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2013年9月16日 (月)

縄文・弥生の歴史の常識の嘘2・・・古代人の航海術

日本人の起源(縄文・弥生・大和)
275615 縄文・弥生の歴史の常識の嘘2~古代人の航海術~
 
彗星 ( 中年 ) 13/05/01 AM01 【印刷用へ
『古代天皇家と日本正史(著:中丸薫)』の「第5章 縄文・弥生の常識は完全にくつがえされている」よりご紹介します。縄文・弥生時代の航海術の言及しています。「道が完備する以前の時代は、人数が多い集団の移動は、陸上よりも水上の方がはるかに安全で容易だった。」との考察があり、確かに納得がいくところです。
-------------------------------1より
■あなどれない古代人の航海術
 先史時代の人々が大群を航海する姿は、なかなか想像できないかもしれない。しかし、現代人は、こうした古代に対するイメージを大々的に修正すべき時がきている。
 まず約10万年続いた最終氷期の日本列島は、大陸とつながっていたので、獲物を追った石器時代人は、大陸から歩いて到来し、凍結した湖だった「日本海」を横断することもできた。氷が解けている場合は、漁業を兼ねてカヤック風の船で渡ることもできた。また今日のインドネシアやマレーシアに相当する地域の人々も、徒歩で日本にいたることができた。沖縄も台湾も大陸の一部となっており、海岸地帯を形成していたからである。
 その後の温暖な時代の縄文人は堅実に農業を営み、一方で交易のために外洋航海用の船を造り、航海していた。彼らの直系の子孫たるアイヌが、船で日本海に沿って交易していたように、縄文人は優れた航海者として伊豆諸島にも渡っていた。5000~6000年前の平均気温は今日よりかなり高く、海もはるかに航海しやすかったのである。
 1章でも紹介したが、古代のポリネシア人も小型の船を操って、北は東南アジアから、東は太平洋を横断してハワイ諸島はもちろん、南米チリ領のイースター島、さらには西に向かってインド洋を横断し、アフリカのマダガスカル島に植民している。
 もちろんポリネシア人は台湾から日本列島にもいて、日本の基層民族の一つともなった。ただポリネシア人はニュージーランドには植民したものの、なぜかオーストラリア大陸を避けている。羅針盤もなしにイースター島のような大洋の孤島に植民した彼らが、この広大な大陸の存在を知らなかったはずはないのだが。
 逆に2003年にメキシコのパハ・カリフォルニア半島の先端で発見された数万年前の化石は、オーストラリアやニューギニアの先住民に近い人種だったという。この人唾は数百万年昔のジャワ原人(かつてはピテカントロプスなどと呼ばれた)の末裔でもある。
 古代人は現代人が想像する以上に開拓精神に富み、冒険を厭わずに新天地を求めた。ある意味では、移動癖があったのかもしれない。もちろん人口爆発による人口圧力の増大があれば、嫌でも移動せざるを得ない場合もある。
 古代人が外洋航海をしていたという証しは、日本の遺跡にもある。千乗県にある栗山川の遺跡から発見された5000年ほど前の縄文時代の大型舟(長さ7.45メートル、幅70センチ)は、外洋航海も可能である。縦に割った木を黒く焦がし、斧で削る工法は世界各地で見られる、鳥取市の桂見(かつらみ)遺跡でも、この工法で作られた3500年前の縄文晩期の丸木舟2隻が発見されている。そのうちの1隻は全長7.2メートル、幅74センチ、深さ約30センチもあり、こちらは外洋航海用、他方は内海・水路用だったと見られている。
 温暖な縄文時代には、北海道、樺太に沿った北回りのルートで行けば、難なく大陸にいたることができた。樺太とは、アイヌ語で「唐(から)への門(入り口)」という意味だが、この「唐」とは、中国に限定されないアジア大陸全般のことなのである。
 北回りにせよ、南回りにせよ、道が完備する以前の時代は、人数が多い集団の移動は、陸上よりも水上の方がはるかに安全で容易だった。メソポタミアのシュメール人も、インドや中央アジアから物資を運ぶにあたり、船舶による海上移送を好んで用いている。
-------------------------------3につづく
 

 以上は「るいネット」より

 

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