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2013年9月22日 (日)

縄文・弥生の歴史の常識の嘘 8・・倭国解明3・・伽耶と日本

日本人の起源(縄文・弥生・大和)
277950 倭国解明3~伽耶と日本~
 
彗星 ( 中年 ) 13/06/24 AM01 【印刷用へ

『古代天皇家と日本正史(著:中丸薫)』の「第6章 ついに倭国の謎を解明する時が来た!」よりご紹介します。伽耶と日本はかなり密接な関係があったようです。特に九州地方では、鉄などで密接な関係があったと言われます。
-------------------------------2より
■九州王朝=倭の五王は伽耶の国だった
 北九州には、かなり以前から、先進の伽耶が資源を求めて勢力を拡張していた。つまり、3~5 世紀の九州王朝は伽耶と密接な関係にあり、その意識は遠い大和地方などではなく、対岸の伽耶に意識が向いていたのである。それのみならず、吉備と同様に長い間、独立国でもあった。
 半島南部の伽耶が、1~2世紀から対岸の九州に大々的に進出した背景には、製鉄に要する資源の問題がある。製鉄には砂鉄あるいは鉄鉱石、そして水が必要なことは言うまでもないが、製鉄用の登り窯で高温を得るためには、大量の炭が必要となる。炭はさらに大量の木材を必要とする。伐採によって半島での木材が枯渇した伽耶が、湿度が高く降雨量が多い列島に早くから注目して進出したのは当然の帰結であった。さらに、199年の建国王の死後、金官伽耶の支配層hが集団に列島に移住した。
 伽耶は各地の勢力が伯仲し、最後まで統一されなかった。一方、新羅は塵州の周辺から統一が始まり、青銅器時代から初期鉄器時代にかけて先行していた。その意味でも、九州王朝は伽耶連合の一分国だったのである。
 6世紀初頭には筑紫君磐井が大和政権と戦ったが、すでに述べたようにこの戦いは九州王朝の背後にいる新羅王と大和政権との戦いで、国際紛争だった。この敗北によって、この九州王朝という背後勢力を失った伽耶は、6世紀に新羅に併合されるのである。
 伝統的に中国では倭国の統治者が北九州にいたと考えており、実際、倭国の主体は大和地方ではなく、北九州だった。いわゆる「倭の五王」も九州王朝なのだが、その記録は8
世紀に成立した『古事記』と『日本書紀』によって抹殺された。よって「倭の五王」は無理に記紀の天皇に比定してもあまり意味がない。九州王朝と東国を過小評価するのは政治的な意図で綴られた記紀に基き、この意図的な構図に今日の史家も左右されている。
「日本」が当初から統一国家だったというのは、架空の神話であり、明治時代以来の皇国史観が強調したものである。それにより、列島には大和政権だけが有史以前から独占的に存在し、「倭イコール大和政権」であるという史観が支配的になり、日本の史家ですら九州王朝の存在を無視しているというのが現状なのである。

■伽耶は「倭」でもあった
 かつて日本における伽耶研究の題目は、半島支配の正当化のみであった。しかし、伽耶は日本の成立に重大な役割を果たしたというのが真実である。百済でも古くから半島南部が「倭」と呼ばれていたように、伽耶連合は半島南部から九州にまたがる先住民の名称によって「倭」とも呼ばれた。支配階級が西アジア人である伽耶が、「倭」とも呼ばれたというのは奇異に感じるかもしれないが、被征服民族の名称が非公式の国名ともなったのは、特別珍しいことではない。
 一国の国名は、征服民族またはその言語に基づくケースと、被征服民族またはその言語に基づくケースとがある。たとえば英国を英語で「イングランド」、ポルトガル語で「イギリス」と呼ぶのは前者の例。そして英語で「ブリテン」とも言うのは、後者の例で、征服されたケルト人に由来する。
 同様に「フランス」は征服したゲルマン人、フランク族に由来する国名で、「ガル」とか「ゴール」というのは征服されたケルト人に由来する。
 ところでなぜ日本式、日本食と言うかありに、「和式」とか「和食」と言うのか。
 日本のことを「大和(やまと)」というため、「大和」の略と勘違いされやすいが、実は古代から現代に至るまで用いられてきた日本の名称「倭」のことで、「和」という漢字を用いるのは、娩曲表現である。
「ブリテン(Britain British)」や「和(倭)」などは、英語でも日本語でも非公式にしか使われないが、何百年経ってもそれぞれの言語から消えないのは、2000年以上も前からある由緒ある名だからである。
-------------------------------4に続く

以上は「るいネット」より

 

 
 

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