日本が南シナ海で中国を挑発する日
日本が南シナ海で中国を挑発する日
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10月27日、米海軍の駆逐艦ラッセン号が、南シナ海のスビ礁の沖合12
海里以内の海域に入り、数時間滞在した。スビ礁(渚碧礁)は、もともと干潮
時のみ岩の一部が海面上に出て、満潮時は全体が海面下に没する、海図上「干
出岩」に分類される環礁だった。南シナ海(南沙諸島)の領有権紛争の対象地
の一つで、中国のほかフィリピン、ベトナム、台湾が領有権を主張している。
米国が南シナ海で中国包囲網策を強めた2014年初めから、中国が埋め立て
を開始し、埋め立てた地面の上に港湾、滑走路、燃料タンク群、200人の中
国軍兵士が駐屯できる建物、測候所などを建設した。中国は同時期に、付近の
いくつかの珊瑚礁を埋め立てている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Subi_Reef
Subi Reef From Wikipedia
http://news.yahoo.com/u-navy-send-destroyer-within-12-miles-chinese-175837956.html
U.S. Navy destroyer nears islands built by China in South China Sea
http://www.reuters.com/article/2015/09/14/us-china-southchinasea-airstrips-idUSKCN0RE28220150914
China building third airstrip on disputed South China Sea islets: expert
http://tanakanews.com/150601china.php
◆南シナ海の米中対決の行方
国際法である海洋法条約は、干出岩を領土とみなさず、干出岩を領有する国
が、その周囲の12海里までの海面を領海として指定することができないと定
めている。同条約は、干出岩など岩礁を埋め立てた人工島が島としての地位を
持てないことも定めている。中国は、埋め立てたスビ礁を、海南省三沙市に属
する領土として領有権を主張しているが、海洋法条約を意識して、埋め立てた
島々の周辺海域に対する領海の権利を主張してこなかった。中国共産党の機関
紙、人民日報の英語版である環球時報が、そのように書いた記事を出している。
スビ礁など埋め立てた珊瑚礁群が海洋法条約上、領海の権利を主張できない
場所であることを、環球時報つまり中国共産党自身が認めている。
http://www.globaltimes.cn/content/949261.shtml
After the show, it's time for US destroyer to leave
米国はこの点を突いて、軍艦をスビ礁から12海里以内の海域に派遣し、岩
礁を埋め立てて軍隊を駐留させても国際的に認められるものではないぞと主張
する行為をやった。米政府は今回の行為について、世界中の海洋国が勝手に領
海を設定して国際的な航行の自由を阻害していないかどうか、実地に軍艦を派
遣して確かめる「航行の自由作戦(FONOP)」であり、米国は海洋法条約がで
きる前の1979年からこの作戦をやっているので、中国を敵視するものでな
いと弁明している。
http://nationalinterest.org/feature/the-real-meaning-behind-americas-fonops-the-south-china-sea-14195
The Real Meaning Behind America's FONOPS in the South China Sea
南シナ海では、中国だけでなく、フィリピンとベトナムも、それぞれが領有
権を主張する岩礁群を埋め立てて人工島にして、軍人や一般人を居住させてい
る。米軍のラッセン号は今回、中国のスビ礁の沖合を航行する前後に、フィリ
ピンやベトナムの人工島の沖合も航行している。米国は「世界中の勝手な埋め
立て行為を、航行の自由の維持の観点から取り締まる行動であり、中国を敵視
するものでない」という姿勢を念入りにとっている。
http://tuoitrenews.vn/politics/31274/vietnam-raises-voice-on-uss-lassens-patrol-in-east-vietnam-sea
Vietnam responds to USS Lassen patrol around Chinese-built islands
しかし米国は、フィリピンやベトナムが中国より前から南シナ海で人工島を
作っていた時には何も行動を起こさず、中国が埋め立てを行うと、急に何度も
「航行の自由」を持ち出して中国を苛立たせる行為をやっている(中国の埋め
立ては、比越よりはるかに大規模ではあるが)。こうした経緯からは、やはり
今回のラッセン号の航行が、中国を怒らせる策、中国敵視策であると考えられる。
http://thediplomat.com/2015/10/after-months-of-waiting-us-finally-begins-freedom-of-navigation-patrols-near-chinas-man-made-islands/
After Months of Waiting, US Finally Begins Freedom of Navigation Patrols Near China's Man-Made Islands
http://tanakanews.com/110623spratly.htm
南シナ海で中国敵視を煽る米国
米国の挑発行為に合わせるように、10月29日、国連海洋法に基づく国連
の仲裁裁判所が、フィリピン政府が中国の領有権主張を無効だとして仲裁を求
めた件について、中国が求める門前払いを行わず、仲裁について審理を開始す
