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2011年10月 6日 (木)

法が機能していない国では、私刑(リンチ)がそれに代用する

2011年9月1日木曜日

法が機能していない国では私刑(リンチ)がそれに代用する

2009年、グアテマラで3人組の強盗がバスを襲ったのだが、犯人は返り討ちに遭って、逃げ遅れたひとりの女性が殴られ、蹴られ、上半身を裸にされ、ガソリンを撒かれて焼き殺されそうなところを助かった。

もし誰かの静止がなければ恐らく彼女は焼き殺されていたのだろうが、何とか助かって、しかしリンチを受けた写真はしっかり撮られてロイターによって全世界に配信された。


法が裁いてくれないときに発生する私刑

女性が殴られて泣いて命を懇願している姿なので、それは同情となって私刑(リンチ)した人々のほうが悪者になってしまっている。

しかし、グアテマラでは法が機能しておらず、また実際にバス強盗でよく人質が撃たれて殺されたりしている。もちろん、殺されたほうは犬死になってしまう。

法が裁いてくれるのであればいいが、そうでない国であればリンチはごく自然に発生し受け入れられていく。そう考えると強盗に失敗して泣いている彼女は自業自得だという見方もできる。

 
 
 
 

殺し屋は法の機能しない国の正義の味方

法の機能しない国では私刑(しけい)がよく起きる。

アジアでも、村の金や財産を持ち逃げしたとか、村の女性を暴行・殺害して逃亡したという人間が現れたとき、警察力に頼るのとは別に、村人たちで金を出しあって殺し屋を傭い、犯人を捜して殺してもらうというようなケースもある。

この場合、殺し屋を雇う村の人たちは村長含め、自分たちが犯罪を犯しているとは思っていらず、それどころか正義を執行しているのだと信じ込んでいる。「悪い人間を懲らしめる」というわけだ。

警察は仕事で調査をするから何もかもおざなりになって事件は解決しない。

殺し屋は金をもらってビジネスをしているので目的を達せないと個人の信用にかかわってくる。

だから、警察に頼るよりも、殺し屋に頼って犯人を捜してもらうほうが確かだと思う。これは特殊だが明確なビジネス取引だ。

「私刑は法律に反してる」と言っても、その法が機能していない場合、このような私刑は特に問題視されない。

法が機能していない国では、市民が自ら正義を執行するために行動を起こすのは当然のことのように思われているからだ。

これは日本のように津々浦々、法が機能している国では考えられないことだろう。

タイ映画「オン・バック(邦題「マッハ!!!!!!!!」)」でも村の守護神だった仏像の頭が盗まれてそれを取り戻す映画だった。村人は警察に頼まず、金を出しあってひとりの若者を送り出していた。



法がその程度の価値でしかない

2008年頃だったと思う。やはりタイで起こった事件なのだが、精神に障害があったと思われる男が、急にタイの有名な寺院の柱を壊し始めたという。

まわりがいくら静止しても男は聞く耳を持たず、寺院の柱を破壊し続けるのだった。

ご存知の通り、タイは日本と違って寺院は非常に神聖視されており、タイ人の多くは信仰心に篤い。これはタイ人を怒らせるに充分な「蛮行」だった。

やがて、激怒したまわりの人間たちが、その問題の男を柱から引き剥がして袋叩きにしたのだが、警察がやってきたとは男はもう死んでいた。

しかし、この事件は衆人環視の中で行われたにもかかわらず、警察の調査では「目撃者がいなかった」。

もちろん、目撃者がいないなんてあり得ない。市民は男が死に値する人間だとまわりは認め、私刑は正当化されたのである。恐らく警察も真剣に調査をしない。

「神聖な寺を壊すような人間は殺されるのも当然だ」という意識は、タイ人のすべてが共有するに違いないからである。

法が間違いなく機能して犯罪者を裁いてくれるのであれば、別に私刑をする必要はない。警察に引き渡せばいい。あとは警察が「処分」してくれる。

タイは既に法治国家となっており、私刑はもちろん法律違反であるが、それでもこのような市民による私刑は正当化される余地があるというのは、法がその程度の価値でしかないことを示唆している。

犯人を自らの手で刑に処すのは正義

カンボジアやフィリピンになると、法の執行がほとんど適当な分、もっとひどい状況にある。インドでもバングラデシュでも状況は変わらない。その地には、私刑がある。

フィリピンではミンダナオ島で政治家の息子が大量殺人を行っても平然としているようなところだから、あのあたりは「無法地帯」なのだと分かる。

仮にあなたがミンダナオ島に住んでいたとする。そんな無法地帯で自分の家族が殺されたとき、あなたは法に正義を委ねて安心できるだろうか。

もし、明らかに権力者の息子が犯人だと分かっていても、まったく犯人が咎められなかった場合、どうすればいいのか。そんな状況でも私刑は違法だというひとことで片づけてもいいのだろうか。

