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2012年4月25日 (水)

日本の核政策 その3/3

「わが国の核政策史 その3」  原子力・核問題
(8)民間航空機の利用

 報告書には
「各国の潜在核戦力の運搬手段を考える上で、案外見逃されているのは民間航空機、特に大型のジェット輸送機のもつ能力である。諸外国では当然の事ながら、民間航空機の高性能のものは、平時から緊急時に際して戦時編成への転用を建前としている」

「現在、日本航空が太平洋線の貨物輸送に使用しているDC8F型というジェット貨物機は、実に最大43トンの貨物を一度に積み込み、4700カイリの航続力がある。さらに69年から日本航空の路線に投入されるDC8-61型という新型は、それより数トン多く積める上に、積荷を減らせば、日本から米本土西海岸までノンストップ飛行可能という長距離性能をもつ。」

「数年後の日本国籍大型輸送機の数は100機を越えるのは確実だ」

「ドゴールの強硬外交のバックをなすフランスFASは、ミラージュ型36機とKC135給油機12機であるから、日本航空のDC8型改造給油機48機と、戦闘爆撃機48機で戦略空軍を編成しても、決して見劣りするものではない」(337頁)とこの報告は結んでいる。

 
ウランからプルトニウムヘ

 非核三原則と沖縄返還をセットに推し進めた佐藤内閣は、同時に日本の原子力政策の根底的見直しに着手する。

佐藤栄作は首相就任以前の科技庁長官時代(1963年12月~64年6月)からプルトニウムヘ関心を見せていたことは、64年2月19日に原子力委員会に「高速増殖炉懇談会」を設置していることからもうかがえる。

 佐藤ジョンソン会談で核武装発言をした65年には、原子力長計の見直し(3.4)、衆院科学技術特別委に動力炉開発に関する小委員会設置(5.12)、原子力委動力炉開発懇談会に二つのワーキンググループ(新型転換炉、高速増殖炉)設置(7.6)、原子力委が動力炉開発の進め方を検討するための調査団を欧米に派遣(10.16)、閣議で原研と英AEAの流体金属冷却型高速炉の情報交換協定了承(12.14)と、一連の作業が精力的に行なわれた。

この方向は明らかにウランからプルトニウムヘの路線変更を意味する。

 この流れは67年3月の「動力炉・核燃料開発事業団法」(動燃)の成立へたどり着く。原子燃料公社を解体し動燃が発足したのはその年の12月であった。

新たに設立された科学技術庁傘下の特殊法人「動燃」に与えられた任務は、高速増殖炉(FBR)と新型転換炉(ATR)の開発と、それに伴う周辺技術の開発であった。

 原子力開発研究のために、すでに同じ科技庁に特殊法人「原研」が設立されていた。

同じ省庁の元に同じ目的を持った、二つの法人が並存すること自体が異例のことであるが、平和利用三原則派が支配する原研では出来ない仕事を始めようとしていたからであったにちがいない。

 69年6月には同じ科技庁の元に新たな特殊法人が設立された。「宇宙開発事業団」であった。

原爆の作リ方

 原爆を作るには三つの方法がある。広島型のウラン爆弾、長崎型のプルトニウム爆弾、そして戦術核としての高性能小型プルトニウム爆弾である(図1)。

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 広島に落とされたウラン原爆は、ウラン濃縮工場で核分裂性ウランを95%程度まで濃縮された高濃縮ウランが使われる。工程は最も簡単で、起爆も容易であるため、マンハッタン計画で最初に取組まれ、しかも実験をせずに実戦で使用するだけの信頼性があった。

しかし、天然ウランには0.7%しか含まれていない核分裂性ウランを高濃度に濃縮するために、防衛庁1968年報告にあるように、大量のウラン資源を必要とする。

 長崎に落とされたのはプルトニウム爆弾であった。

天然ウランを燃料とする黒鉛炉の使用済み燃料を再処理することにより、核分裂性のプルトニウム239の濃度が93%程度の高純度プルトニウムを得ることが出来る。

日本に最初に導入された東海炉はイギリスで核開発用に製造されたコールダーホール型の原子炉であった。

防衛庁68年報告で、東海炉を利用することにより年間に量大で20発の核兵器を製造することが出来るとしている。

天然ウラン黒鉛炉は核開発が最も容易な原子炉であると言えよう。

 なお、軽水炉の使用済み燃料から抽出されるプルトニウムは、核分裂性プルトニウムの割合が低く(表1)、核爆発を起すことは可能であるが実戦用核兵器として十分なものではないことは、既に68年防衛庁報告でも指摘されている。

