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2015年2月26日 (木)

ガンは癌にあらず、第一章・癌と診断された人の疾患経過(9)

(14) 肝臓癌(1) 元上司M'氏の母(1904年生, 女性, 45kg)
 M'氏の母(当時85歳)は, T大付属病院の医師から余命半年と言われた末期の肝臓癌だった. 制癌剤を投与されたが, 効果が認められなかったうえに副作用で苦しんでいたので, 制癌剤治療は中止となった. 筆者Aとともに, 1989年12月下旬から生の春ウコンを1日30g3回に分けて服用し始めた.

 翌年の2月下旬の検査では, 医師から「数ヶ月以上前に投与した制癌剤が効いてきたので退院できる状況に近づいた」と言われ, 3月中旬に退院した. しかし, M'氏とは「今まで何クールか投与して効果のなかった制癌剤が, 数ヶ月以上のタイムラグを経て効果が出始めたとは考えられない. 肝臓癌が治り退院できたのは, 春ウコンの効果以外には考えられない」との点で意見が一致した. 癌を完治させることはむずかしいと思っていたので継続摂取を勧めたところ, その後7~8年間以上は健在だった. 以後, 筆者が会社を離れ連絡が取れていないので, その後の状況は不明である. 癌がはっきり治まった最初の例である.

(15) 肝臓癌(2) 親戚の内科医師(専門は肝臓)N氏(1937年生, 男性, 65kg)
 N氏が末期の肝臓癌と診断されたのは, 1996年12月中旬である. その秋頃から背中に多少の痛みがあり, H大付属病院で検査を受けた. その検査結果が自分の専門分野の末期癌だったので, N氏と兄の内科医K氏(専門は胃腸科)との間には交わす言葉もなかったそうである. 中規模の個人病院の院長として内科全般を診ながら, 専門の肝臓には感染症も多いので注意をしていた. それまで肝硬変もなかったところへの末期肝臓癌の診断結果に, 衝撃は大きかったという. 残された時間も少なく治療手段はないと聞き, 肝臓癌(1)のケースと同様の方法を勧めた.

 H大付属病院に入院中のN氏は1997年1月7日から生の春ウコンを摂取し始め, 3月末日には治癒したと診断され, 退院できるほどに体調が回復した. N氏の専門知識では, 末期肝臓癌からの回復などあり得ないことである. 春ウコンは兄に言われる通りに飲んではいた. しかし, 春ウコンで黄疸症状や背中の痛みから解放されたのではなく, 自力で回復できたと思ったようである.

 「癌は治まっているが, 完全に治癒した訳ではない」と伝えてもらい, 春ウコンの服用の継続を勧めた. しかし, N氏は肝臓の専門医としての常識から, 自分は癌ではなかったと考え, H大付属病院の末期の肝臓癌という検査結果をむしろ[誤診]と判断したようである. そのような判断からすれば当然のことではあるが, 春ウコンの摂取を継続しなかった.
 
 退院を喜んだ家族は, 毎週のように週末を温泉で一緒に過す生活をしていたが, 退院3ヶ月後の6月18日に急逝した. N氏の見解を優先する家族からは「肝臓癌ではなく, 動脈瘤破裂で亡くなった」と伝えてきた. もともと肝硬変もなかったというので, 動脈瘤破裂は肝臓癌が再発して急変した結果と推測している.

 間接的ではあったが, N氏へ春ウコンの継続摂取を十分に説明して貰ったと思っていた. しかし, 肝臓について多くを学び, 多くの症例を診てきた専門家から見れば, 春ウコンは考慮の外にある物であり, また, プロであれば[末期の肝臓癌を抑えるものなどあり得ない. 自分は癌ではなかった]と考えるのが一般的なのであろう. プロの常識外のことが起きたのである. しかし, 意図が十分に伝わらず, 極めて残念な結末となった.

 末期肝臓癌が, 春ウコン摂取を開始して治癒と診断されて退院するまでは約80日, 摂取中止により悪化して亡くなるまでは90日であった.

(16) 肝臓癌(3) と6疾患併発(C型肝炎,糖尿病,高血圧,うつ病,血小板減少) 
〔C型肝炎(感染12歳頃), 糖尿病(発病50歳), 肝臓癌(発症57歳), 1949年生, 男性, 体重54kg(かつての体重は65kg)〕
 O氏は中学1年の時に盲腸炎となり, 手遅れで破裂して腹膜炎を起こし3ヶ月間入院した. この時に輸血を受け, C型肝炎に感染したと同氏は考えている. 肝臓癌が2005年12月30日にNH病院で見つかり, 専門医のいるMN病院を紹介された. 抗体だけでなく, C型肝炎ウイルスが見つかり, ウイルス検査を継続した. MN病院で肝臓癌の権威である担当医から, 手術を2年間に4回受けた.

   表3 肝臓癌手術の時期と癌の大きさおよび手術方法

画像の説明

   イ) へその横から約500mlの水を入れ, 肺と肝臓を分離して手術をしたが, 激痛で中断して
    カテーテルによるラジオ波治療法に切り替えた. 以後は, カテーテル法となった.

 2006年12月, 肝臓癌の手術後にインターフェロン治療(錠剤リバビリン)をしたことがある. 1ヶ月間に4回投与したが効果もなく, また, 血小板減少と診断されたので, この治療は中止となった. 血小板減少はその時までに指摘されたことがなく, インターフェロン治療後のC型肝炎検査で初めて言われたことである. 医師はインターフェロン治療を2007年10月から再開した. なお, O氏のインターフェロンの副作用は, ひどい風邪を引いた状況に近く, 投与して直ぐに寒気が始まり, 数時間後に強い関節痛となるという.

