通例であったが、各政党間の連携はそれぞれの国益を反映して足並みが乱れることが多く、80 年代まで大きな成果を上げることはなかった。
しかし90 年代に入り、各国政党の横断組織(transnational party federations) の活動が急速に活性化してきた。その背景としては、やはり単一欧州議定書及びマーストリヒト条約の発効後に飛躍的に進んだ政治・経済の「ヨーロッパ化」があげられる。その結果各国政党は、もはや国内政治のみに関わっていたのでは政党としての存在感を維持することはできず、欧州レベルにおける政治活動を活発化せざるをえなくなった(Ladrech, pp. 98–102)。これらの欧州横断的政党グループがEU の意思決定に影響力を与えた事例は、マーストリヒト条約の改正交渉が行われた1996 年ごろから見うけられる。
例えば「欧州社会党(PES)」はその決議を通じ、アムステルダム条約において新たに「雇用(employment)」を共同体の活動目標に加えさせたし(同条約3 条)、「欧州人民党(EPP :キリスト教民主主義系)」もその活動を通じ、移民・亡命者政策の協調を同条約の条文に盛り込むことに成功している(同条約6164 条)(Ladrech, pp. 104–108)。
先にもふれたが、かつて各国政党は欧州統合に対する国益から行動することが多く、これが各国政党間の連携を妨げてきた。しかし欧州レベルにおける政党間の連携が進むにつれ、先の雇用や移民政策に見られるように、本来の政党としてのイデオロギーから欧州政治に取り組む例が増えている。
これは政党活動が国家の枠を超えてネットワーク化しつつあることを示していよう(Marks and Wilson, pp.113–131)。地方レベル(subnational) の代表が関与するマルチレベル・ガバナンスの例としては、格差是正基金(Structural and Cohesion Funds) の分野がよく取り上げられる(Hooghe and Marks, pp. 81–118, Allen, pp. 244–245)。この基金は、元々ユーロ導入に備えEU 域内の経済格差を解消するため連合条約によって設けられたものであ
る。
その運営を協議するために設けられた「地域評議会(Committee of the Regions)」が、これまで欧州政治とは無縁であった地方代表者に広範な発言権を与える場となった。EU 圏内の各地方・自治体の代表222 人によって構成される地域評議会は、今のところ正式の権限は何ら持ってはいない。そのためこの評議会の影響力を軽視する向きもあるが、欧州委員会によって提案される地域格差是正政策が事実上地域評議会の諮問を経て立案されてきたことから、多くの研究者は、国家レベルの交渉を軸として運営されてきた欧州政治を、地方レベルをも含めたマルチレベル・ガバナンスへと変質させるものとして注目している(Wallace, p. 31)。
こうしたEU 意思決定のマルチレベル化において注目すべきは、これらEU の意思決定に参加しはじめた諸機関・組織が、EU 域内の市民の利害をそれぞれのレベルで「代表」しつつ、EU をヨーロッパレベルの意思決定をなすフレームワークとして「認知」し、EU を中心に国家の枠を超えてネットワーク化し始めたという事実である。(Banchoff and Smith, pp. 12–13, Anderson and Burns, pp. 232–243)。先に紹介したユーロ・バロメーターの調査結果は、歴史的文化的共有性を具現化する「国家」に対する根深い繋がりを示していよう。
しかしEU のマルチレベル化に着目する研究者達は、この調査結果についても別の解釈をする。同調査に拠れば、確かに将来EU のみにアイデンティティーを感じると予測する市民は4% にすぎないが、一方国家のみにアイデンティティーを感じるであろうと答えた市民も38% にとどまっている。これは過半数(58%) の市民は程度の差こそあれ(EU を主とするもの7%、国家を主とするもの49%)EU と国家の双方にマルチレベルのアイデンティティーを感じている、あるいは将来感じるであろうと考えていることの表れである
(Koslowski, pp. 164–165, Pantel, pp. 56–59)。
先にもふれたように、伝統的な民主主義理論は民族や文化といった紐帯によって結束した、主にナショナルな政治的コミュニティの存在を前提としている。
その94に続く 以上
4. マルチレベル・ガバナンス
ここまでEU の民主化について提唱されてきた「超国家モデル」と「国家間モデル」について検討してきた。その要点を今一度まとめると、超国家モデルは主に欧州議会を通じた直接の「代表」に重点を置くが、「認知」に弱点を持つ。一方国家間モデルは各国における民主主義プロセスに対する「認知」を重視するが、「代表」は間接的なものにとどまる。しかし両方のモデルに共通するのは、いずれも伝統的な国家概念に照らして現在のEU の抱える「民主主義の赤字」問題と取り組もうとしている点である。
即ち国家間モデルは既に存在する合法的民主国家を通じて、又、超国家モデルは共同体を一個の高度な民主主義国家に擬することによりEU の民主的合法性を満たそうとする。しかし近年こうした伝統的な国家概念からEU の民主的合法性を議論しようとすることに疑問を呈する研究者が増えてきた。(Banchoff and Smith, pp. 4–6)
ジョン・ロックやルソー以来伝統的に築きあげられてきた民主主義の諸原理は、国民国家による一元的な支配を前提として打ち立てられた原則である。周知のようにルソーは国家主権を形成するのは「一般意思」であるとし、この「一般意思」によって形成された主権は分割・譲渡できないことを主張している。又、近代政治学理論の基礎を築いたマックス・ウェーバにおいても、考察の対象が都市国家であれ近代的国民国家であれ、合法性の対象となる政治体は常に一元的な「国家」であった。しかし全ヨーロッパ的な一般意思が未だ存在せず、既に国家主権のかなりの部分が分割・譲渡されているEU において、これまでの「国家」概念に基づく民主的合法性理論がそのまま適用できるかどうかが再検討されねばならない。
伝統的な民主主義理論をEU レベルで適用することに疑問を呈する研究者が一様に注目するのは、90 年代以降急速に広まってきたEU の「マルチレベル」化現象である。単一欧州議定書が批准され域内市場が成立し、経済的な国境がほぼなくなったEU 圏内において、さまざまな団体、組織のヨーロッパレベルにおける相互連携が深まってきた(Mazey and Richardson, pp. 218–233)。これらの団体、組織は、政党や労働組合のように、基本的に国家の枠組みの中で発展してきたものだけに限らない。環境保護団体や消費者団体のように、地方を拠点とするもの、あるいはヨーロッパ全体のネットワークの中で発展してきたものも含まれる。