戦術核

 佐藤栄作は第三の道を選択した。小型戦術核開発の道であった。

憲法の制約をもし考慮したとすれば、このほかに道はなかったし、世界の潮流が戦略核から戦術核へと移ることを予見していたとすれば先見性の高い選択であった。

 この方法は複雑で高度の技術を必要とする。

北朝鮮が黒鉛炉を保有しようとしていることに憂慮した米国が、軽水炉を供与する(KEDO)ことで黒鉛炉計画の廃棄を迫ったのはそのためである。

軽水炉を持つだけでは、核開発までの技術的・経済的道のりはかなり遠くなるからであった。

 まず、天然ウランを3.5ないし4.5%まで濃縮した核燃料を製造し、これを軽水炉の炉心に装荷して発電炉として稼動させる。

この使用済み燃料を取り出し、核燃料再処理工場でプルトニウムを抽出する。

このプルトニウムの組成は、核分裂性のPu239が58%、Pu241が11%で、合わせても69%にしかならない低純度プルトニウム(これを軽水炉級プルトニウムと呼ぶ)である。

このプルトニウムと天然ウランの混合燃料(MOX)を高遠(増殖)炉の炉心に装荷し、炉心を取り囲むブランケットに濃縮工場の副産物である劣化ウランを装荷する(図2)。

 炉心で進行する核分裂反応により放出される中性子が、ブランケットの劣化ウラン(U238)を核分裂性プルトニウム(Pu239)へと転換させる。

このブランケットを再処理してプルトニウムを抽出すると98%もの超高純度のPu239を得ることが出来る(表2)。

 真中の炉心に低純度の『汚い』プルトニウムを装荷すると、ブランケットからは高純度の『きれいな』プルトニウムが出てくる仕掛けだ。

フランスのスーパーフェニックスを訪ねた京大原子炉実験所の海老沢氏が持ちかえったパンフレットには、高速(増殖)炉の利点が列挙してあるなかに、『高速増殖炉すなわちプルトニウムの洗浄装置』であると書かれていた。

 このプルトニウムを使えば小型軽量の高性能核兵器を製造することができる。トマホークのような小型ロケットに積みこみ、ピンポイントで戦艦や軍事基地を攻撃すれば、一発の弾頭で壊滅的な打撃を与えることが出来る。

小型水爆と組み合わせれば中性子爆弾を作ることも出来る。

 大型戦略核は、大陸間弾道ミサイル(ICRP)に積みこみ、大都市を標的としたもので、これを使えば直ちに大規模な報復攻撃が行われ、地球規模での影響が懸念されており、そのことが核による抑止効果を持つとされてきた。

しかし、戦術核は局地的な地域紛争に適しており、通常兵器との境界が明瞭でないため、実戦で使用される可能性が極めて高い。

使える核兵器であるということができよう。国家そのものを標的とするのではなく、具体的な標的を個別に攻撃できる戦術核は、専守防衛を標榜するわが国にとって好都合の兵器であると言う事になる。

佐藤は早くもそこに目をつけた。

 動燃に与えられた使命は、採算を度外視しても高速(増殖)炉を開発することであった。

東海村に再処理工場を建設し、大洗に高速実験炉「常陽」を建設し、敦賀に高速原型炉「もんじゅ」を建設し、ブランケットを再処理するために東海村にRETF(リサイクル機器試験施設:Recycle Equipment Test Faci1ity(図3))を建設した。