 春ウコンは2年前に少々摂ったこCENTER:とがあるが続かなかった. 2007年末になって筆者らの話を聞いて, 12月20日から春ウコンを摂り始め, 28日に本格的に再開した(50錠/日, 10錠/回×5回等間隔).

 先ず糖尿病で大きな変化が出た. 2008年1月11日に糖尿病の検診を受けに行った. インスリンを食事ごとに9~10単位打つような治療を既に始めていた. 「低血糖が怖いので, 血糖値をよく測りながらインスリン量を決めて欲しい. もちろん, 医者と相談しながら」と伝えておいた. 春ウコン開始22日後の検査ではヘモグロビンA1cは8.4から7.4に下がり, 1月中旬以後の血糖値は, 朝(空腹時血糖値)は高いことがあるが, 夕方は50台のことも出てきて, 大きく下がっていることがわかった. 医師は低血糖の危険があると感じて, インスリン量低減の検討を始めた. この段階で, 春ウコンはO氏の免疫系に有効に作用しており, また, 自力のインスリン分泌能力はそれほど退化していないことがわかった.

 次に肝機能に変化が出てきた. AFT(GOT)値は270から95となった. インターフェロン投与を1月中旬に予定していたが, 血糖値が低血糖を心配するほど下がってきて春ウコンの効果が確認できたので, 今まで効果があったとは実感できていない投与を一回パスすることにした. 糖尿,肝臓,C型肝炎が全て良くなっている可能性があるので, 1月21日の肝臓検査を待つことにした.

表4 肝臓癌患者が併発している6疾患の推移(2007年)12月~2008年3月)

画像の説明

   イ)ヘモグロビンA1c値
   ロ)血糖値が50~80に下がることが出始め, インスリンの調整を開始
   ハ)以前は努力しても増加しなかったが, 2ヶ月で2kg増はこの3年で初体験

 1月21日の肝臓検査は, この2年間の検査で初めて肝臓に癌は発見されず, 5回目の手術を避けることができた. 医者は直ぐに「インターフェロンが効いている」と言って, 注射(スミフェロン)をしたので, 再び強い副作用に苦しむことになった. 1月29日になって, 医師からは, 「インターフェロンの効果があったので, 来週から2倍にしたい」と言われた. 2006年に効果が無かったので, 今回, 効果が出るとは考え難く, 春ウコンが効果を出したと考えた方が理にかなうと思えた. また, 血小板が低下している上に, インターフェロンを2倍にして免疫低下をさせることは, 肝臓癌を加速するとの疑問を感じたO氏は, 春ウコンだけでしばらく様子を見ると決断した.

 体調は良かったが, 5月になると医師から静脈瘤があるので手術による処置をしたいと言われた. また, その後に肝臓の状況も見たいので, T医科歯科大学病院に移して一連のことを実施することになった. 特段の自覚症状もなかったのでO氏は逡巡したが, 7月になって医師の勧めに従った.

 詳細の事情は不明であるが, 静脈瘤の手術をした直後から肝臓癌が急速に大きくなり始めたと言う. 手術後僅か2ヶ月の10月3日に亡くなった.

(17) 肝臓癌(4) P氏(1935年生, 男性, 体重95kg)
FN病院で2008年1月30日に診察をうけ, 「肝臓に20mmと40mmの癌が見つかった. 一つの癌は胆管を圧迫していて胆管が詰まっている.  手術は不可能. ラジオ波療法は不可」と診断された. 余命は6ヶ月と宣告され, また, 「制癌剤治療を受けて3ヶ月間寿命を延ばすことは可能だ」とも言われた. 身も蓋もない話であるが, 「インフォームド・コンセント」の時代であり, 現在の医療の常識では致し方のないことである. FN病院を紹介した近所の先生に報告をしたところ, 「入院して制癌剤治療を受けなければ6+2=8ヶ月は生きられる」と言ったという.

 医者によって意見は異なるが, 現在の医療技術では6~8ヶ月の寿命と悟り,春ウコンの摂取を2月1日より始めた(7g/日, 5分割, 等間隔摂取). 2月6日に再検査を受けた結果, 現状は「原発性胆管細胞癌, あるいは, 肝細胞癌. リンパ節転移なし. 肝臓に胆汁が溜まり手術は不可なので管で抜くしかない. 黄疸が出たら危険な状態. 50mm位の癌が単発. 血管と小葉膜に浸潤なし. 高分化型かどうか判定不可」と言われた.

 1月30日の結果と異なるが, 春ウコン6日間の摂取で病巣が動いたと見た方がよさそうで, [20mmの癌が消えてしまい, 40mmの癌が50mm以上に大きくなった後に50mmまで縮小した]と考えた. 担当医から言われた残された治療法は, 「肝動脈化学塞栓療法をした後に全身化学療法. 手術不可」であった. 「造影剤の流れは良好」と医者から言われたが, 春ウコンによる血液粘度低下作用によるものと考えた.

 セカンドオピニオンを求めて東松山の病院へ行くと, 「ボヤボヤしている場合ではない. 直ぐ死にますよ. 連係しているSKセンターなら手術ができる」と, 意見を言う間もなく回され, 2月27日に検査した後, 3月4日に手術となった. 手術前に「手術が1時間で終われば失敗, 6時間かかれば成功, と思って下さい」と言われ, 「うちなら手術ができる」と言って回されながら酷な宣告を受けた.

 術後のP氏の第1報が知人から3月13日に入り, 「1時間の手術ではなかったが, 体重が浮腫で10kg増加し, 食欲も無く, 歩行も大変」と伝えてきた. 術後2週間後に亡くなった. 春ウコン短期間摂取例であるこのケースは, 除外すべき例と考えるが, 肝臓癌(4)の手術と共に多くを考えさせられた.

以上は「春ウコン研究会」より

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