免疫細胞療法・樹状細胞療法について(10/12)
樹状細胞について
樹状細胞療法は、体内のキラーT細胞に、がんの情報を与えて、特定のがん細胞を攻撃するCTLにする、としています。
樹状細胞は、がん細胞を攻撃しません。
バクテリアやウイルスを認識する優れたセンサーTLR群を備えますが、がん細胞を認識するシステムは持っていません。
樹状細胞を用いて、実際に、がん細胞を破壊する「本物」のCTLを誘導できたケースは、非常に特殊な場合を除いて、ほとんどありません。
強い免疫抑制下にある、がん患者体内において、樹状細胞が、がん細胞の情報を提供できたとしても、元々、生きたがん細胞を目の前にして、攻撃できない抑制された免疫系が反応するとは、考えにくいものがあります。
樹状細胞にとって、がんは専門外
私どもは樹状細胞の培養技術については、他で行われている方法以外の独自技術を含め、すでに確立しております。(もっとも、基本的な細胞培養技術があれば、樹状細胞の培養自体は誰でもできます)樹状細胞は、体内では、感染症対応に重要な役割をする細胞です。がんの転移には関与していますが、がん細胞を認識し、攻撃する機能や役割はもっていません。
がん細胞を認識し、攻撃する能力を生まれながらに備えるNK細胞を、そのまま、がん治療に用いる治療法の開発は、「ゴールがあることは分かっているが、具体的にどうすればいいのか」という方法論の問題でした。ところが、がんに関しては「門外漢」あるいは、「専門外」である樹状細胞を、がん治療に用いるのは、「答えがないのかもしれない」ことへの挑戦です。実際、越えるべきハードルがいくつもあります。ある特殊な用途以外、実用に供するレベルではない、と考え、医療機関向けサービスメニューには加えておりません。各研究機関で治療方法の開発努力が盛んに行われており、メディアでの発表も多いのですが、それだけまだまだ、初期の研究段階を脱していない、ということです。
樹状細胞の本来の機能(感染防御)
樹状細胞は直接がんを殺す細胞ではありません。大阪大学の審良(あきら)教授を中心に、樹状細胞がバクテリアやウイルス感染に対応する仕組みの解明が進んでいます。審良教授は、論文引用数世界首位を継続しています。(革新的で最先端の研究を、他人が評価するのは無理があります。最先端の研究の中身は、やっている当人にしか、本当は分からないからです。そのため、科学の世界では、他の研究者に論文が引用される頻度を、研究者のインパクト、影響力の強弱を測る便宜上のバロメーターとし、研究予算を配分する際の、参考などにします。)
樹状細胞は、バクテリアやウイルス全体、もしくはある種のグループが共通に持つ構造で、ヒトの細胞には存在しないか、稀にしか存在しないものを認識するセンサーを備えています。このセンサーはTLRと呼ばれ、これまで十数種類が発見されていますが、それぞれが、バクテリアやウイルス特有の構造体に対応しています。このTLRをいくつか組み合わせることで、現存するほとんどのバクテリアやウイルスを認識することができます。たとえば、細胞壁はバクテリアには存在しますが、ヒトの細胞には存在しません。そして、樹状細胞は、細胞壁特有の構造を認識するTLRをもっています。
ところが、樹状細胞は、がん細胞を認識するセンサーをもっていません。
樹状細胞は、NK細胞のように全身をパトロールするのではありません。末梢血液中にはほとんど存在せず、消化管や皮膚の基底部に張り付いています。(基底部に張り付いている樹状細胞をはがして取ってくることはできません。そこで、免疫細胞療法に用いられる樹状細胞は、自然の樹状細胞を用いるのではなく、血液中に沢山含まれる単球を薬剤で刺激し、人工的に樹状細胞へ分化誘導したものです。体内で成熟した樹状細胞と同じ機能を持つ保証はありません)
つまり、「菌やウイルスが大量に存在する」腸管や皮膚の表面には樹状細胞はいないのです。そこは、菌の巣であって構わないのです。一方、底の部分、基底部というところは、「菌やウイルスが大量に存在してはいけない」のです。腸管内にいた菌の大群が、もし基底部に侵入してくれば、警戒網を張って待ち構える樹状細胞と盛んに接触します。それは感染症の発生を意味します。
では、樹状細胞が、菌やウイルスの大群を認識すると、どうするのでしょう。T細胞や、B細胞を誘導するのですが、菌に対しては、抗体が有効です。菌は、一個、一個バラバラだと、弱いのですが、大きな集団が塊となって組織をつくると強敵となります。しかも増殖力は、がん細胞やウイルスの比ではありません。フルスピードで増殖すると、1個のバクテリアが、半日で1兆個以上にも増える可能性があります。そこで、大量の抗体を浴びせ、炎症系(補体)を含む複雑な免疫システムを総動員して、菌の巣と赤血球を一緒にして固めてしまいます。
ウイルスの場合も、バラバラのウイルスは酵素で、どんどん分解できます。ヒトの細胞内に入り込んだウイルスには直接、手を出せないので、キラーT細胞が、ウイルス感染細胞を破壊することで、ウイルスの発生源を断ちます。この一連の反応は、感染が発生している部位において特に活発に起こります。この場合、菌やウイルスを細かく分析する必要はありません。感染が成立した場所にT細胞やB細胞を集め、その近辺にいる菌やウイルスを片っ端から処理すればいいのです。相手が、何という菌かが重要なのではなく、菌が存在してはいけない場所に、大量にいるのですから、どんな菌であろうと、菌特有の構造に反応する抗体を大量に浴びせればいいのです。