そしてこうした地方レベル、国家レベル、ヨーロッパレベルの、即ち「マルチレベル」の団体・組織が欧州委員会や欧州議会を通じ、国家の枠組みを超えて直接あるいは間接的にEU の意思決定に関与するシーン、即ちEU における「マルチレベル・ガバナンス(Multi-level Governance)」の事例が増加している。
EU におけるマルチレベル・ガバナンスの具体的諸相について詳しく論じる紙幅はないので、ここではいくつか代表的な例を簡単に紹介するにとどめたい。
まず国境を越えた多国籍的(transnational) マルチレベル・ガバナンスが早くから定着した例としてよく取り上げられるのが、EU 域内における社会政策策定におけるソシアルパートナー(social partners) の関与である。1993 年の欧州市場統合以来、統一的な雇用基準及び労働条件を制定する必要が生じた。そのためマーストリヒト条約は付属の「社会議定書」(Social Protocol) により、社会政策分野についての「指令」を特定多数決によって制定する権限を理事会に対して付与している。
(但し周知のように、イギリスは労働党政権誕生後の1998 年まで、先に制定された「社会憲章」や社会政策についての連合条約付属議定書には参加していない)。
この過程において注目すべきは、早くからEC の経済社会評議会でトランスナショナルな労使の利益代表組織として活動していたソシアルパートナー、即ち「欧州労働組合協議会(ETUC)」、「欧州産業連盟(UNICE)」及び「欧州公営企業センター(CEEP)」がEU 圏内の社会政策について協議し、合意した内容を欧州委員会に提案するプロセスが確立された点にある(Springer, p. 426)。そして1995 年にはこのプロセスを経て、育児休暇についての欧州最低基準を定めた「指令」が初めて制定されている(Smith, p. 40)。トランスナショナルなマルチレベル・ガバナンスの他の例としては、EU 圏内で生産される生産物の安全基準の策定につき、ヨーロッパ横断的な消費者グループや環境保護団体が欧州委員会や欧州議会を通じてEU の意思決定に事実上参加している例などがあげられよう(Majone, pp. 66–77, Sbragia, p. 304)。
国家的な(national) 組織がヨーロッパレベルでネットワーク化された例としては、各国議会間及び各国政党間の連携があげられる。各国議会間の連携については先に国家間主義的モデルの中でもふれたが、中でも年2 回理事会の議長国で開催される「欧州問題委員会会議(CEAC)」が、特定の問題に対する各国議会の意見交換の場として機能している。したがってCEAC のネットワークによる各国議会の意見調整を通じ、各国議会も既にEU のマルチレベル・ガバナンスに参加しているという見方もできよう。特に連合条約における
第二、第三の柱である「共通外交安全保障」および「司法・内務協力」の両分野は欧州議会の発言権がほとんど認められていない分野であるだけに、最終的に条約や協定を批准する立場にある各国議会の役割が注目されつつある(Maurer, 2000, p. 354)。
その93に続く 以上
更に1990 年11 月には各国議会の代表者と欧州議会の代表者がローマで「巡回議会」(Assizes) を開催し、折から始まろうとしていた欧州連合条約交渉について各国議会側の立場を明確にする宣言を採択している。このローマ会議は、連合条約における欧州議会の権限を拡大するとともに、各国議会の役割についての文言を連合条約の付属文書に盛り込むなど、一定の成果を上げた。
しかし同時にEU に対する議会的コントロールについて超国家主義的立場に立つ欧州議会側の立場と、国家間主義的立場に立つ各国議会の見解の相違をも明らかにするものとなった。こうした経緯もあって、アムステルダム条約についての政府間交渉に際しては、結局この巡回議会は開催されていない。又、欧州議会に並ぶ「第二院(a secondchamber)」を各国議会の代表者によって設置しようとする構想は、イギリス議会議員による「欧州上院(Upper House of the European Parliament)」構想や、ドイツの地方議会議員達が提唱する「地方院(Regional Chamber of the EU)」構想などがある。
しかしいずれの構想も、上にあげた巡回議会同様、欧州議会側の警戒心を招く結果となり、現在のところ実現の見込みはない(Norton, 1996a,pp. 185–186)。
さて超国家モデルの弱点が「認知」にあるなら、国家間モデルの弱点はその「代表」性にある。先にもふれたように、国家間モデルの基本概念は、民主的に構成された各国機関を通じてEU の民主的合法性に寄与できるとするものであるが、各国機関はナショナルな機関であり決して欧州機関ではない。
したがって各国機関がいかに民主的に代表され各国国民によって認知された機関であっても、欧州レベルの利害を直接「代表」するものではない。
例えば国家間モデルは、理事会による決定を民主的に構成された政府の代表者による決定であるとして、その意思決定の民主的合法性を擁護する。しかし80 年代までのように理事会が専ら外交交渉の場であった時代とは異なり、現在の理事会は多数決原理を導入し理事会として統一された意思を決定する一個の欧州機関である。にもかかわらず理事会を構成する閣僚はあくまで各国国内において個別に選任されており、決して集団的権限を振るう「合議体(Collegiality)」としてその権力を行使するよう国内レベルにおいても欧州レベルにおいても信任されてはいるわけではない。
更に議会による監督は基本的に自国政府が派遣した代表のみに及ぶものであり、理事会が機関として下した政策決定に対する責任追及には限界がある。ましてや各国議会が理事会全体を退陣させることなど不可能である(Beetham and Lord, pp. 63–74)。又、機関としての理事会の活動は連合条約の成立以来、各国議会の承認を必要としないいわゆる「ソフト・ロー(soft law)」の分野において目覚しい拡大を見せていることから、各国議会に対するアカウンタビリティーの限界も指摘されている(Hayes-Renshaw, p. 160, Beetham and Lord, p. 72–73)。
