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2015年10月28日 (水)

仏議員団がクリミアを訪問、ネオコンがロシアに対して仕掛けている軍事的圧力への反発が顕在化

2015.07.24      

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     フランスの国会議員10名がモスクワを経由し、7月23日から24日にかけてクリミアを訪れた。リーダーは国民運動連合のティエリー・マリアニ。フランス政府から非難され、キエフ政権はクリミアを訪問した議員がウクライナへ入国することを拒否すると通告されたが、フランスの議員には自分の行動を決める自由があるとしてはねつけた。いちいち御伺いを立てるようなことはしないということだ。「ロシア制裁」で最もダメージを受けているのがEUだということもマリアニは理解している。

 マリアニは2カ月前、キエフ軍から攻撃を受けてきたドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)を訪れ、その荒廃と人びとの恐怖を目の当たりにしていた。同じようにキエフのクーデター政権を拒否したクリミアだが、素早く住民投票を行い、守りやすい地形だということもあり、キエフ軍の侵入を防ぐことができた。その結果、平和な生活を送れている。ロシアがクリミアを一方的に併合したという表現は正しくない。

 本ブログでは何度も指摘してきたが、ウクライナの戦乱はネオ・ナチ(ステファン/バンデラ派)を主力とするクーデターが原因。その背後にはネオコン/シオニストがいた。こうした事実を無視、防衛行動を批判するのは、「パクス・アメリカーナ」を支持していることにほかならない。

 このクーデター劇は2013年11月21日に始まる。当時のウクライナ大統領は東部や南部を地盤とするビクトル・ヤヌコビッチ。アメリカの支配層が描くプランではウクライナが西側の餌食になると判断、EUへの接近にブレーキをかけるのだが、これに西側は激怒。EU幻想に取り憑かれた西部住民の反発を利用して反政府行動が始まったのだ。ユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)には約2000名の反ヤヌコビッチ大統領派が集まった。

 それでもEUは話し合いで解決しようとしていたが、ヌランドはそれも許せなかった。昨年2月4日にYouTubeへアップロードされた音声を聞くと、ヌランドはジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使と電話でウクライナの「次期閣僚人事」について話し合い、ヌランドはアルセニー・ヤツェニュクを高く評価しているが、その中で「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしている。なお、ヤツェニュクはクーデター後、首相を務める人物だ。

 2月21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印、話し合いは成功したかに見えたのだが、ここから「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」が具体化する。広場で狙撃が始まり、23日に憲法の規定を全く無視した形で大統領が解任されたのである。このクーデターを容認している人物、団体が安倍晋三政権の出してきた法案を憲法に違反していると批判するのは奇妙な話。「エセ護憲派」と言われても仕方がないだろう。

 話し合いによる決着を崩壊させ、ネオ・ナチのクーデターによる政権打倒へ向かわせたのは広場で始まった狙撃。2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相は現地で調査のうえ、翌日にキャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ反政府側が狙撃したと強く示唆した。ほかの情報も狙撃を指揮したのはネオ・ナチのアンドレイ・パルビーだとしている。パルビーは1991年に「ウクライナ社会ナショナル党」を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任した。2014年8月に議長を辞任、9月にはヤツェニュクたちと新たな政党「人民戦線」を組織し、今では議員だ。

 ヌランドの夫、ロバート・ケーガンはネオコンの大物。2000年にネオコン系シンクタンクPNACが発表した「米国防の再構築」の作成にもウォルフォウィツと同じように参加している。この報告書は1992年に国防総省の内部で作成されたDPG(国防計画指針)の草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」に基づいている。

 1991年にソ連が消滅、ロシアはアメリカの属国になり、アメリカが「唯一の超大国」になったという前提でこの「米国防の再構築」は書かれ、ている。その年、1991年にポール・ウォルフォウィッツ国防次官はイラク、イラン、シリアを殲滅すると語っていたが、ソ連の消滅とロシアの属国化で重点地域は東アジアへ移る。「米国防の再構築」にも明記されている話だ。

 ウォルフォウィッツが1991年に話していたプランに従い、2003年に米英はイラクを先制攻撃するが、フランスとドイツは反対してアメリカの支配層を怒らせた。この時にアメリカの圧力をはねつけたフランスの大統領、ジャック・シラクをティエリー・マリアニは高く評価、中東に破壊と混乱をもたらしたアメリカの政策を批判している。なお、後にシラクは刑事訴追され、2011年に執行猶予付きながら、禁固2年が言い渡されている。

 シラクはシャルル・ド・ゴール派に属していた。ド・ゴールは1959年1月から69年4月までフランス大統領を務めているが、アルジェリアに対する政策などが原因で好戦的なグループから敵視され、1962年8月には命を狙われる。暗殺を計画したのは、アメリカの破壊工作人脈(当時はCIA計画局)につながるOAS(秘密軍事機構)の一部。

 このOASへ資金を提供していた企業のひとつ、パーミンデックスはスイスで1958年に設立され、その当時の社長兼会長、ルイス・モーティマー・ブルームフィールドはイギリスの破壊活動機関、SOEの出身。その会社の理事だったクレイ・ショーはジョン・F・ケネディ米大統領暗殺にからみ、ジム・ギャリソン検事に起訴されている。つまり、ド・ゴール暗殺未遂とケネディ暗殺は背後でつながっている可能性が高い。

 1966年にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出す。フランスがNATOの軍事機構へ一部復帰すると宣言したのは1995年のことで、完全復帰はニコラ・サルコジが大統領だった2009年だ。OASの暗殺計画を阻止する上で重要な役割を果たした情報機関(当時はSDECE)はド・ゴールが失脚するまでアメリカに対抗できたが、その後はCIAの手先になっている。    

以上は「櫻井ジャーナル」より
フランスにはまだ米国の言いなりにならない議員が存在している証拠です。日本にもクリミアを訪問した鳩山元総理のような気骨のある人物がもっと必要です。 以上

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