これが予定通り進めば20世紀末までに日本は戦術核開発の“技術的ポテンシャル”を確保することが出来るはずだった。

 あとは、小型の固体燃料ロケットに“カーナビ”を積みこめば完成である。

「もんじゅ」事故とその後

 1995年12月8日(奇しくも開戦記念日)に、事情を知る者であれば誰しもが憂慮していたナトリウム火災事故が「もんじゅ」を襲った。

この日から、佐藤栄作が構築した全てのシステムが、音を立てて崩壊を始めた。

97年3月の東海再処理工場炎上爆発事故は、ついに動燃の解体を余儀なくさせた。

省庁再編に伴い科学技術庁も姿を消した。

 佐藤栄作が立ち上げた巨大な構想は、2000年までにその歴史の幕を閉じたと言っていいだろう。

しかし、それは第一幕が終わったに過ぎない。

 動燃は「核燃料サイクル開発機構」と名を変え、虎の門の本拠を引き払って東海村に蟄居した。

近い将来、「開発機構」は原研と合併することになっている。

原研の初期のあの“毒”は消えたと判断したのだろう。

原子力政策の見直し作業が行われたが、結局国策としての原子力の位置は変わらず、「もんじゅ」の再開のための地元工作も始まった。

「もんじゅ」の燃料を製造するために建設されている六ヶ所村の再処理工場の建設も、ゆっくりと進められている。

 もっとも奇妙なのは、「もんじゅ」のブランケットを処理するために作られているRETFの建設が続いていることである。

「もんじゅ」事故直後の97年8月には次年度予算からRETF関連予算の姿が消えたが、復活折衝によっていつのまにか息を吹き返していた。

「もんじゅ」の生死が不明であるのになぜその再処理施設の建設が進むのか、不思議に思っていたところ、2000年3月に「サイクル機構」が一つの文書を明らかにした。

「『常陽』及びリサイクル機器試験施設等の位置付けと研究開発の進め方」という文書がそれである。

「もんじゅ」という当面の目標を失ったサイクル機構が「常陽」を軸に体制を立て直そうとしている。

「基礎技術研究の実施戦略や、「もんじゅ」、「常陽」、リサイクル機器試験施設等の大型施設をより有効に活用する戦略を再構築し、それに基づき、より高度な高速増殖炉サイクル技術の開発を進めて行く計画である」と述べている。

どうやら“戦略”で苦慮しているらしい。

 この文書には、高レベル放射性物質研究施設(CPF、Chemical Prcessing Facility)の名前が頻出する。

かつて、「常陽」の使用済み燃料から高純度プルトニウムの抽出に成功した施設だ。

「常陽」は初臨界から三度目の改装工事が終わり、現在はMK-Ⅲと呼ばれるシステムになっている。

99年のJCO臨海事故はこのMK-Ⅲのための新しい燃料を製造している過程で発生した。

MK-Ⅲの最大の特徴は、最高中性子束がこれまでの1.3倍に増え、「もんじゅ」と同等になったことである。

材料照射試験のためであるとされている。

 しかし、この文書を読む限り、「常陽」とRETFとの関係が判然としない。

そこには書くに書けない隠された事情がある。

「常陽」には過去に照射した使用済み燃料が今も尚貯蔵されており、RETFが完成した暁には約40キログラムの超高純度プルトニウムを生産することが可能である。

 高速実験炉「常陽」は現在中性子照射試験炉の機能を持っているが、それはちょうど「もんじゅ」の炉心から放出される中性子を、ブランケットのU238に照射するシステムと本質的に変わるものではない。

つまりわが国は、「常陽」とRETFとを組み合わせることで、核兵器級超高純度プルトニウムを製造する能力を未だ保持している。

核開発の歴史の幕は閉じていないのだ。

平和利用と軍事利用

 佐藤栄作の秘書官であった楠田實の日記を紹介した2001年9月23日の朝日新聞は、「沖縄・政権を非核へ導く」「現実の政治に取り組み核武装論者も変化した」などの見出しでこれを報じている。

しかし、原子力の歴史と重ね合わせながらこれまでの推移を見る限り、佐藤が非核論者へ変貌したと言うことはなかったというべきだろう。

 一つ疑問に思うのは、この非核三原則で日本の核武装はありえないと、米国政府までもが本気で信じたのか、という問題である。

 楠田日記を紹介した紙面に、楠田本人のインタビュー記事が載っている。

佐藤さんは核武装論者ではなかったのですか、という記者の質問に楠田はこう答えている。

「67年に、党機関紙の対談で、石原慎太郎さんが『佐藤政権に足りないところがある。核武装論を言えばいい』と発言した。その時の佐藤さんの応答は『君より私のほうが考えが進んでいる』だった」。

朝日新聞は、佐藤は非核論者に転進したと信じているようだ。

佐藤の考えはさらに“進んで”いたようである。

 マンハッタン計画により現実化した核技術は、ウランとプルトニウムを取扱う技術であり、そこから電気を作ろうが兵器を作ろうが、本質において変わりはない。

要るのは、濃縮工場と原子炉と再処理工場だ。

それを、電気を作るのは平和利用で兵器を作るのが軍事利用だと、分けるのが土台無理な話だ。

 原子力の平和利用を標榜して原子力開発研究を行なった研究者や、平和利用を推奨し反核運動を展開した当時の進歩的知識人は、本質的な誤りを犯したといってよいだろう。

 平和の名の下に進められた日本の核政策を担った、動燃の研究者や科技庁の官吏も、自分の行なっている仕事が、将来核兵器に転用される恐れがあることを考えたこともなかったに違いない。

平和というお題目が全ての思考回路を遮断していたからである。その平和と言う言葉も今ではだんだん輝きを失いつつある。

 二幕目の開演のベルが聞こえる。だれが鳴らしているのだろう。
6/3/4

以上は「晴耕雨読」より

今後、日本人が国際社会に通用する国際人になれかどうかが、今後の日本の方向を決めることになります。日本人から地球人への脱皮です。               以上

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