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2012年4月15日 (日)

原爆はどのように報道されたのか

原爆はどのように報道されたのか 鬼塚英昭


「広島と長崎に測定可能な放射能なし」
http://satehate.exblog.jp/12097202/

スイスの国際赤十字が原爆患者に薬を与えようとするのを日本赤十字社が拒否するのである。私は次章でこの顛末を書き、彼らを、原爆患者に薬を与えるなと拒否した連中に、たった一人で天誅を下す。

こんな現状で、続きを載せることになろうとは・・・

以下、鬼塚英昭 原爆の秘密 国内編 第五章 見棄てられた被爆者たち p209-216より

原爆はどのように報道されたのか

日本政府は敗戦(「終戦」ではない)の八月十五日まで「原子爆弾」という言葉を用いず、その使用さえ禁止していた。しかし、九日のソ連参戦の後の御前会議で、天皇の裁断で、条件つき(天皇制は護持されるとの条件)でポツダム宣言を受諾した。この間に広島と長崎に原爆は投下されていた。

日本政府は不思議な行動をとる。スイス、スウェーデンの両政府を通じてポツダム宣言を受諾する一方で、スイス政府を通じ、原爆使用は国際法違反であるとする米国政府宛て抗議文を提出、同様の趣旨を赤十字国際委員会にも伝えた。この赤十字国際委員会にアメリカの原爆を非難する抗議文を提出したことが、後に大きな問題となる。

一九四五年九月三日、広島にニューヨーク・タイムズなどのアメリカ従軍記者が入った。そして、この米従軍記者団は広島記者団との一問一答に応じている。 「・・・われわれはヨーロッパ、太平洋の各戦線を従軍したが、都市の被害は広島がもっとも甚大だった」 と語っている。

ナガサキ昭和20年夏』を書いたジョージ・ウェラー[George Weller]は、この広島を視察する記者団には加わらず、密かに鹿児島の鹿屋(かのや)に入り、そこから汽車を乗り継いで長崎に入る。



彼は同書「第一部」の「長崎に一番乗りして(一九六六年回想)」の中で次のように書いている。

  「長崎」という文字を目にすると、いつも脳裏に、一九四五年九月六日のあの街の光景がよみがえる。この日、私は終戦後外部からやってきた最初の欧米市民として長崎市に入った。私以外の報道記者で、当局の指令をかいくぐって広島や長崎に入りこんだ者はまだ誰もいなかった。原子爆弾の効果については、三日のあいだに落とした二発で戦争を終結させた、という圧倒的な事実しか分かっておらず、地上における原子爆弾の威力はどんなものかみんなが知りたがっていた。
  なにしろ、やっとのことでマッカーサー司令部の検閲官、広報係将校、MPの監視の目を逃れたのだ。当時マッカーサーは日本の西部全域について報道陣の立ち入りを禁止していたので、長崎にもぐりこむときには、第二のペリー提督になったような気がしたものだ。自分がいること自体が禁じられている土地、いまや天皇とマッカーサーという、絶大な力を持った二人のミカドのいる土地である


この引用文には「訳注」として「著者が長崎入りした時点では旧帝国憲法下の体制は生きていた」と付け加えられている。私は訳者の文章の意味がわからない。旧帝国憲法が新憲法下になろうとも、旧違いなく二人のミカドが日本を支配していたのである。

この『ナガサキ昭和20年夏』の「第七部」は「ウェラー特派員報告の背景ジョージ・ウェラーの子息、アンソニー[Anthony Weller]の回想(二〇〇五年)」である。この中で子息アンソニーは、父ジョージ・ウ一ラーを回想している。

  それから二〇年後、一九八四年、七七歳のとき、ウェラーは次のように書いている。「『最後の審判の日』のように彼[マッカーサー]の怒りが私の上に落ちた。私はすでに、ヤルタ協定はアメリカの恥辱だとした記事を通そうと試みたことがあった。だが長崎のほうがそれよりももっと激しかった・・・マッカーサーは四年にわたる『彼の戦い』が、自分の知らないところで計画され、自分の命令なしに投下された二発の爆弾でけりがついてしまった、という事実をねたんでいた。このため、彼は一般市民に対する放射能の影響という人類の得た大切な教訓を、歴史から消し去るか、少なくとも検閲で可能なかぎりうやむやにすることに、最大限努力する決意でいたのだ」


