「平成の船中八策」を実現する市民の会、その90[欧州連合における(民主主義の赤字)と(マルチレベル・ガバナンス)⑤」
3. 国家間主義モデル
「国家間主義」とは、元々国家主権を制約しかねないヨーロッパ統合に反対する運動の理論的根拠として用いられ、統合を促進しようとする「連邦主義(Federalism)」に対峙する概念として用いられることが多かった。もちろん現在でもヨーロッパの統合そのものに反対する意味でこの語が用いられることもある。
しかしかつてECSC の設立交渉において超国家的共同体の出現を警戒し、反ヨーロッパ統合への世論形成に一定の役割を果たした国家間主義的言動も、市場統合からEU の創設にいたる過程の中で微妙に変化している(Banchoff, pp. 186–196)。即ち国家間主義も、連合条約で掲げられた「補完性原理(principle of subsidiarity)」に則り、各国個別で対処するよりも共同体として行動したほうがより大きな成果が見込まれる分野において、
共同体の超国家的機能を認める傾向にある。
その上で共同体の民主的合法性を保障する論拠として、改めて国家間主義が主張されることが多くなってきた。尚、本論における「国家間主義」の概念を示す語として、研究者の間では「インターナショナリズム(Internationalism)」と「インターガバメンタリズム(Intergovernmentalism):政府間主義)」の両語が用いられている。但し前者は「インターナショナル」の語が「国際的」との語感を想起させ、後者も行政府としての「政府」間による交渉を重視する意味にも用いられるので注意されたい。
さて国家間主義の基本は、専ら加盟各国における民主的プロセスを経て構成された各国機関を通じて共同体を運営することにより、共同体の民主的合法性を保障しようとする点にある。この考えは、一見するとEU のような諸国家の連合体にふさわしい理論のように見える。よく指摘されることではあるが、欧州における民主主義的プロセスに対する認識には、イギリスの「ウェストミンスター・モデル」のように「多数決」を基本とする考え方から、大陸の「ライン・モデル」のように「合意」を基本とする考え方まで微妙なニュアンスの違いがある。
国家間主義における民主的合法性は、各国毎に異なる民主的プロセスを尊重すること
によって成立するため、超国家主義モデルにおけるように一つの民主主義プロセスでEU 加盟国全体を括り、各国毎の民主主義に対する認識の相違を無視するような弊害はない。現在欧州議会の選挙が、各国毎に選挙区が分けられ、選挙の実施方法についても各国に委ねられているのは、こうした民主的プロセスに対する認識の相違を反映したものとも解釈できる(Beetham and Lord, p. 68)。
本論冒頭において民主主義的合法性を強化する要素としてあげた「代表」と「認知」に則して論じるなら、国家間主義モデルの最大の強みはその「認知」度にある。先に引用したユーロ・バロメーターの調査結果を見ても、大多数のEU 市民はヨーロッパレベルよりもナショナルレベルにおいてより強いアイデンティティーを感じている。これは欧州議会選挙が未だ加盟各国において「二級」選挙としての扱いを受けており、国政選挙に比べて遥かに投票率が低い(1999 年欧州議会選挙の平均投票率は44% で、国政選挙の投票率より20% から40% 低い)ことにも現れていよう(Beetham and Lord, p. 78, Blondel et al., p. 2, Eurobarometer, p.92)。
国家間主義によるEU 民主化の柱は、理事会における政府間交渉をEU 運営の基調としつつ、各国民主主義の源泉であり、各国で高い「認知」度を誇る「各国議会(National Parliaments)」によるコントロールを、欧州政治のレベルにまで高めようとする点にある。そのための具体的な提案は、以下の2 点に集約される。即ち閣僚を中心とする代表を理事会に送っている各国政府に対する各国議会の監督権を更に強化しようとする動きと、各国議会が欧州連合の意思決定に直接関与できるしくみを整えようとする動きである(Norton,1996a, p. 183)。