同様の不合理は、議会レベルの「代表」についても指摘される。欧州レベルにおける政策決定と国内レベルにおけるそれとが「補完性の原理」によって条約上区分されているにも関わらず、各国国民は国政選挙を通じて同時に欧州レベルにおける利害についてもその態度を表明せねばならない。つまり国家間モデルに従えば、有権者は「一票」でもって異なるレベルに対する意思表明を行わねばならない(Beetham and Lord, p.70)。しかも国政レベルにおける意思表示が、必ずしも欧州レベルにおける意思表示に合致するものではない。
その典型的な例は、1999 年にデンマークで行われたユーロ導入を巡る国民投票である。デンマーク議会は圧倒的多数でユーロ導入を支持していたにもかかわらず、デンマーク国民は国民投票でユーロ導入を否決している。こうした事例から明らかなのは、国家間モデルでは有権者の意思が欧州レベルで全く代表されないか、代表されたとしてもあくまで国政を通じて間接的に代表されるにとどまるという点である。
その92に続く 以上
3. 国家間主義モデル
「国家間主義」とは、元々国家主権を制約しかねないヨーロッパ統合に反対する運動の理論的根拠として用いられ、統合を促進しようとする「連邦主義(Federalism)」に対峙する概念として用いられることが多かった。もちろん現在でもヨーロッパの統合そのものに反対する意味でこの語が用いられることもある。
しかしかつてECSC の設立交渉において超国家的共同体の出現を警戒し、反ヨーロッパ統合への世論形成に一定の役割を果たした国家間主義的言動も、市場統合からEU の創設にいたる過程の中で微妙に変化している(Banchoff, pp. 186–196)。即ち国家間主義も、連合条約で掲げられた「補完性原理(principle of subsidiarity)」に則り、各国個別で対処するよりも共同体として行動したほうがより大きな成果が見込まれる分野において、
共同体の超国家的機能を認める傾向にある。
その上で共同体の民主的合法性を保障する論拠として、改めて国家間主義が主張されることが多くなってきた。尚、本論における「国家間主義」の概念を示す語として、研究者の間では「インターナショナリズム(Internationalism)」と「インターガバメンタリズム(Intergovernmentalism):政府間主義)」の両語が用いられている。但し前者は「インターナショナル」の語が「国際的」との語感を想起させ、後者も行政府としての「政府」間による交渉を重視する意味にも用いられるので注意されたい。
さて国家間主義の基本は、専ら加盟各国における民主的プロセスを経て構成された各国機関を通じて共同体を運営することにより、共同体の民主的合法性を保障しようとする点にある。この考えは、一見するとEU のような諸国家の連合体にふさわしい理論のように見える。よく指摘されることではあるが、欧州における民主主義的プロセスに対する認識には、イギリスの「ウェストミンスター・モデル」のように「多数決」を基本とする考え方から、大陸の「ライン・モデル」のように「合意」を基本とする考え方まで微妙なニュアンスの違いがある。
国家間主義における民主的合法性は、各国毎に異なる民主的プロセスを尊重すること
によって成立するため、超国家主義モデルにおけるように一つの民主主義プロセスでEU 加盟国全体を括り、各国毎の民主主義に対する認識の相違を無視するような弊害はない。現在欧州議会の選挙が、各国毎に選挙区が分けられ、選挙の実施方法についても各国に委ねられているのは、こうした民主的プロセスに対する認識の相違を反映したものとも解釈できる(Beetham and Lord, p. 68)。
本論冒頭において民主主義的合法性を強化する要素としてあげた「代表」と「認知」に則して論じるなら、国家間主義モデルの最大の強みはその「認知」度にある。先に引用したユーロ・バロメーターの調査結果を見ても、大多数のEU 市民はヨーロッパレベルよりもナショナルレベルにおいてより強いアイデンティティーを感じている。これは欧州議会選挙が未だ加盟各国において「二級」選挙としての扱いを受けており、国政選挙に比べて遥かに投票率が低い(1999 年欧州議会選挙の平均投票率は44% で、国政選挙の投票率より20% から40% 低い)ことにも現れていよう(Beetham and Lord, p. 78, Blondel et al., p. 2, Eurobarometer, p.92)。
国家間主義によるEU 民主化の柱は、理事会における政府間交渉をEU 運営の基調としつつ、各国民主主義の源泉であり、各国で高い「認知」度を誇る「各国議会(National Parliaments)」によるコントロールを、欧州政治のレベルにまで高めようとする点にある。そのための具体的な提案は、以下の2 点に集約される。即ち閣僚を中心とする代表を理事会に送っている各国政府に対する各国議会の監督権を更に強化しようとする動きと、各国議会が欧州連合の意思決定に直接関与できるしくみを整えようとする動きである(Norton,1996a, p. 183)。
まず各国政府のEU 政策に対する議会の監督権を更に強化しようとする動きであるが、早くは1957 年にドイツの連邦参議院がEC 問題特別委員会を設け、政府のヨーロッパ政策に対する監視を強めることにより、将来生じうる議会の立法権の制限に備えようとした(Saalfeld, p.17)。そして単一欧州議定書の制定が日程に上り始めた1985 年を境に、危機感を抱いた他国の議会(ベルギー、オランダ、イタリア、ポルトガル)でも共同体問題を扱う委員会の設置が相次いでいる。
とりわけ欧州政策の審議が活発なことで知られるデンマークでは、単一欧州議定書をめぐる国民投票を期に、議会が欧州委員会によって提案される政策や法案についての文書を取り寄せ、政府が理事会で態度を表明する以前に議会としての立場を採択する手続きが定められた。そして理事会に出席する閣僚は、基本的に議会によって与えられる「口頭での委託(oral mandate)」(外交上の機密を守るため「口頭」の委託がなされる)の範囲内で理事会決議に参加することになる(Arter,pp.111–114.)。英国議会でも当該委員会が何らかの見解をまとめるまでは、閣僚が理事会での態度決定を保留することが慣習化しつつある(Norton, 1996b, pp. 98–99)。