ると決めた。国連の仲裁法廷は中立な立場だが、覇権国である米国の圧力を受
け、審理開始の決定時期を米国の挑発行為に合わせたようだ。
http://www.ft.com/cms/s/0/1e4b779e-7e93-11e5-a1fe-567b37f80b64.html
China loses round one in Philippines dispute over islands
http://en.wikipedia.org/wiki/Philippines_v._China
Philippines v. China - Wikipedia
中国側が挑発に乗せられ、中国の軍艦が、人工島の沖合で米軍艦の航行を妨
げる行動をとったりしていたら、米中が交戦する危険な事態になる。米国の行
動は一見すると「中国との戦争も辞さず」という勇ましさ(好戦性)を持って
いる。
http://www.reuters.com/article/2015/10/30/us-southchinasea-usa-china-navy-idUSKCN0SO05320151030
China naval chief says minor incident could spark war in South China Sea
だが実のところ、米中関係の全体を見ると、米国の行動は、中国に対してか
なり腰が引けている。米国は、ラッセン号がスビ礁の沖合を航行する前と後に、
軍幹部を中国に派遣して話し合いを持っている。中国の環球時報によると、
ラッセン号がスビ礁沖に着く6日前の10月21日には、米海軍の27人の幹
部たち(captains)が米中軍事交流の一環として中国を訪問し、中国初の空母
である遼寧号に招待される歓迎を受けている。この時すでに米国では、ラッセ
ン号がいつスビ礁沖に到着するかと政界やマスコミでの騒ぎが起きており、中
国政府は米国の敵視策を非難していた。
http://sputniknews.com/asia/20151021/1028897514/china-us-navy-aircraft-carrier.html
As Tensions Rise, US Sailors Visit Chinese Aircraft Carrier
ラッセン号のスビ礁沖航行の直後の10月29日には、米海軍の作戦部長と
中国海軍の司令官がテレビ会議を行った。1週間後の11月2日には、米海軍
のハリス太平洋軍司令官が北京を訪問している。翌11月3日には、マレーシ
アで開かれたASEAN+米中日印豪の「ASEAN拡大国防相会議」のかた
わらで、米中の国防相が会談した。いずれの会合でも、米中は、航行の自由や
南シナ海の問題などについて話し合っている。
http://www.theaustralian.com.au/news/world/us-admiral-harry-harris-lays-down-law-of-the-sea-to-china/story-e6frg6so-1227593775357
US admiral Harry Harris lays down law of the sea to China
http://www.euronews.com/newswires/3084603-us-japan-push-for-mention-of-south-china-sea-in-defence-forum-statement/
U.S., Japan push for inclusion of South China Sea in defence forum statement
ASEAN拡大会議では、米日が共同声明の中に南シナ海問題を入れようと
したが、中国が反対し、ASEAN諸国が中国に配慮した結果、南シナ海問題
に触れない共同声明が出された。米国は、全体会合で中国を批判しつつ、二国
間で緊密な対話を維持している。
http://www.stripes.com/news/some-issues-at-play-in-south-china-sea-1.376975
Some issues at play in South China Sea
日本では、首相や担当閣僚が、少し仲が悪いだけの中国や韓国の相手方と、
長らく会わない姿勢をとっている。中国軍と一戦交える構えで軍艦を南シナ海
に送り込んだ米国は、さぞや中国と国交断絶寸前だろうと思いきや、毎日のよ
うに米中の軍事の高官が会談し、相互に鋭く警告を発しつつも、緊密に対話を
維持している。米国側は「航行の自由を守る行動は今後もぜったい続ける」と
言い続け、中国側は「領土や領海をぜったい守る」と言い続けている。その一
方で、中国側は、米国側との会合において、スビ礁沖が中国の領海だと地名を
あげて宣言することをせず、米国の自由航行権を黙認している。米国側は、南
シナ海の領有権紛争について米国は中立な立場だと言い続け、比越を支持して
中国との対立を強める気がないことを示している。
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/f6b5ec70-81f1-11e5-8095-ed1a37d1e096.html
US to continue South China Sea naval operations
http://www.zerohedge.com/news/2015-11-02/us-will-send-warships-china-islands-twice-quarter-pentagon-says
US Will Send Warships To China Islands "Twice A Quarter", Pentagon Says
自国に自制を求める前出の中国環球時報の記事は「ラッセン号航行の米国の
意図は、存在感を誇示したいだけだ。中国と戦争する気などない。米国は、中
国を怒らせるための政治劇をやっている。(そもそも中国が南シナ海の岩礁の
領海問題を曖昧にしてきたことが一因なのだから)中国は、米国の策に乗せら
れて怒るのでなく、冷静に対応すべきだ」と書いている。中国政府は、米国の
意図を見抜いている。