また、アンソニーは次のようにも書いている。「彼[マッカーサー]のまわりには非常に有能なスペシャリストで、しっかりと指令されることをひたすら求めるものと、ごますり、とくに彼の行う検閲と闘うことをあきらめた取材記者が集まった。どのような将軍も彼以上のものを欲するものだが、マッカーサーとほかの将軍との違いは、彼はほしいものを得るために、ためらわず窓ガラスを割った点だった」

私はW・L・ローレンス[William Leonard Laurence]の『0の暁』を姉妹書「国外篇」で紹介した。


彼は長崎爆撃のときには、その原爆投下機に同乗し、記事まで書いている。しかし、ここでは一切引用しない。ただ、彼が本の最終部で、原爆讃歌をしているので記すことにする。



  結局は、原子力というこの広大な新しい大陸を開発したのは、アメリカの人民である。運命は今まで固く監禁されていた「宇宙の戸棚」の鍵も、われわれに与えることによって、その責任をわが人民の上においた。そしてアメリカ人民はこの責任に対して誠実を守らなければならないし、またその誠実を守るであろう。われわれは、この大陸をわれわれ自身のために、また全人類のために、潤達な新しい理想郷にまで開発し耕して、かつて見られなかった富裕な健康な、そして幸福な新しい世界をもたらさなければならない。しかし、時刻はなお、九時十五分(広島爆撃のとき)であり、なお十二時〇一分(長崎原爆のとき)である。もはや日本時間ではない。世界時間である。文明世界の九時十五分である。歴史の砂時計の十二時〇一分である。


私は、このニューヨーク・タイムズの記者で国際金融寡頭勢力の回し者ローレンスの文章を読みつつ、湯川秀樹が、彼ら勢力の金をふんだんに使い、京都会議を主催し、世界連邦思想を広めようとした意味を理解した。

原爆を日本時間の中でなく、世界時間の、否、歴史の中に位置づけようとするパグウォッシュ[Pugwash Conferences]の会議の意味を理解した。



一九四五年九月三日、W・H・ローレンス[William H. "Bill" Lawrence](W・L・ローレンスとは別人)が従軍記者団を引率してきた。従軍記者たちは、広島にほんの数時間いただけだった。



九月十二日、ニューヨーク・タイムズに、W・H・ローレンスは記事を書いた。広島と長崎は、「文明における新時代発祥の地」となったのである。

この"発祥の地"をもとにして、恐怖を一方で煽ったのが、湯川秀樹、バートランド・ラッセル、アルバート・アインシュタインらの世界統一連邦政府構想である。




トルーマン大統領は、新聞・雑誌・放送関係のすべての編集者に対して「内々」の書簡を送った。「原子爆弾の、実戦に関する情報はいかなるものであれ、陸軍省が特別に認めたもの以外は秘密にすべきである」

しかし、従軍記者の中でも、ジョージ・ウェラーのように、アメリカ政府の方針に逆らう者がいた。ウェラー同様に逆らった記者の一人がロンドン・エクスプレスの極東通信員ウィルフレッド・バーチェット[Wilfred Graham Burchett]であった


九月三日、W・H・ローレンス一行が数日間の広島での形ばかりの視察を終えた後、バーチェットは、同盟通信社の長谷川才次外信局長からの連絡を受けた広島支局の中村敏と歌橋淑郎の両記者、それに通訳の伊藤朝子の三人とともに広島を取材した。

以下は、今堀誠二の『原水爆時代』(一九五九年)からの引用である。



  バーチェットは広島から東京に帰ってから、帝国ホテルでアメリカ占領軍の原爆調査関係者の会議に出席した。
  「会議は終りにちかづいていた。しかし、その会議が広島からの私の電報--原爆の後障害で人びとは死んでいったという--を否定することが主目標であったことはあきらかであった。准将の服装をした科学者が、原爆放射線--私が説明した症状を呈する--の問題はありえない。なぜなら、爆弾は、『残留放射線』の危険をとりのぞくために、相当の高度で爆発させられたからだと説明した
  なお「准将の服装をした科学者」とはマンハッタン管区調査団長の一人であるトーマス・F・ファーレル[Thomas Francis Farrell]准将である。この会議でファーレル准将はバーチェットが広島で見聞した原爆放射線の後障害をことごとく否定した。「スポークスマンは顔を青くして『君は日本の宣伝の犠牲になったのではないのかね』といって、腰をおろした。おきまりの『サンキュー』で会議は散会となった」とバーチェットは記している。