更に連合条約の批准に際し、フランスおよびドイツにおいては憲法改正が行われ、あるいはベルギー、スペイン、アイルランド、オランダ、ポルトガルにおいては政府と議会との協定の形で、政府の対欧州政策に対する議会の関与を強化した。中でも明確なのは、フランス議会の例である。連合条約がフランス議会の権限を損なうものであるとの主張を受け、フランスは同条約調印に際して憲法(88 条)を改正した。これによりフランス国民議会は、欧州委員会で立案中の法案についても政府より諮問を受ける権限を獲得している。
但しこのフランス・モデルの場合においても、議会が関与できるのは、欧州連合によって採択されたEC 法が、フランスの法体系に直接影響を与える場合のみに限られており、実質的には欧州委員会によって提案される法案のわずか2 割程度にすぎない。又、議会が入手できる情報が、欧州委員会が起草する法案の文面だけに過ぎないことが多く、入手できたとしても閣僚理事会の直前であるケースが多いため、議会によるコントロールが十分に果たされているとは到底言えない(Maurer, 2000, p. 352, Lequesne, pp. 77–78,Rizzuto, pp. 52–58)。
しかしこうした各国議会の実績を背景に、マーストリヒト条約の改正を議論した政府間交渉においては「各国議会の留保権(parliamentary scrutiny reserves)」を条約に明記しようとする動きもあった。又、各国議会の側では、理事会の決定に一定数の加盟各国議会の同意を義務付けようとする案なども議論された。しかし1996 年に改定された新連合条約(アムステルダム条約)は付属の議定書(Nr. 9) において、各国議会に関連文書を速やかに送付し、理事会での決定まで6 週間の猶予をおくことを求めるにとどまった。
そして同条約は欧州連合の意思決定に対し、加盟国議会の「一層の関与」を謳ったものの、「関与」の具体的内容には踏み込まずに終わっている(Maurer, 2000, p. 353, Nentwich and Weale, p. 9)。
第二の動き、即ち加盟各国の議会が直接EU の意思決定に関与する道を開こうとする動きとしては、議会相互の連携を拡大し、EU の意思決定に影響力を行使しようとするもの(interparliamentary control) から、各国議会の代表者によって欧州議会に並ぶ第二院を設置しようとする案などがある。議会間連携の動きとしては、まず「各国議会議長会議(Speakers’ Conference)」が定期的に開催されることとなったが、1989 年にはこれを発展させ、各国議会における欧州問題委員会の代表者が集まる「欧州問題委員会会議(CEAC)」が開催された。
その91に続く 以上
「民主主義の赤字」に対する超国家モデルの最大の問題点は、EU をいわば単一の民主国家に擬するための前提条件が備わっていないという点にある。そもそも民主制とは、「デモス・クラティア」、即ち民衆(demos)が司る(cratia) 政治制度である。
そして民主制が成立するためには、主権者たる市民による政治的共同体(political
community) が存在せねばならない(Norris, p. 10)。欧州連合においても、もし本来の意味で共同体の民主化を図ろうとするなら、まずこれを担いうる主体の存在が不可欠である。即ちヨーロッパに強いアイデンティティーを抱く市民である「トランスナショナル・デモス」あるいは「ホモ・ヨーロピアヌス」が誕生していなければならない(Weiler, 1997a, p. 273, Weiler, 1997b, p. 257, 押村, 98 頁)。
ルソー以来の民主主義理論は、国家主権を形成する主体として国民の「一般意思」を想定する。しかしこの「一般意思」を形成すべき市民による全ヨーロッパ的共同体が未だ存在しないEU を、一個の民主主義国家に擬することはできない。欧州議会も、選挙区が各国毎に分かれていることから事実上各国政党の代表者がこれを構成しており、ヨーロッ
パ世論を代表しているとは言い難い(Neunreiter, p.141, Franklin, p.214)。
超国家モデルに対する反論としてよく取り上げられるデータに、「ユーロ・バロメーター」による調査結果がある(Eurobarometer :最新2000 年調査結果は、以下のURL にて閲覧可能http://europa.eu.int/comm/dg10/epo/eb/eb54/eb54_en.pdf)。
これによると欧州連合加盟国の市民の帰属意識が、決して「ヨーロッパ」のみを志向しているものではないことが明らかとなっている。同調査に拠れば、将来ヨーロッパのみ、あるいはヨーロッパに対して自国よりも強いアイデンティティーを抱くであろうと予想する人の合計は、わずか11% に過ぎない(ヨーロッパのみ: 4%、自国よりヨーロッパ: 7%urobarometer, p. 13)。
この問題は、我々が冒頭で民主的合法性をもたらす要素として「代表」と並んであげた「認知」の問題に深く関わるものである。ユーロ・バロメーターの調査結果は、一方的な解釈を加えるなら(他の解釈については後述する)、将来EU を、国家を超えた超国家機関として認知するであろうEU 市民は1 割程度しかいないということを示している。
かつてドイツの憲法裁判所はマーストリヒト条約の批准に際し、条約そのものは合憲との判断を示しながらも、EU が今後「(トランスナショナルな)民意を形成する世論が生まれるような持続的、自由な議論」を展開させることを条件とし、将来の憲法判断に含みを持たせた(Laffan, p. 326)。しかし共通の言語を持たず、ヨーロッパ共通のメディアも未発達で、ヨーロッパ横断的な世論の展開も乏しい現在のヨーロッパにおいて、政治文化的共通アイデンティティーは極めて希薄である(Scharpf, p. 26, Siedentopf, p. 29)。
このように共通アイデンティティーが希薄なところで、理事会や欧州議会の議決に多数決主義を導入しその決定を市民に強制することは、却って「認知」のレベルにおける「社会的合法性」を損なうばかりか社会の不安定を招きかねないことが指摘されている(Weiler, p. 23, Beetham and Lord, p. 77)。
超国家的モデルに対する反論として今一つよく取り上げられる議論に、欧州議会と各国議会との関係の問題がある。かつてEC 委員会は、1969 年のハーグ首脳会議を経て共同体に自主財源制度を導入するにあたって、フランスの専門家ヴェーデルを委員長とする委員会に欧州議会の役割について諮問している。
