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2013年6月26日 (水)

「私にも夢がある」:地球が変わっても変わらなくても、大人にも子供にも未来が存在するならば

「私にも夢がある」 : 地球が変わっても変わらなくても、大人にも子どもにも未来が存在するとするならば

最近、どうも(精神的な)調子が戻らず・・・というより、モヤモヤとした感覚に苛まれていて、丹念に植物を見ることも疎かになっていました。

そんな中で一昨日、機械的な日常として植物に水をあげていたとき、ハイビスカスに大きなつぼみがついていることに気づきました。

「あれ? いつの間にこんなに大きくなった?」

と思うくらいでしたので、急激に大きくなったようです。

もう明日にでも咲きそうなつぼみの大きさでした。

それで、昨日は突風なんかも吹いていたので、部屋の中に入れておきましたところ、今朝になるとハイビスカスが大きな花をつけていました。

haibi-2013-05-30.jpg


関東地方は一昨日の 5月 29日に、観測史上で3番目に早い梅雨入りをしたのですが、その前までの日々も、日中の気温がそれほど高くなることはなく、私の住んでいるあたりでは、午前中などは風が冷たく感じられるほどでした。

そういうこともあり、「よくこんな中で花をつけたなあ」と思います。

このハイビスカスは冬越しを何度かしていて、3年目くらいのものだと思うのですが、春先からは外に置きっぱなしでした。





太陽光線の違いに気づく最近




▲ 過去記事「奇妙な太陽のポールシフトは太陽系全体に影響を与えるか?: 国立天文台が発表した「4極化する太陽磁場」」 より。


先週、子どもの運動会だったんですが、基本的には曇りで、たまに陽が差す程度の天候でした。

ほとんどは日陰のシートの上に座っていて、自分の子どもの出番の時だけ陽の下に出ていくという感じで、曇っていた時が多いこともあり、全体としては直射日光に当たったのは 10分から 20分程度のもののような気がするのですが、家に帰ると「鼻と頬が赤くなっている」のです。

つまり、日焼けなんです。
私はあまり日焼けしないほうなんですよ。

色はわりと白いほうですが、直射日光には強いほうで、若い時など南国のカンカン照りの中を何時間も歩いたものでしたが、このように鼻や頬が赤くなることはあまりない人でした。

「うーん、なんだか太陽光線が違う」

と思ったのですが、周囲の人にきくと、何人かも言っていて、まだ決して強い日差しでもないのに簡単に肌が焼けてしまうそう。

あと、運動会の時も数分、太陽の光の下にいただけで気分がちょっと悪くなったのですが、この、「気分が悪くなる」ことも最近、よく聞きます。太陽光線そのものが悪いということではないのかもしれないですが、なんだかずいぶんと太陽の影響が経験則から違うと感じるのです。

熱中症も増えているようで、下は愛媛県のニュースからの抜粋です。

5月の熱中症搬送、05年以降最多 松山市
愛媛新聞 2013.05.22

市は、熱中症の搬送状況を昨年より2カ月早くホームページで公表。昨年は5月は1人、一昨年はゼロだったが、今年は6~18日に5人を搬送。3人は屋内で発症し、高齢者もいた。屋外では2人が散歩や農作業中に体調を崩した。


「農作業中に」というのは農家の方だと思うのですが、炎天下の作業のプロだと思うのですよ。昨年も、野球や陸上などで全国の中学や高校でかなりの数の熱中症の例が報告されていましたけれど、どうも、その「理由」について釈然としない部分はあります。

いろいろ合理的な理由をつけても、どうも昔とは違う。

結局は、

・人間の体のほうが変わった。

・太陽からのエネルギー(か何か)が変わった。


のどちらかのような感じがするのですが、実際に、過去記事の、

国立天文台が「太陽の磁場異変の進行」を確認し、その状態が過去の「小氷河期」と類似していることを発表

 2013年02月05日

などでも取り上げました、太陽磁場の4極化などの異変が現在も進行中だとすると、太陽からのエネルギーがかつてとは違うことは十分に考えられると思います。



さて、タイトルに「私にも夢がある」と書いていて、全然それにふれていませんでした。

今後、自分にとっては大事になるテーマかもしれないですが、今回は少し短めに書きます。





地球が変わらなくても変わっても、未来を作るのは子どもたち


前回の記事で、今年はキング牧師の「 I Have a Dream (私には夢がある)」から50年目というようなことを書きました。

そのキング牧師の言葉に従えば、「私にも夢がある」というようなことになると思います。


今、うちの子どもは小学2年で、昨年やや不登校の気配があったのですが、その後は小学校に行っています。

しかし、その「小学生たちの日々」というものを逆に目の当たりにすると、愕然とする感じはあるのです。

宿題の山。

「こんなに宿題あるなら学校の授業いらないじゃん」と思えるような、100回くらい計算させるような何とかだか、読み書きの何とかだとかが山のようにあります。

そして、今は塾や習い事に行っている子どもたちもたくさんいるはずで、その他にも「やらなければならないこと」がたくさんある。


私は以前、東京の芸能スクールで児童相手に演技指導をしていたことがありますが、私が担当していた主に小学1年~3年の子どもたち数十人の、「ほぼ全員」が学校以外の何らかの習い事をしていて、中には「週7つの習い事」をしているという子も何人かいました。