http://www.globaltimes.cn/content/949261.shtml
After the show, it's time for US destroyer to leave
http://www.presstv.ir/Detail/2015/10/14/433417/US-China-South-China-Sea
US won't dare challenge Chinese military in South China Sea: American researcher
南シナ海の領土紛争では、2011年に米国がこの問題で中国を敵視する策
を始めて以来、米国が中国敵視策を続けるほど、中国は南シナ海への実効支配
を強める強硬策をとるようになっている。13年に米国がフィリピンをうなが
して国連の仲裁裁判所に対立を持ち込んだ後、中国は昨年初めにスビ礁など7
つの珊瑚礁で大規模な埋め立てを開始し、その後の1年半で、基本的な工事の
多くを完了した。米国は、工事が不可逆的に進んだ今になって、航行の自由を
掲げて珊瑚礁の沖に軍艦を派遣した。だが、それは示威行為でしかなく、もは
や米国が中国の南シナ海の実効支配を縮小することは不可能だ。米国が南シナ
海で中国を軍事的に威嚇するほど、中国は南シナ海で軍備を増強して対抗する。
米国は、中国を軍事大国へと誘導している。
http://tanakanews.com/120718easia.htm
中国の台頭を誘発する包囲網
http://tanakanews.com/140108USchina.php
中国を隠然と支援する米国
米国は今回、南シナ海の自由航行問題を使って中国を威嚇すると同時に、シ
リアの対テロ戦争でロシアに圧されているのを挽回するため、中央アジアやコ
ーカサスで、ロシア敵視策を強めている。ロシアの隣のグルジアでは、米国の
資金で生物化学兵器の開発施設が作られている。まるで米国がグルジアに、生
物兵器でロシアを攻撃しろと勧めているかのようだ。
http://presstv.com/Detail/2015/10/31/435712/Russia-Security-Council-Nikolay-Patrushev-biological-weapons-labs-CIS
Russia warns of growing US-funded bio-weapons labs in region
米国のケリー国務長官は中央アジア5カ国を歴訪し、この10年ですっかり
露中の影響下に入った中央アジアを、米国の側に引き戻そうとしている。ケリ
ー歴訪の直前には、日本から安倍首相が中央アジアを歴訪した。米国が出した
くない経済援助金を、代わりに気前良く各国にばらまいた安倍は、ケリー歴訪
の「露払い」の役目を果たした。中央アジアにおいて、露中の影響は永続的な
ものだが、対照的に、米日の影響力行使は一過性で、長期的な効果がほとんど
ない。ケリーや安倍の歴訪は愚策だ。
http://www.reuters.com/article/2015/10/30/us-centralasia-usa-russia-idUSKCN0SO26720151030
Russia-U.S. rivalry spreads to ex-Soviet central Asia
米国によるロシア敵視策と中国敵視策は、一体のものだ。ロシアは、中国が
石油ガスなど資源を旺盛に買ってくれるようになったので、欧米に経済制裁さ
れても頓着せず、自由に旧ソ連や中東で影響圏を拡大する戦略に専念している。
だが、米国が中露を一体のものとして敵対策を強めるほど、中露は、米国から
脅威を受けている点で利害が一致し、中露が結束して米国の覇権に対抗する
ようになる。ロシアと戦うなら中国を宥和し、中露を結束でなく対立させるの
が国際戦略の要諦だが、米国は見事にそれと逆のことをやっている。中露が結
束して非米的な多極型の世界体制を構築し、米国の覇権が崩れる傾向が続いて
いる。
http://www.presstv.ir/Detail/2015/11/01/435893/US-antagonize-China-Russia-
US antagonizing Russia, China to keep up its war machine: Analyst
http://www.zerohedge.com/news/2015-10-26/its-obama-sends-destroyer-chinese-islands-china-vows-military-response
It's On: Obama Sends Destroyer To Chinese Islands, China Vows Military Response
米国は今回、軍艦をスビ礁沖に派遣するにあたり、日本やオーストラリアに
対し、一緒に軍艦を出さないかと誘っている。今後も南シナ海に頻繁に軍艦を
出すと宣言している米国は、日本や豪州を誘い続けるだろう。米国が南シナ海
で中国を威嚇する策が、米国の示威行為を超えた意味を持つとすれば、それは
日本や豪州、フィリピン、韓国といった東アジアの米国の同盟諸国が、どこま
で米国につきあって中国敵視策をやるか、という点だ。
豪州はすでに今回、米国につきあって中国敵視を続ける隊列から離れ、落伍
(もしくは反逆)している。米軍のラッセン号がスビ礁沖に近づいていた時、
豪州の2隻の軍艦(HMAS Arunta と HMAS Stuart)が、ちょうど南シナ海を航
行していた。2隻は、11月はじめに中国南部で行われる中国と豪州の合同軍
事演習に参加するため航行していた。米国と豪州は10月に行われた外相国防
相会議(2+2)で、南シナ海での米軍の対中威嚇(航行の自由作戦)につい
て非公式に話し合ったばかりだった。ウォールストリート・ジャーナルは、米
軍艦に続いて豪州の軍艦が(今回の中国への行きか帰りに。もしくは今回でな
くてもいずれ)中国の人工島の12海里以内に立ち入るのでないか、と期待を
ふくらませる記事を書いた。