この諮問を受けて1972 年に出された「ヴェーデル・レポート(Vedel Report)」は、EC の権限が今後も拡大されるならば事実上各国議会の権限が失われかねないことを指摘した。そして「国家レベルでの議会権力の喪失が、欧州レベルで埋め合わせねばならない」ことを提言している(Shackleton, p. 131)。
EC の権限拡大は欧州議会の権限拡大を伴わねばならないとするこの論拠は、後に単一欧州議定書やマーストリヒト条約を通じて共同体の権限が拡大されたのと併せて欧州議会の権限も拡大されたことにより、15 年の歳月を経て部分的に実現することとなる。しかしレポートにおいても指摘された「国家レベルでの議会権力の喪失」が、90 年代になっ
て大きな問題として浮上することになる。
既にふれたように、超国家モデルに基づくEU 民主化の最大の柱は欧州議会の権限拡大にあり、これは理事会の決定に欧州議会がどれだけ関与できるかという問題に還元される。しかし閣僚を中心とする構成国政府の代表が集う理事会に対しては、間接的ではあるが各国政府がアカウンタビリティーを負っている各国議会の監督権が及んでいる。そこで欧州議会の権限を更に拡大するなら、EU の意思決定に対する各国議会、および議会において代表されている各国政党の影響力は逆に弱まりかねない。
したがって欧州議会の権限を拡大することは、とりもなおさず欧州市民がより高く「認知」する各国議会の権限を無視するものであり、これこそが議会制民主主義を破壊するものであるという反論が聞かれるようになったのである。言うまでもなく連合条約が「規則」および「指令」の形をとって、構成国の市民を直接拘束する法令や政策を決定する権限を共同体に与えたことが、構成国議会のフラストレーションを一気に高める結果となっている。
1988 年にドロールEC 委員長(当時)が、10 年以内にEC 圏内における経済上の法令の80% が共同体によって制定されると発言し、サッチャー英国首相(当時)の逆鱗にふれたことがあった(Harryvan and der Harst, pp.240–247, Salmon and Nicoll, pp. 207–214)。現在いくつかの試算によるなら、経済関係の法令については既に7 割以上がEU によって直接制定されているか、国内議会で法的手続きがとられていたとしても、EU の「指令」に基づいて制定されている。
しかもこうした「国家レベルでの議会権力の喪失」が、欧州議会の権限拡大によって「埋め合わせられる」なら、各国議会はますます欧州統合から取り残されることになりかねない
(Weiler, p. 13, Maurer, 2000, p.351, Ladrech, p. 97)。
その90に続く 以上
「欧州連合における(民主主義の赤字)と(マルチレベル・ガバナンス)」
又、同手続きには理事会に有利な手続き上のハードルや時間的制約が課せられており、欧州議会がよほどの「超多数(supermajority)」によって意思を統一していない限り理事会の決定を覆すのは困難となっている(Weiler, pp.17–18)。これらの制限はマーストリヒト条約の改正交渉を通じて1999 年に発効したアムステルダム条約によりかなり緩和されたものの、超国家モデルを支持する理論家達はそもそも議会の立法権が制約されていること自体に強い不満を表している(Maurer,1999, pp. 7–16)。
又通常の民主国家における議会と異なり、EU における法案の発議権は「欧州委員会(Commission)」に独占されており、議会が委員会に対抗し、EC 法を「議員立法」として発議する権限は認められていない。更に大きな問題は、立法分野以外で欧州連合が決定を下す際に辿る「決定手続き(Decisionmaking procedures)」の中で、欧州議会が有効な発言力を持つ分野が非常に限られているという実態がある。30 種以上に及ぶといわれる欧州連合の決定手続きの複雑さについては多くの研究者が指摘するところであるが、一例に従えば以下の七種の分野に対応してそれぞれ異なる意思決定手続きが定められている。
即ち、①連合の組織及び基本方針についての決定
②立法に関する決定
③共通通商政策についての決定
④共通外交・安全保障政策についての決定
⑤司法・内務協力についての決定
⑥予算についての決定
⑦行政上の決定 、である。
この内欧州議会がその議決を通じて「諮問」以上の影響力を与えることができる決定は、②および⑥であげられた立法および予算についての決定に限られる。他の決定、例えば連合条約において欧州連合の第二、第三の柱として設けられた「共通外交安全保障」や「司法・内務協力」分野については、欧州議会の発言権はほとんど認められていない(Nugent, pp. 117–121)。
又、⑦であげられた欧州委員会が下す「行政上の決定」にも議会は関与できない。行政上の決定はその法的根源となるEU 法1 次法(primary legislation) と並ぶ「派生法(secondary legislation)」として、EU 法に準じた扱いを受けることが多い。この派生法の決定に際し、理事会は欧州委員会の内部に特別委員会(committee) を設けることによって事実上その決定を左右できる(いわゆるコミトロジー: Comitology)が、欧州議会はこの派生法の決定には一切関与できない。
一般に立法活動以外に、議会が政府の政策決定に影響力を及ぼす方途として、更に政府の議会に対するアカウンタビリティー(説明責任: Accountability)があげられる。EU においてはEC 法およびEU 政策の立案を行い、決定後にはこれを施行する欧州委員会の欧州議会に対するアカウンタビリティーが問題となろう。80 年代までの欧州共同体は、欧州議会が欧州委員会に質問を行う権利を認めていたが、それ以上のアカウンタビリティーを認めてはいなかった。しかし連合条約は、委員会の議会に対する一定のアカウンタビリティーを保障するため、欧州議会に対し、委員会を統率する委員長の人事に意見を述べる権利および同意権を与えた。
委員長人事に対する同意権は拒否権を伴うものではないものの、事実上委員長は欧州議会の同意なくしてはその職につくことは困難となった。さらに欧州議会は委員会全体(as a body) の人事に対する同意権と、委員会全体に対する不信任案を議決する権利が与えられた(マーストリヒト条約144、158 条、アムステルダム条約201、214 条)。しかし欧州議会にはアメリカ議会等に見られるような個々の委員の人選についての同意権や、個々の委員に対し不信任案を決議する権限はない。こうした委員会の免責性は、議会による委員会の監視を不徹底なものとしている。