ファレル准将は広島から東京に帰ったときの記者会見でも、残留放射能の存在をすべて否定した。私がたびたび引用した「ファレル准将覚え書き」がグローブス将軍に届けられ、この「覚え書き」がアメリカ政府の公式見解となっていくのである。



国際金融寡頭勢力の回し者、W・L・ローレンスは九月十二日付の、ニューヨーク・タイムズに次なる記事を書いた。

  この地球上で最初の原爆爆発の現場であり、新時代の文明の揺藍の地である、ニューメキシコの歴史的実験場は、八月九日の爆発以後も人が死んでいくのは放射能のせいであり、広島に入った人たちは残留放射能のために新しい病気にかかっているとの日本の宣伝に対する効果的返答を与えた。こうした言い分は誤りであると反駁するために、軍はかたく閉ざされていたこの地域をはじめて新聞記者や写真家に開き、記者らは自分自身の目で放射線技師の一団が持ってきた放射線測定器のメーターを読み、原爆計画と深くかかわっている指導的科学者から専門的証言をきいた。


こうしたなかで、九月十九日にプレス・コード(言論及び新聞の自由に関する覚書)が出てくる。

このコードの第三項は「公表されざる連合国軍隊の動静および連合国に対する虚偽の批判または破壊的批判および流言は取り締まるものとす」である。原爆に関する情報は一切報道してはならないということになっていく。


それはGHQの最高司令官ダグラス・マッカーサーによる指令であり、なによりもトルーマン大統領の指令であった。スティムソン陸軍長官の意向がこの背後に見えてくる。この広島・長崎に原爆を投下することにより、原爆産業を拡大しようとしていたロックフェラー、モルガン、そして国際金融寡頭勢力にとって、放射能汚染による被爆者たちの死が存在するということは、あってはならなかったのである。彼らはアメリカ政府を動かし、マッカーサーを動かし、ついには日本政府と日本の言論機開への口封じに入るのである。

この結果は悲惨という言葉以外にないものを生み出していく。国家が「原爆患者は存在しない」と発表するのである。原爆による放射能汚染は広島と長崎には存在せず、従って原爆患者は存在しないから、海外からの患者への薬は要りません、と発表するのである

あの広島と長崎で、家を焼かれ、食べるべきものもなく、ましてや薬さえないときに、日本という国家は、彼らを見殺しにするのである。私は次項でこの国家の犯罪を描き、半世紀以上たった今日において、この国家を殺人罪で告発する


長崎の医師秋月辰一郎が『死の同心円』で書いた文章を再び引用し、告発の理由とする。



  やがて、私はぽつりといった。
  爆弾で、財産も家族も失った君たちに、いま、国家もなくなったのだ。


国家がなくなってもよい。しかし、なくなったはずの国家が、原爆を落としたアメリカの手先となって、財産も失った者たちに、国際赤十字社が提供しようという薬を、与えないで下さい、という権利があるというのか 

私がたった一人で、汚れちまった、かの時の、あの天皇を天にいただく国家を告発する理由がここにある。





世界政府への道 by ゲイリー・アレン 3 連邦政府の管理する原子爆弾 + 生物兵器としてのワクチン
http://satehate.exblog.jp/11023932/
以上は「さてはてメモ帳」より
なぜ、日本国民の頭上に原爆が、広島・長崎・福島に使われたのか良く研究する必要性が有ります。3発目の福島への核爆発は、日本消滅の予定であったのが、ちょっとした人間の手違いにより、偶然にそれは回避されたことが明らかとなりました。
この偶然の手違いが無ければ、日本民族は間違いなく消滅の運命にありました。この日本民族の命を救った偶然の手違いを、神の御心と思し召してこの際日本人は本当に目を覚ます良い機会と捉えることが必要です。「3.11」裁判を経て日本は再生することが大事です。                                          以上

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