http://www.wsj.com/articles/australia-prepares-option-of-sail-through-to-test-china-1446023112
Australia Prepares Option of Sail-Through to Test China
http://www.zerohedge.com/news/2015-10-28/latest-escalation-australia-may-join-us-send-warships-china-islands
In Latest Escalation, Australia May Join US, Send Warships To China Islands
豪経済は、鉄鉱石や穀物を中国に輸出することで成り立っている。中国政府
(軍関係者)は豪政府に対し「わが国と緊張関係を高めることは貴国の利益に
なりませんよ」と警告(威嚇)した。結局、豪政府は「米国の航行の自由作戦
を支持する」と表明しただけで、軍艦を人工島の沖に入れることはなく、2隻
は予定どおり中国軍との合同演習に参加した。
http://www.afr.com/news/world/china-warns-australia-over-naval-standoff-20151029-gkm1qs
China warns Australia over naval standoff
http://www.ejinsight.com/20151029-2-australian-ships-join-chinese-navy-drills-s-china-sea/
2 Australian ships to join Chinese navy in drills in S China Sea
豪州は9月半ば、与党保守党の党首選挙で、首相が右派(保守派)のアボッ
トから中道派(親中派、穏健派)のタンブルに交代したばかりだ。タカ派マス
コミは、大事な航行の自由や、米国との同盟関係を軽視し、中国にすり寄った
と、タンブル政権をいっせいに批判した。豪政府は「中国との演習は、以前か
ら予定されていたので参加しただけで、大したものでない」と「寝返り」を否
定するコメントを発した。
http://www.abc.net.au/news/2015-11-02/south-china-sea-live-fire-exercises-a-pr-disaster-says-expert/6903858
Australia's live fire exercise with China's navy could be 'PR disaster', expert warns
http://www.cbc.ca/news/world/australia-liberal-abbott-pm-challenge-1.3226793
Tony Abbott ousted as Australian PM for more moderate rival Malcolm Turnbull
豪タンブル政権は今回、中国寄りの姿勢をとりつつ、米国の顔も立ててしの
いだ。だが米国防総省は、今後、南シナ海での航行の自由作戦を「四半期ごと
に2回ずつか、もう少し頻繁に」繰り返す予定だと発表している。米国は、何
度も軍艦を繰り出して、今は何とか自制している中国を苛立たせ、激怒させた
いのだろうが、これは同時に豪州や日本など同盟国にとって、どっちつかずな
態度で中国敵視策への関与を控えることが難しくなる。
http://www.zerohedge.com/news/2015-11-02/us-will-send-warships-china-islands-twice-quarter-pentagon-says
US Will Send Warships To China Islands "Twice A Quarter", Pentagon Says
豪州では、右派が「中国敵視」を重視する半面、左派(リベラル派)は好戦
策をやりすぎる米国に批判的だ。右派は、企業の利益や国家的な経済利得を重
視する勢力でもあるので、表向き中国敵視を叫んでいても、同時に、中国に依
存する豪州経済の悪化に拍車がかかることを恐れている。今夏来の中国経済の
減速で、すでに豪州経済は急速に悪化している。
http://www.zerohedge.com/news/2015-10-02/australia-going-down-under-bubble-about-burst-rbs-warns
Australia Is "Going Down Under": "The Bubble Is About To Burst", RBS Warns
豪州は、米国が過激な(経済利得を無視した)中国敵視策を続けるほど、右
派と左派、経済重視と安保(軍産、米覇権)重視との間で揺れ、右往左往する
ことになる。
http://www.news.com.au/technology/innovation/tricky-diplomacy-for-australia-in-south-china-sea-impasse/story-fnpjxnlk-1227588574539
Tricky diplomacy for Australia in South China Sea impasse
米国は今回、豪州だけでなく、日本にも、ラッセン号の自由航行作戦に自衛
隊の軍艦を参加させないかと打診した。だが、日本も参加しなかった。豪政府
は日本の出方を見ていたと、豪州の新聞が報じている。日本が参加していたら、
豪州は、自国も参加することについて中国に言い訳がしやすくなり、米日豪に
よる挑発行為になっていたかもしれない。
http://www.nationalinterest.org/blog/the-buzz/dangerous-game-the-south-china-sea-japan-ready-set-sail-14211
A dangerous game in the South China Sea: Is Japan ready to set sail?
