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2015年9月24日 (木)

超国家・超市場論、新しい祭り場は国と市場を超えられるか?

超国家・超市場論1 新しいまつり場は、国家と市場を超えられるか?
 
四方勢至 ( 老年 京都 編集 ) 02/04/30 PM06 【印刷用へ
しばらくみなさんの投稿を拝見していましたが、中でも『お金の使い方』に着目した玉川さんの投稿29283は、何でもないことの様で実は、答えへの重要なカギを秘めた(例えば、環境問題に対する最終解答になり得る可能性を秘めている)極めて重要な視点ではないかと思われます。
一方、その前後から、お金の持つ『万人に認められた評価指標』としての機能or可能性に注目した投稿が続いてきた(そして今も続いている)訳ですが、私はその視点だけでは答えに肉迫することができないと思います。
例えば、お金は現在すでに第二義的な価値しか持っていませんが、その様に既に最先端価値ではなくなった(あるいは、今後ますます衰弱してゆく)『評価指標』が、新しい認識闘争⇒評価闘争の場である認識形成サイトの『評価指標』になるとは考えられません。
なぜなら、認識形成の場は、人々の最先端の外向収束⇒認識収束を結実させた全く新しいまつり場であり、それは人々の最先端の可能性収束の場であるが故に、同時に、人々の最大の活力源となる筈の場だからです。
新しい場には、それに相応しい『評価指標』がある筈で(例えば、秀作・佳作や掲載・非掲載やそれを数値化した投稿ポイント、あるいは序列化された投稿資格etcも、その様な評価指標の一つです)、敢えて古い評価指標であるお金を使う根拠が、皆さんの投稿からは見えてきません。

その根拠を考える為には、もっと大きな(or深い)視点が必要になると思われます。『認識形成の場』が提起された原点に戻って考える時、最終的に問われてくるのは、新しい社会統合機構の中核となるべき認識形成サイトは、旧体制(つまり、国家と市場)を超えることが出来るのかという問題でしょう(当然、その中に、新しい社会はお金を超えることが出来るのかという問題も含まれています)。
そして、この問いに答えるには、既に実現論1_1_00『可能性への収束=統合』で明示されている、「新しい状況に適応すべく生み出された最先端の機能の下に全ての古い機能が収束することによって、全体が統合される」という最先端適応or最先端統合の論理が不可欠になると思われます。
ただ、適応論・統合論だけでは抽象的すぎてピンとこない方が多いでしょうから、改めて具体的に原始集団、国家、市場の夫々の適応原理(=統合原理)を押さえ直しつつ、認識形成の場(=まつり場)を中軸とする新しい社会統合機構がどの様にして古い体制(国家と市場)を超えてゆくのか(=その実現基盤は何か)を明らかにしてゆきたいと思います。
これは、実現論が本当に現実を切ることのできる認識であるかどうかが試される正念場となるでしょう。と同時に、この問いに答えることは、実現論全体を(大枠ですが)塗り替えることにもなると思われます。
 
  以上は「るいネット」より

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