欧州委員個人の責任を問えない現行制度が、1999 年1 月に一部委員の不正行為が発覚した際に、議会による追及を不徹底なものとしたことは記憶に新しい。現在の民主的国家におけるアカウンタビリティーは腐敗した政府、あるいは期待した政策効果をあげられなかった政府を、選挙を通じて、あるいは議会の不信任決議を通じて退陣させることにより保障される。この意味で、欧州委員会のアカウンタビリティーは極めて不足しているといえよう(Ladrech, p. 96, 押村, 73–74 頁)。
いささか欧州議会の抱える問題点の整理に拘泥しすぎた感があるが、これまで概観してきたところから、超国家モデルに依拠したEU の民主化の理論についてはもはや詳しい説明は要しまい。即ち超国家モデルは、EU を一個の民主主義国家に見立てた上で、民主主義国家が当然備えるべき民主的機能をEU という超国家にも求めるのである(Beetham and Lord, p. 76)。そのため、法案や政策決定における欧州議会の関与を理事会と同等とし、事実上の二院制(理事会 上院、欧州議会 下院)をEU に導入することや、現在各国の交渉に委ねている委員長人事についても、複数候補者より議会の投票によって委員長を選ぶシステムを導入することにより、EU の政府とでもいうべき委員会が、主権者の意思を代表する議会の信託を得られるようにすることなどが具体的に提唱されている(Jacobs, pp.215–216, Banchoff and Smith, p. 10)。
その89に続く 以上
「欧州連合における(民主主義の赤字)と(マルチレベル・ガバナンス)」
2. 超国家モデル
現在EU における民主主義の赤字を解消する論拠として、最も広く提唱されているのが「超国家(supranational)」モデルによる民主化理論である。このモデルは、EU をもはや主権国家の集合体としてではなく、一種の超国家(super-state)として位置付けている。したがって民主国家として当然備えるべき民主的機能を超国家たるEU にも導入することにより、民主主義の赤字の解消に結びつけようとする。
以下ではまず先に民主的合法性をもたらす要素としてあげた「代表」の問題を中心に、超国家モデルによる民主化理論をいま少し詳しくみていきたい。
EU 域内市民の意思をEU の意思決定プロセスにおいて「代表」させるために超国家的モデルが最も期待する組織は、当然のことながらEU 市民が選挙を通じて直接EU の意思決定に参加できる機会を提供する「欧州議会(European Parliament)」である。この欧州議会の性格及びその問題点については既にさまざまな場で伝えられており周知の部分も少なくないので、ここでは本論の論旨にとって必要な点のみまとめておきたい。
欧州議会の最大の問題点は、元々この機関が共同体の意思決定機関としてではなく、「勧告的及び監督的権限を行使する」(ローマ条約旧137 条)ために各国議会の代表者によって構成される「諮問機関」として発足した点にある。そして共同体が発するEC 法および共同体の基本政策についての決定権は、永らく加盟国政府の代表者(主に閣僚)によって構成される「理事会(Council)」が独占していた。しかし70 年代にはいって共同体に自主財源が設けられたのに伴い、欧州議会に直接選挙制が導入されEC 予算への同意権および予算執行に対する監督権が付与された。
1986 年2 月に調印され翌年7 月に発効した「単一欧州議定書」は、共同体の権限を大きく拡大するものとなった。言うまでもなく単一欧州議定書の最大の目的は、1992 年末までにEC 市場を統合すること、即ち「域内市場」を構築することある。そのため市場統合に関する権限が、各国政府からEC に委譲されるとともに、この件に関しての理事会の決定方法に、原則として多数決制(「特定多数決: qualified majority」)が採用された。しかし多数決制の導入に伴い特定国の意思に反した決定がEC によって下される可能性が生じたため、とりわけ不同意国におけるEC 法の合法性が大きな問題となった。
そこで単一欧州議定書はこの合法性の不足を埋め合わせるため「協力手続きcooperation procedure)」を定め、直接選挙によって選ばれる欧州議会にEC の立法に関与する権限を与えた。これは理事会の決定が全会一致でない場合、欧州議会の議決によってこれを補完しようとするものである。この意味で、特定多数決制の採用と協力手続きの導入は、表裏一体のものであったと言えよう(Weiler, 1995, pp. 13–14, Shackleton, p. 133)。但し欧州議会の同意が得られない決定について、理事会は全会一致でこれを採択することができる。
マーストリヒト条約が1993 年11 月に発効したのに伴い、EC は欧州連合(EU) と総称される組織に発展・拡大した。これにより、これまで経済分野に限って活動してきた欧州共同体(EC) に共通外交・安全保障政策(CFSP) および司法内務協力(CJHA) が共同体の新たな活動領域として加えられた。その結果、これらの三本柱によって構築される共同体は、新たに政治同盟としての性格をも帯びるようになる。既に単一欧州議定書が発効した段階で、域内市場に関わる共同体の決定は加盟各国の立法、行政に優先することが明らかとなっている。更に連合条約の発効により、共同体が多数決によって意思決定を行う議案が拡大されたため、マーストリヒト条約においては共同体の監督機関としての欧州議会の権限が更に拡大されることとなった。
そこで同条約は、欧州議会の権限拡大について、「共同決定手続き(co-decision procedure)」を採用している(マーストリヒト条約189 条b、アムステルダム条約251 条)。この手続きが画期的であるのは、欧州議会は理事会の決定に対し、最後まで反対を貫くならば理論上これを拒否することができるようになった点である。
こうして見ると欧州議会の権限は、既に理事会と肩を並べるほどに拡大されたような印象を受けるが、実際には欧州議会の権限は理事会の権限には遥かに及ばない。まず欧州議会が理事会と同等の権限を持つ「共同決定手続き」に付せられる議案が、制限されていることがあげられねばならない。
その88に続く 以上
次に、欧州連合における「民主主義の赤字」と「マルチレベル・ガバナンス」ついて勉強していきたいと思います。
欧州連合(EU) における「民主主義の赤字」と「マルチレベル・ガバナンス」