痘瘡ウイルス(天然痘の原因ウイルス)の感染を防ぐのに、痘瘡ウイルスそのものや、痘瘡ウイルス由来の物質は使われませんでした。ワクチンとして用いられたのは、ワクチニアウイルス、という痘瘡ウイルスとはほとんど類似性のない別種のウイルスでした。免疫反応というと、特定の物質に反応する、特異性が重要、と考えられがちですが、現実の感染防御システムを考えれば、細かく相手の性質を特定するより、「菌」とか「ウイルス」という大くくりの捉え方と、「どこにいるのか」「大量に活動しているのか」といった全体的な危険レベルを認識することが、何よりも重要です。
適切な標的がん細胞を入手できれば、樹状細胞は必要ない
樹状細胞は、感染防御において、T細胞やB細胞を誘導します。この性質を、がん治療に利用できないか、と考えられたわけです。最近の研究から、樹状細胞が積極的に誘導するキラーT細胞や、B細胞は、最初から菌やウイルスの共通構造という特定の標的を狙うものであることが明らかになってきています。つまり、攻撃する標的は予め決まっているのです。がん細胞という樹状細胞が本来、認識できない標的について、キラーT細胞を誘導させるのは、かなり無理があります。
また、十分な数のキラーT細胞を、患者体内から取り出された標的がん細胞と一緒に培養することで、標的がん細胞と同じ性質をもつがん細胞を攻撃するCTLに変化させることができます。わざわざ、樹状細胞を使わなくても、標的がん細胞を入手できれば、CTLはつくれるわけです。
では、標的がん細胞と、樹状細胞を一緒に培養したあと、「標的を覚えた?」樹状細胞とキラーT細胞を一緒に培養すると、どうなるでしょうか。何も起こりません。樹状細胞が、キラーT細胞を教育して、実際に、がん細胞を傷害する本物のCTLに誘導できることは実証されていないのです。(最近では、ガンマインターフェロンを放出した、とか、免疫刺激に対して、キラーT細胞が、多少なりとも反応を示せば、実際に、がん細胞を攻撃することを確認せずに、CTL化した、という言い方をする研究者がいます。ですが、がん治療に用いるには、本当にがん細胞を攻撃することを、確認する必要があります。)
樹状細胞療法の研究は、適切な標的がん細胞が入手できない場合を想定
現在、樹状細胞療法の研究の焦点は、「適切な標的がん細胞を入手できない場合」に集中しています。入手できれば、樹状細胞を用いずにCTLを作成できるのですから、当然です。
適切な標的がん細胞に代わるものとして、人工抗原が用いられます。
人工抗原の研究は、この数十年、盛んに行われてきましたが、未だに、有効性を確認されたものはみつかっていません。細胞表面抗原は、ほぼ考えられる物質が一通り試験され、失敗に終わっています。
現在、日本では、細胞内部にある物質、WT1という蛋白質や、WT1蛋白質の一部である、WT1ペプチドの研究が盛んです。WT1という蛋白質は、がん細胞にも正常細胞にも存在しますが、様々な種類のがん細胞において、過剰発現している、と報告されています。細胞内にある限り、直接、標的にはならないのですが、WT1蛋白質の分解物である、ペプチド(アミノ酸が数個つながったもの。蛋白質は、数十個~数百個のアミノ酸が、つながっています)が、細胞表面に出てくることがある、とされています。全てのがん細胞に存在するわけではありませんが、MHCクラスIという分子が細胞表面に突き出ており、この分子の臍のような隙間に、細胞内に過剰発現している蛋白質が分解されて生成されたペプチドが吸い上げられ、ディスプレーされることがあります。MHCクラスIは、T細胞が認識する相手方となりますので、ここに、がん細胞において過剰発現されるWT1の分解物を提示すれば、T細胞が、がん抗原と認識するのでは?という期待をもたれているのです。ここまで難解な説明で申し訳ありませんが、樹状細胞療法というのは、仮定の上に、仮定を重ねたものであり、説明もまた、長くなります。「がんを見つけ次第、破壊する能力を生まれながらに持つNK細胞を強くし、数を増やして体内へ戻す」こんなシンプルにはいかないのです。
これまで、樹状細胞療法は、国内では医薬品メーカーが治験を行い、全く効果がみられず、「確認申請」を取り下げています。他、大学などでも治験が行われていますが、これといった成果はあがっていません。
樹状細胞に情報を伝えるのは非常に難しい
そもそも、樹状細胞は、ペプチドを取り込みにくい細胞です。そのため、メディネット社では、米国から「エレクトロポレーション」という技術を導入し、電磁パルスで樹状細胞の膜を瞬間的に変化させ、ペプチドを透過させる研究を行っています。また、ドイツのグループは、樹状細胞と、患者体内から取り出したがん細胞を、細胞融合という技術で、一つの細胞にし、それから体内へ投与するという方法をとっています。この場合は、臨床効果が出たようですが、ここまで徹底してやらないと、樹状細胞に、がんの情報を伝えるということは難しいのが実態です。
がん特異抗原は、果たして存在するのか?