まず各国政府のEU 政策に対する議会の監督権を更に強化しようとする動きであるが、早くは1957 年にドイツの連邦参議院がEC 問題特別委員会を設け、政府のヨーロッパ政策に対する監視を強めることにより、将来生じうる議会の立法権の制限に備えようとした(Saalfeld, p.17)。そして単一欧州議定書の制定が日程に上り始めた1985 年を境に、危機感を抱いた他国の議会(ベルギー、オランダ、イタリア、ポルトガル)でも共同体問題を扱う委員会の設置が相次いでいる。
とりわけ欧州政策の審議が活発なことで知られるデンマークでは、単一欧州議定書をめぐる国民投票を期に、議会が欧州委員会によって提案される政策や法案についての文書を取り寄せ、政府が理事会で態度を表明する以前に議会としての立場を採択する手続きが定められた。そして理事会に出席する閣僚は、基本的に議会によって与えられる「口頭での委託(oral mandate)」(外交上の機密を守るため「口頭」の委託がなされる)の範囲内で理事会決議に参加することになる(Arter,pp.111–114.)。英国議会でも当該委員会が何らかの見解をまとめるまでは、閣僚が理事会での態度決定を保留することが慣習化しつつある(Norton, 1996b, pp. 98–99)。
更に連合条約の批准に際し、フランスおよびドイツにおいては憲法改正が行われ、あるいはベルギー、スペイン、アイルランド、オランダ、ポルトガルにおいては政府と議会との協定の形で、政府の対欧州政策に対する議会の関与を強化した。中でも明確なのは、フランス議会の例である。連合条約がフランス議会の権限を損なうものであるとの主張を受け、フランスは同条約調印に際して憲法(88 条)を改正した。これによりフランス国民議会は、欧州委員会で立案中の法案についても政府より諮問を受ける権限を獲得している。
但しこのフランス・モデルの場合においても、議会が関与できるのは、欧州連合によって採択されたEC 法が、フランスの法体系に直接影響を与える場合のみに限られており、実質的には欧州委員会によって提案される法案のわずか2 割程度にすぎない。又、議会が入手できる情報が、欧州委員会が起草する法案の文面だけに過ぎないことが多く、入手できたとしても閣僚理事会の直前であるケースが多いため、議会によるコントロールが十分に果たされているとは到底言えない(Maurer, 2000, p. 352, Lequesne, pp. 77–78,Rizzuto, pp. 52–58)。
しかしこうした各国議会の実績を背景に、マーストリヒト条約の改正を議論した政府間交渉においては「各国議会の留保権(parliamentary scrutiny reserves)」を条約に明記しようとする動きもあった。又、各国議会の側では、理事会の決定に一定数の加盟各国議会の同意を義務付けようとする案なども議論された。しかし1996 年に改定された新連合条約(アムステルダム条約)は付属の議定書(Nr. 9) において、各国議会に関連文書を速やかに送付し、理事会での決定まで6 週間の猶予をおくことを求めるにとどまった。
そして同条約は欧州連合の意思決定に対し、加盟国議会の「一層の関与」を謳ったものの、「関与」の具体的内容には踏み込まずに終わっている(Maurer, 2000, p. 353, Nentwich and Weale, p. 9)。
第二の動き、即ち加盟各国の議会が直接EU の意思決定に関与する道を開こうとする動きとしては、議会相互の連携を拡大し、EU の意思決定に影響力を行使しようとするもの(interparliamentary control) から、各国議会の代表者によって欧州議会に並ぶ第二院を設置しようとする案などがある。議会間連携の動きとしては、まず「各国議会議長会議(Speakers’ Conference)」が定期的に開催されることとなったが、1989 年にはこれを発展させ、各国議会における欧州問題委員会の代表者が集まる「欧州問題委員会会議(CEAC)」が開催された。
その91に続く 以上
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