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2015年2月28日 (土)

ガンは癌にあらず、第一章・癌と診断された人の疾患経過(10)

(18) 胃癌・食道癌全摘後の転移 知人の父親Q氏(1916年生?, 男性, 60kg)
 Q氏は胃癌と食道癌を全摘する大手術をした約1年後に, 胃と食道の代替として引き上げていた腸の部位に癌が転移し, これが悪化した. S医大病院で余命3ヶ月と宣告され, 病院の勧めに従って自宅に戻ったのは1996年の初めだった. 同年2月から生の春ウコン1日30g量を3分割して摂取したところ, 3ヶ月で完治と診断されるに至った.

 全摘が大手術であり, その上老齢だったために体力回復に1年以上かかったが, 1年半経過して体重が増量し始めると共に本人の我儘も強くなったようであった. 体力が回復してしばらくすると, 「こんな苦いものはもう飲めない」と生の春ウコンを拒絶された. 残念なことに, 摂取を中止してから3ヶ月後に急逝してしまった. 胃癌・食道癌からの転移癌では, 治癒するのも悪化するのも, 約3ヶ月であった.

(19) 胃癌 元経営者Rさん(1930年生, 女性, 50kg)
 Rさんが家の中でフラフラしてつまずいたり階段を踏み外したりするのを, 家族は加齢現象だと考えていたところ, 「胃か心臓のあたりが痛い」と言い出したので, 近所の医者を訪ねた. そこでは「貧血状態がひどいので大きな病院で精密検査を受けるように」と勧められ, 2006年7月15日に検査のためにKIセンターに出かけた. 検査の結果, 胃癌が見つかり, その場で手術の日程が組まれ8月9日と決まった.

 家族は, 前記(4)の件を身近で起きたこととして良く覚えていた. 春ウコンについてはその時の知識もあり, その効果を期待した. 検査の当日に「母に進行の早い胃癌が見つかった. 末期ではないと言うが, 20日後に手術と決まった. 春ウコンは胃癌にも効くのか」という問い合わせが来た. 前記(17)の話をしながら「転移癌ではあるが, 胃癌に効いた. 色々な固形癌に効いている. 手術を邪魔することは無さそうなので, 5g/日を4回以上に分けて摂取すると良いと思う」と資料を使って説明をした. 家族が入院中の患者と話をしたところ, 本人の希望も強かったので直ぐに錠剤を飲み始めた.

 手術までに時間がなく, 検査直後に, 術前のコンディショニングのために入院することになった. 貧血症状がひどく, 家族の介添え無しには入院できない状況であったが, 医師の許可を得て春ウコンの摂取を続けたところ, 1週間後の退院までに貧血が大きく改善し, 退院時には家族の助けを借りずに自力で歩行できるまでに回復した. 貧血症状の改善は, 癌の縮小に伴う出血の減少を示唆していると考えた.

 家族へは「貧血が回復したことは, 癌による出血が治まり始めたためだろう. 貧血の改善状況からみると, 手術直前には癌が小さくなっているだろうから, 直前の検査次第では, 手術を見送り, 暫く様子を見ることできるようになるだろう. 手術は体にとって大きなストレスであり, 免疫を下げるので避けたい. 多分, 手術を回避できるのではないか」と話をした. 医師は「切ってみないとわからないが, 胃を全摘する可能性もある」と言って, 直前の検査はせずに予定通りに手術を行った.

 医師からの手術後の説明は, 患者本人へは「癌は中央に集まっていて, 癌を取り易かった」, 家族へは「胃癌は胃袋の外壁まで抜ける程, 大きくなっていた. しかし, 全摘はしなくて済んだ. 転移した癌が多数見られるが, 活性化はしていない. 術後の制癌剤治療を勧めたい」ということだった.

 術後に制癌剤治療を勧められた患者本人は, 制癌剤の副作用の知識があり, また, 前記(4)のケースで[快方に向かいながら制癌剤(シスプラチン)治療をしたために25日後に急逝した]ことを良く知っていたので制癌剤を辞退した. 手術後, 食事の再開と同時に春ウコンを再開した. 医師から「高齢にもかかわらず, 手術後の経過は驚くほど順調な回復」と言われ, 手術の2ヶ月後にはアジア旅行へ出掛けることができるまでに元気になった.

