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2012年10月13日 (土)

平家滅亡の経済学、末法思想(4/8)

 お経を書いた巻物を入れる「経筒(きょうづつ)」と呼ばれる銅製の筒---この成分を分析したところ、
「1150年頃を境に、素材が国産から中国華南産に切り替わっていた」
ことが、最近の研究で判明したのです。

「銅はどこからきた?」これが経筒ミステリー

 当時の日本では、お経を土の中に埋納する塚、「経塚(きょうづか)」をつくることが流行していました。

 「経筒」は、そのお経を入れる筒です。現在までに、全国各地でたくさんの経筒が発掘され、貴重な歴史資料となっています。

 この経筒の成分が、ずっと国産銅だったにもかかわらず、1150年頃を境に中国産に切り替わる---このタイミングを考えると、日宋貿易の影響を感じざるをえません。

 では、当時の国内の様子をみてみましょう。

 この頃の日本は、とにかく銅が不足していました。

 あの"奈良の大仏"をつくるための大量の銅を産出した長登銅山(山口県)も、この頃には稼働を中断しています(稼働が再開されるのはかなり先、精錬技術が発達する1300年代後半です)。

 また、1037年には摂津国・能勢郡で銅が見つかり採銅所ができたものの、その採掘量はわずかなものでした。

 「そこで日宋貿易により、銅を大量に輸入した」・・・という話ならば、ぴったり辻褄があいます。

 しかし、日宋貿易に関する史料には「日本が銅を輸入した」という記録は全くないのです (*1)。

 銅を輸入していない---なのになぜ、日本で中国産の銅が使われ始めたのか?

(*1)それどころか、250年後(室町時代)の日明貿易では、日本は銅を大量に輸出する側になります。
以上は「現代ビジネス」より

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