稲本 守氏
Democratic Deficit and Multi-level Governance in the European UnionMamoru Inamoto*
(Received August 31, 2001)
Since 1990s many observers have expressed concern about the “democratic deficit” of the EuropeanUnion and proposed measures based on supranational or international (intergovernmental)models to secure the democratic legitimacy of the EU. But they tend not to consider what constitutes democratic legitimacy in a polity that is not a traditional nation state. Increasingly, scholars ofEuropean integration pay attention to the emergence of more pluralist forms of representation in theEU not captured by a focus on formal institutions. We highlight the importance of policy-making networks linking European, national and subnational institutions, which increasingly recognize the
EC as an appropriate framework for politics and are coming to participate in European “multi-levelgovernance”.
Key words: EU, Democracy, Supranational, Intergovernmental, Democratic deficit, Legitimacy,multi-level governance
1. 民主主義の赤字
現在EU(欧州連合)に加入を希望する国が満たすべき条件の一つとして、加盟申請国が「民主主義国家」であることが掲げられている。この条件を満たすためにも、近年EU に対し加盟を申請した中・東欧諸国が国家の民主化を急いでいることについては、内外のメディアにもよく報じられているとおりである。
その一方で、もし「EU 自身が自らEU に加盟申請をしたならば、民主制が不完全であるという理由で却下されるのではないか」といった話が昨今聞かれるようになってきた(Shackleton, p.130, Viola, p.120)。EU の前身として1953 年に石炭鉄鋼共同体(ECSC) が誕生したとき、国家主権を制約しかねない「超国家的(supranational)」共同体を創設することの是非について激しい議論が交わされた。
その後1958 年には欧州経済共同体(EEC) と欧州原子力共同体(EURATOM) がスタートし、これらの機関が先に創設されていたECSC と一体化して1967 年には欧州共同体(EC) へと発展したわけであるが、80 年代にいたるまで、これらの共同体の非民主的性格を問題視する声はほとんど聞かれなかった。
しかし1990 年代に入り、共同体の民主的性格に疑問を呈する声が急激に高まり、「民主主義の赤字(Democratic Deficit)」という言葉が囁かれ出した。その背景には1987 年に発効した「単一欧州議定書(Single The Report of Tokyo University of Fisheries, No. 37, pp. 29–41, February 2002– 29 –* Division of International and Interdisciplinary Studies, Tokyo University of Fisheries, 5–7, Konan 4-chome, Minato-ku, Tokyo
108–8477, Japan(東京水産大学共通講座).European Act)」、および1993 年に発効した「欧州連合条約(マーストリヒト条約)」により共同体の権限が飛躍的に大きくなり、経済・金融分野を中心とする領域については加盟各国の主権を超えた超国家的権限を有するほどに成長したことがあげられる。
その結果、時には市民に大きな犠牲を強いるような決定がEU 本部のあるブリュッセルで次々と下されるようになったにもかかわらず、こうした決定にEU 市民の世論を直接反映する機構が十分に整備されていないことが問題視されるようになってきたのである(Shackleton,pp.131–134)。
ヨーロッパの政治・経済がブリュッセルのEU 官僚やブリュッセルに集う政治家達に牛耳られ、営々と築き挙げられてきた民主的国民国家の頭ごなしに国民生活に密着した決定が下されるのではないかという不安が、各国国民の間に「民主主義の赤字」という批判を生み出すとともに、これまでみられた欧州統合への「漫然とした支持(diffuse support)」や「暗黙の了解(permissive consensus)」を失わせつつある(Niedermayer,pp.53–72)。マーストリヒト条約の批准手続きが各国において難航したのも(1992 年、デンマーク国民投票はEU 条約を否決、フランス国民投票は可決したものの僅差であった)、こうした反ブリュッセル感情が背景にあることは言うまでもない(Banchoff and Smith, p. 8, Ladrech, p. 95)。
さて「民主主義の赤字」の問題を、EU 諸機関の非民主的構造に焦点を合わせて専ら機構的な問題として論じる向きもあるが、ここではもう少し広義にEU という組織そのものおよびEU によって決定される法や政策の「民主的合法性」(democratic legitimacy) の問題に還元して問題点を整理してみたい。
もしEU が未だ加盟各国政府間の協議機関に過ぎないとみるならば、EU の意思決定は基本的に各国政府の代表者による交渉によってなされることになる。この場合、代表者を派遣する各国政府は各国ごとの民主的手続きを経て構成されており、各国国民の意思は、代表を派遣する政府に対する各国議会のコントロールにより、あるいは各国における国政選挙を通じて政府の対ヨーロッパ政策を審判するという形で反映される。