少し救いだったのが、その7つの習い事をさせられている男の子に、

「その7つの習い事のうち、どれが好き?」

と訊きましたら、

「そんなのあるわけないよ」

と答えたことでした。

なぜこれが「救い」かというと、「全部嫌いだ」という意志の部分だけが「彼の独自の考え」であり、彼がまだ「ものを考えている」という証拠だからです。


上に書きました「宿題」だとか、「習い事」だとか、あるいは学校そのものもそうかもしれないですが、何が問題かというと、

子どもたちが自分で考える時間がない

のです。

それほど詰め込まれている。


自分の子ども時代などを考えてみますと、子どもたちに最も必要なことは、

「ボーッと考える時間」

だと思っています。

あるいは考えることも必要ないかもしれません。
ボーッと景色を見つめる。
ボーッと色を見たり匂いを嗅ぐ。

この「ボーッとしている時間」というのは特にこどもの時には五感(あるいは六感)の成長のためには最も大事なことではないかと思うのです。

それは、大人からすれば「何の意味もない時間」になるのでしょうけれど、目的がなければないほど「新しい発想が浮かぶ」わけで、まあ、男の子なんかはロクなことを発想しないですけど、でもそれでいいはずです。

どんなロクでもない発想でも独自の発想なのだから。


でも、今の状態では考える時間そのものがない。

「考えない」ということが前提では、どれだけ算数ができても、あるいは文章を上手に作ることができても、それは機械の働きと同じであり、その活用方法が何もないことになります。




変わっていく可能性の高い社会システムの中で

実際は現在の意味がなさそうな詰め込み教育も、「受験のため」ということで、そういうことになっているのでしょうけれど、でも、高校受験でも大学受験でもいいですけれど、受験というのは、今の状況では、たとえば企業に就職したり、といったようなことが目的が大きいように思います(もちろん、勉強したくて大学に行く人もたくさんいるでしょうけれど)。

そして、企業に就職したりといったようなことが目的なら、それは「日本社会がこれからも同じように続くことが前提」となっている生き方であって、それについて懐疑的な意見が世界を支配していることはご存じの方はご存じかと思います。

海外の多くの場所では、「日本が世界経済崩壊の引き金を弾く」という意見が最近とても多く出されています。

japan-mother.jpg

InvestmentWatch (米国)より。


まあ、世界経済が崩壊するとか次の金融危機が近いとか、そちらの話はここの専門ではないですが、どうしてそういうことにふれたかというと、

今の社会システムが未来永劫続いていくという確率が低くなっている

という可能性は存在しているということです。


もちろん、可能性というだけであって、未来永劫に今の社会システムが続いていく「可能性」だってあるわけですけど、それはそれで地獄


この先も何十年も何百年も、

「ボーッと考える時間を与えられなかった子どもたち」

だけの人類の地上となっていく。


与えられたものだけを消化していく人類たちは、もはや人類とはいえないわけで、しかも、それが日本だと義務教育だけでも 10年近く続く。


関係ないですが、マヤ族の子どもたちは 12歳くらいから大人として生活するという部分があったようです。カンクン丸福というブログから抜粋します。

マヤ族の子供の旅立ち

maya2.jpg

▲ マヤ族の子どもが大人になる時に親からもらう La Braga といわれるふんどしに似たものとサンダルのイラスト。


マヤ族の子供たちは12歳から13歳になるとおとなの仲間入りをしました。

その前にいろいろなこと、基本的な生活に必要なこと、たとえば家を作る、作物、特に主食のトウモロコシの栽培方法、獲物の取り方、鹿、イノシシ、アルマジロやイグアナが蛋白源となりました。ですからこれらの動物の捕獲方法などを親や目上の人たちに何回もおしえてもらいました。

それから、感謝すること、特に太陽や風や雨などに毎日感謝をすることなど生活の中で大切にしなければいけないことなどを習います。


マヤ族がどうのこうのではなく、本来は人間が生きていくにはこのくらいの教育で十分だったはずです。そして、マヤ文明は少なくとも、明治以降の近代日本の文明よりは長く続いた文明です。


教育のことだけであまり長くなるとアレですが、この教育の問題というものが「まず」あります。


「まず」と書いたのは、たとえば、私はもう大人のわけですが、大人としての私たちは今後どう生きていくかということがあります。


結局それは「飛び地の文明」といった概念であり、自給自足「的」な生活のことだと思うのですが、今年は少し具体的に行動しようと考えています。

また、私もそうなんですが、「方法も場所も何もかも全然わからないけれど、興味はある」というような方は結構いらっしゃる気もするんですよ。

そういうことも含めまして書きたいこともいろいろあります。


ちょっと長くなりすぎますので、後の記事で書きます。


そういえば、今日、ツイッターから下のタイトルのメールが来ていました。

twitter.png

思い出してみましたら、ツイッターが登場した頃、いちおう登録だけしておいて、その後、アクセスさえしたことなく、一度も使ったことなく現在に至るということを何となく思い出しました。なので、「利用しませんか?」というタイトルのメールが来たようです(苦笑)。

今後はこういうのも使ったほうがいいのかなあ。


以上は「IN DEEP」より
太陽も地球も変化しつつあります。人間がその変化に対応できるかどうか疑問です。以上

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