私刑が良いというわけではない。しかし、無法地帯では法が機能しないのだから、私刑は正当化される余地がここに生まれてくる。

自分が絶対的な被害者で、犯人が分かっていて法を逃れているのであれば、犯人を自らの手で刑に処すのは正義ではないのか。

俺の涙をきさまに味わせてやる

先進国に暮らしている人間は、「それでも法を守るべきだ」という声と、「自らの手で正義をまっとうすべきだ」という声が、両方とも重みを持って迫ってくるだろう。そして、先進国の人間は、理論的に法を順守する。私刑はよくないと考える。

では、私刑が蔓延するタイやフィリピンやインドやバングラ、あるいは中米のベリーズ、ニカラグア、エルサルバドル、南米のコロンビア、そしてアフリカの多くの国などは「野蛮な国」なのだろうか。民意が低いのだろうか。

先進国であるアメリカの映画『狼よさらば』では、自分の妻や娘をレイプされて殺された男が、街のクズどもを自らの手で私刑に処する映画だった。これを見て、多くのアメリカ人は「それは正しいのだ」と叫んだ。

狼よさらば。チャールズ・ブロンソン
映画『ブレイブワン』では婚約者を殺された女性が、怒りと絶望の中でやはり街に出てチンピラどもを殺害していく。この映画も主人公の私刑が共感を得て映画はヒットした。

法がどうであれ、自分の身に、家族の身に、そして自分のコミュニティに激しい暴力が襲いかかってきて無残にも殺されていったとき、怒りと復讐に燃え上がって相手を返り討ちにしたいと思うのはそれほど不自然な感情ではない。

当事者になれば自ずとわかる感情だ。先進国だろうが後進国だろうが、関係はない。人間としての感情は、どこでもそんなに変わるわけではない。

マリオ・プーヅォの名著『ゴッド・ファーザー』で、娘を暴行した犯人がひどく軽い刑にしか処せられなかった場面から始まっている。激怒したイタリア系アメリカ人のアメリゴ・ボナッセラが、法廷でこう叫んでいた。

「俺の涙をきさまに味わせてやる」

映画「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランド
 

本当に終わったのだろうか

アルカイダの首謀者だったウサマ・ビンラディンが曲がりなりにも「死んだ」ということになってアメリカは中東から撤退していこうとしている。

しかし、いまだにイラクで、アフガンで、パキスタンで、アメリカ軍を相手に激しい自爆テロの嵐が起きている。

アメリカ軍にとっては、彼らは「わけの分からないテロリスト」に過ぎないのだろう。しかし、イスラム教徒側から見ると、また別の側面が浮かび上がってくる。

家族の団欒の最中、いきなり空から爆弾が落ちてきたり、部屋に銃を持ったアメリカ軍がなだれ込んできたりして、家族が殺されて行く。仲間が死に、近所の知り合いが死に、家も破壊されていく。

誰がやっているのか。アメリカだ。

やったのはアメリカ軍だというのは分かっている。しかし、全世界がアメリカを「正しい」と言っており、彼らは兵役が終わると、安全なアメリカに戻って、何事もなかったかのように家族と平和に暮らしていくのだ。

そのとき、家族を殺されたイスラム教徒は、アメリゴ・ボナッセラのように叫ぶのではないだろうか。「俺の涙をきさまに味わせてやる」

イスラム教徒が、なぜアメリカに向かって自爆攻撃をするのか。それは、家族を殺された恨み、同朋を殺された恨み、そして自分の国を破壊する侵略者に対する怒りである。

それは極めて個人的なものであり、その憤怒は政治の利害をも超えている。これはイスラム教徒によるアメリカ人の私刑である。イスラム教徒の多くは、アメリカが撤退していこうが何だろうが決してアメリカを許さないだろう。

アメリカの9.11の憤怒と、イスラム教徒を殺戮する空爆や占領の憤怒のどちらが勝るのかは分からない。いずれにしても、この憎悪関係は終わりではない。

アメリカはイスラムの国を荒らし回って、金がなくなったので撤退に動き、「もう終わった」と思っているのかもしれない。しかし、本当に終わったのだろうか。

人の憎悪はそう簡単に消せるものではない。人の心に憎悪が生まれたとき、それを甘く見てはいけない。

 
 
 
 
 
 
〓 今、心して読んで欲しい書籍

 
以上は「DARKNESS OF ASIA」より
今の世界は、民主主義先進国といえども法律が正しく履行されているとは言いがたく、「9.11テロ」ロンドン・テロ」「3.11テロ」等の権力犯罪が横行している状況であります。時の指導層が腐敗してしまうと民衆は仲々手が出せません。権力機構が腐敗している為に、修正程度では世の中変わりません。一種の革命でも起きなければ仲々変えるのは困難です。これ程までに人類が腐敗してしまったので、この辺で一度自然が悪い者達を淘汰する時期になっているものと思われます。                  以上
 
 

 

 

 

 

 

 

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