 その後, 患者についての連絡がなくなったが, 摂り方の要点を書いた書類を渡しておいたので, しっかり春ウコンを摂っていてくれていると思っていた. ところが7ヶ月後に訃報が届いた. 後から家族の話を聞くと, 「春ウコンは本人任せだったので, しっかり摂れていたかどうか良く分からない. 最後の何ヶ月は入退院を繰り返していて, 医師は腸閉塞を心配して口からの食べ物を極端に制限していた」とのことだった. このケースは, 当初の3ヶ月は春ウコンが極めて有効であったが, その後は[再発,転移,アジュバント療法などの有無]の報告がなく, 不明な点が多いので除外すべきかと考えた. しかし, 不明は不明として記載することにした. 末期癌でない3例目である.

(20)消化管膜間質性腫瘍 クラブの後輩の父親S氏(1937年生, 70歳, 40kg)
 S氏は消化器の表皮にできる特殊な癌[消化管膜間質性腫瘍](略称GIST)が胃の表皮にできたと診断され, T医科大病院で知人の専門医の手術を受けて胃を全摘した. その2年後, 大腸の表皮に転移癌が再発したので再手術のため開腹をしたが, 手を付けることができないほど癌が進んでいた. その際の医療ミスで大腸がバイパスとなり縫合されただけだったので, 不信感からT病院に2003年に移った.

 T病院の医師は当初GISTを知らず, 家族と何回か衝突しながら熱心に勉強し, 「イレッサ(ゲフィチニブ)を改良した新薬グリベック(イマチニブ,分子標的薬)を自宅で使うように」との指示を出した. 自宅療養中にこの副作用に悩まされ, 医師に言われた量の半量をやっとの思いで飲んでいた. 「父が死にそう」との話を聞いた筆者Aの勧めで, 春ウコンを2006年7月末から飲み始めた. 体重が40kgほどまで減量していたので春ウコン粉末の服用量を1日4gとしていたが, これを摂り始めるとグリベックによる副作用が消えた.

 1ヶ月ほど経つと, 胃を中心として調子が良くなってきたのでグリベック摂取をやめて春ウコン摂取だけにした. 40日後の検査結果では「癌は大きくなっていない」ということであった. 春ウコンを続けた4ヶ月後には体調も回復し, CT検査では癌がなくなっていた. 末期癌GISTに大きな変化がでたことになる. しかし, 医者は「癌は動くので, 見えない裏側に動いている可能性がある. 経過を見ていく」と患者に伝えた (2006年12月).

 年を越し, 徐々に健康を取り戻し始めた. その後も春ウコンの摂取だけで健康状態は安定しており, 2007年2月と4月のCT検査でも癌が消えた状態は続いていた. この状況をみた医者から, 「グリベックが効いているので量を倍増したい」と言われた. 医者に診てもらうためにグリベックの購入は続けていたが, 全く摂っていない薬の増量を患者は辞退した. 5月に入り温泉旅行に行けるほどに体力も回復してきた.

 以前の手術後は, 夏には体調を崩して一度は必ず入院していたが, 2007年夏の猛暑を何事もなく乗り切り, CT検査結果も特に問題なく, 食事も美味しいと感じて食べられるようになってきた. 大手術による後遺症があり, 体力回復にはもう一歩の観があったが, 3年半後の2010年に入って体重が増え始め他. 体重増加を[癌によるむくみか?]と心配したが, 2kgの体重増は本格的な体調回復の兆候のようである. 体力もついてきたので, 海外旅行を話題にするくらい意欲的になり, 順調に過ごしている. 癌の大手術からの回復には, 長期間の療養が必要となるようだ.

(21) 膵臓癌 クラブの先輩T氏(1940年生, 男性, 55kg)
 癌談義を筆者とした中東駐在のT氏が, 北アフリカ駐在として大変なハードワークをしていた時期の1998年に膵臓癌となり, ヨーロッパで手術を受けた. その後, 筆者との1994年末の癌談義を思い出し, 日本に短期帰国をした1999年2月に春ウコンを依頼してきたので, 粉末製品を直ぐ渡したところ摂取を開始し, 帰任する時には駐在地にも大量に持ち帰り, 摂取を続けた.
 
 北アフリカ時代の2年間はヨーロッパで定期検査を受けていたが, 春ウコンを続けながら特段の指摘もなく無事に過していた. 2001年8月, 元気で日本に帰国した後, 東京のNGセンターで診察を受けた. 2002年になり, 安心のために制癌剤の治療を受けたところ, 2002年3月末に急逝した. 膵臓癌手術後3年の延命は少ないと聞く. 春ウコンの効果と考えられそうである.

以上は「春ウコン研究会」より

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