がん細胞は、あくまで人間の細胞です。バクテリアと人間の細胞を区別するのと、がん細胞と正常細胞を区別するのは、わけが違います。がん細胞と正常細胞は、基本的に同じ物質からできています。ただし、個々の物質の存在量や、バランス、組み合わせが異なります。NK細胞の場合は、がん特有の抗原を認識しているのではなく、正常細胞にも、がん細胞にも存在する物質を認識するセンサー、KARとKIRを多種大量に備え、複数の抗原を認識し、それらのバランスや分布などを総合認識することで、がん細胞と正常細胞を区別しています。NK細胞が認識する「抗原性」というのは、特定の単一物質があるかないか、という単純なものを意味するのではありません。
通常、がん細胞に対する抗体が体内で自然につくられることはありません。がんに対する抗体医薬品を作成するのにも相当の苦労と長いプロセスが必要です。これまで大きな大学や巨大医薬品メーカーなどが、莫大な研究費と膨大な人数の研究者を抗体探索に投入してきましたが、がん細胞だけに特異的に結合する抗体は一つも見つかっておりません。正常細胞にも結合しますが、がん細胞の方に、より沢山、結合する抗体を製品化してきたのです。
これまで100種類近い腫瘍マーカーが実用化されてきましたが、がん特異物質は一つも使われていません。細胞表面に存在する蛋白質およそ400種類全てがチェックされましたが、がん特異性の変異を実用的な抗原として利用できるものはありませんでした。
がん細胞に特徴的に見られる遺伝子変異はあるのですが、では、治療に応用できるのかというと、残念ながら、単独物質として、顕著ながん特異性抗原とはならないのです。
がん特異抗原は研究者の永年の夢です。
しかしそれは、永遠の夢なのかもしれません。
免疫細胞療法の原点 何故、体外培養なのか
がん患者体内は、強い免疫抑制状態にあり、体内に存在する大量のがん細胞を目の前にして、免疫系が攻撃できない状況に陥っています。だからこそ、免疫抑制の影響を受けにくい体外において、免疫細胞を強く活性化し、強力な戦闘細胞としてから、体内に戻すのです。それが、米国国立衛生研究所NIHが確立した「免疫細胞療法の原点」です。
樹状細胞療法は、強い免疫抑制下にある体内において、キラーT細胞に、がん細胞の情報を与え、CTL化すると、標榜しています。元々、体内に大量に存在するがん細胞に対して反応できない免疫系に、がんの情報を与えて、何が起こるでしょうか。
必要なのは、がん細胞の情報ではありません。そのようなものは、免疫細胞の目の前にゴロゴロ転がっているのです。必要なのは、免疫抑制を跳ね返す「免疫刺激」です。
それは、「コーリーの毒」以来、免疫療法の大原則であり、また、ウイルス感染症防止に用いられるワクチンにおいても、免疫状態を活性化するアジュバンドが使用されることからもあきらかです。(実際にウイルスに感染させる生ワクチンでない限り、抗原だけを投与しても、ワクチンにはなりません。必ず、強力な免疫刺激効果を発揮するアジュバンドを加える必要があります。効果の高いアジュバンドは、一般に、刺激が強い危険なものです
【まとめ】
元々がんを認識攻撃するのが本職のNK細胞を、そのまま素直にがん治療に用いることは、自然の摂理にかなっていると考えます。一方、本来がん細胞を攻撃することを主任務としていない獲得免疫系の細胞群を、がん攻撃に仕向けるのは、越えるべきハードルの次元がまるで異なります。
以上は「免疫療法総合支援サービス」より
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