他方、EU という組織そのものについても、諸共同体はECSC 条約以来の国際条約を積み重ねて形成されており、それぞれの条約が各国議会の批准を受けている以上、共同体の形式的合法性が疑問視されることはない。ECSC の創設以来、80 年代までの共同体が基本的にエリート的テクノクラートによって運営されていたにもかかわらず、欧州市民がこうした共同体のテクノクラート的支配に「暗黙の了解」を与えていたのは、間接的な合法性に対する了解があったからに他ならない。
その背景として、EEC およびEC の活動が主に関税同盟の構築を課題とする国家間交渉に限られていたため、基本的には各国政府が専管する外交権に基づく活動であったことや、EEC、EC の権限が未だ欧州市民の生活を目に見えるほどに拘束するものではなかったことがあげられよう。
しかし現在EU は単なる政府間協議の場にとどまらず、事実上加盟各国から主権の部分的委譲を受けた超国家的政治体(supranational polity) に発展している。EU で採択されたEC 法は、もはや各国の国内法に優先する。
EU レベルで決定された「規則(Regulation)」は加盟各国の法規を超えて直接EU市民を拘束するし、「指令(Directive)」も加盟各国に対し、EU 法の趣旨に沿った国内立法上、あるいは行政上の手続きをとることを要請する。
このように国家の枠を超えて直接市民を拘束する存在となった共同体の民主的合法性は、もはや先にあげた「形式的合法性(formal legitimacy)」のみでは満たされえない。そこにはジョン・ロックやジャン・ジャック・ルソー以来、民主制の根本原理として掲げられた「代表(representation)」と「認知(recognition)」の要素によって育まれる「社会的合法性(social legitimacy)」が加えられねばならない(Banchoff and Smith, p. 4,Weiler, 1995, p. 19)。
即ちEU 市民を拘束するEU の意思決定に、EU 市民の意思を十分に「代表(representation)
」させる民主的プロセスを確立し、更にEU 市民にEU という政治体を、自らを拘束するに値する組織として「認知」させる必要がある。こうした「認知」(もしくは受容: acceptance)があってこそ、共同体の法や政策に対する市民の遵守および協力が期待される(Beetham and Lord, pp. 33–35)。
本論は、現在のEU がこうした「代表」と「認知」の不足に対しどのように対処しようとしているのか、あるいは対処すべきであるのかについて理論的経験的考察を加えたものである。2 章と3 章においてはまず、従来から主張されてきた論点を「超国家」モデルと「国家間」モデルに類型化して整理する。そして第4 章稲本 守– 30 –においてはEU の現実の姿により適合すると思われる「マルチレベル・ガバナンス」モデルに沿った理論に基づき、EU 民主化のあり方について論じてみたい。
稲本 守氏=http://www.kaiyodai.ac.jp/Japanese/db/0010/0240/BA_31398959.html
その87に続く 以上
「欧州連合の機関および権限」
この規律によれば,柔軟性条項はいずれにしても,憲法による,すなわち個々の管轄規定によれば,その調和が許されない領域で,構成国の法規範や行政規範を調和するために利用することは許されない。最後に,権限法上特に重要で,極めて複雑に規律された領域が,内政および司法政策に見いだせる。この領域は伝統的に共同体化されておらず,従って,構成国間の政府間協力を基礎としていた。
しかしまさに犯罪撲滅を想起してみれば,ここでも集中的な統合が必要であることは明らかとなる。欧州連合が国境を開いた領域であるならば,犯罪も文字通り国境を越えて当然に広がる。このような国境を跨る犯罪は,国境を跨って,従って共同体的に行動しうる規律や制度でのみ対処しうる。このような理由から欧州憲法においてはいくつかの改善,従って密接な協力の可能性が創設された。
これはとりわけ,国境を跨った意味を有する困難な種類の犯罪について妥当する。民事法についても,国境を跨る事案が問題となる限りで,統一措置が用いられうる。刑法の領域では,最も重要な制度が,欧州警察機構,欧州検察機構,欧州検察官である。これらはすべて,従前は,十分に実効的には規律されていなかった。これらすべての領域においては,一定の改善が見られ,とりわけ欧州警察は将来的に,「実行的措置(operative Massnahme)」を講ずることができるが,これは従前にはなかったことである。
欧州警察は,従前,もっぱら情報収集および情報探索を国内警察機関に提供する機関であった。今や,――もっともかなり限定的ではあるが――緊急で必要であった時には,実行的措置も講ずることができる。
一定の調和は,刑事法の領域でも,状況の現実的な評価に際し,確かに,例えば統一的な欧州刑法典が公布されるには程遠いにもかかわらず,可能であるとされる。まさに刑事法の領域では依然として個々の構成国間で,――伝統に基づく,法文化および事実上の展開に基づく――明白な差異が存在する。
この場合,刑事法におけるよりも相違はそれほど大きくないにもかかわらず,同様のことは民事法にも妥当する。ともあれ,欧州連合は既にこれまで,消費者保護の権限タイトルのもとで,直接構成国の民事法に作用し,一連の法統一化を導く多くの規律を導入してきた。しかし全体として,依然,内政及び司法政策の領域は,望まれていたほど十分には共同体化されていない点を出発点としなければならない。この領域において,欧州連合がここでもその統合能力の点で,欧州連合の全領域について広範な統一的な法規範を実現し,とりわけ刑事法または民事法の領域で作用を与えるものとなる程に成熟するには,なお多くの時間を必要とする。
まとめよう。欧州憲法は,欧州連合の機関の基礎となる規範を創出し,管轄権についても広範に発展させた。これらすべては必要なものであると同時に歓迎されるべきものである。しかし依然として,不十分な点(Defizite)も存在する点,欧州統合のプロセスがまさに欧州連合の管轄においてなお完全には決着を見ていない点は,依然として残されたままであ
る。
その86に続く 以上
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