日本が参加しなかった理由について、いくつかの見方が存在する。一つは
「今年やった集団的自衛権の拡大が国民に不評だったので、安倍政権は国民の
支持を回復するため、しばらくは中国との対立を煽ることをやりたくない。だか
ら当面、人工島に近づいて中国を挑発する米軍艦の作戦に、自衛隊の軍艦が同
行することはない」というものだ。
http://www.nationalinterest.org/blog/the-buzz/dangerous-game-the-south-china-sea-japan-ready-set-sail-14211
A dangerous game in the South China Sea: Is Japan ready to set sail?
これをさらに進めると「安倍政権は、来年7月の参議院選挙で自陣営の議席
を増やし、衆参両院の3分の2以上をとることで、憲法改定を発議し、国民投
票にかけて改憲を実現したい。参院選挙前に中国との軍事面の対立を煽りすぎ
ると、安倍政権への支持が下がりかねないので、しばらくは静かにしておき、
参院選に勝って次は改憲実施だという段になったら、米軍艦の対中挑発行動に
参加するなど、中国との敵対を煽り、中国が攻撃してくるかもしれないので戦
争禁止条項のない憲法に替えておいた方がいいという世論を醸成し、国民投票
での改憲支持者を増やすつもりでないか」といった感じになる。
米国は日本に対し、南シナ海で、無人有人の偵察機や、探知用のレーダーつ
きの軍艦、潜水艦などを出して、中国軍の動向について情報する「情報・監視・
偵察(ISR)」をやってほしいと要望し続けている。だが日本は、まだ日本
の領海である南西諸島など東シナ海でのISRを拡大している最中で、まった
くの外国である南シナ海でISRを始める余力がない、と米国に返答してきた。
http://thediplomat.com/2015/10/why-japan-wont-get-too-involved-in-the-south-china-sea/
Why Japan Won't Get Too Involved in the South China Sea
日本は自国周辺のISRについて、長らく米軍に全面依存し、独自の情報収
集機能をほとんど持たなかったが、冷戦後の1998年ごろから米国の要請を
受け、自国周辺のISRを自衛隊自身が行う傾向になっている(98年の北朝
鮮のテポドンミサイル試射で日本が大騒ぎしたのは、米国の要請に応えて日本
が自前のISR機能を持つことを政治的に円滑に進めるための、意図的に過剰
な大騒ぎだったと考えられる)。それから約15年かけて、日本政府は防衛費
を増やしつつ、ISR機能を拡大している。
http://www.defensenews.com/story/defense/air-space/isr/2015/05/11/japan-isr-islands-nansei-shoto-north-korea-china-satellite-space-maritime-awareness/26471761/
Japan Boosts ISR Abilities Across Domains
http://www.sldinfo.com/japan-releases-2016-defence-budget-request-highlighting-remote-island-defense/
JAPAN RELEASES 2016 DEFENCE BUDGET REQUEST: HIGHLIGHTING REMOTE ISLAND DEFENSE
自衛隊が米軍艦に同行して一度や二度、中国の人工島沖を挑発的に通過する
ことは、政治的に、日中関係を悪化させる結果になるが、近年の日本政府(外
務省など)の策は、米国の中国敵視策に相乗りすることで日米関係を強化して
日本の対米従属の恒久化を進める作戦であり、日中関係の悪化は、むしろ好都
合だ。
だが、一時的な航行でなく、日本が南シナ海で恒常的に中国軍の動向を把握
するISR(軍事諜報活動)を行うとなると、話は全く違ってくる。東シナ海
は日本の領土領海なので、そこでのISRは正当な防衛だが、日本と何の関係
もない南シナ海で日本が恒常的なISR活動を行うことは、南シナ海を中国の
領海や経済水域でなく全くの「公海」とみなしたとしても「外国への軍事的影
響力の行使」「覇権行為」になる。
自衛隊が南シナ海でISRを開始することは、日本にとって、外国に対する
影響力行使を完全に拒否し、どこまでも対米従属する米国の傀儡国として歩ん
できた戦後の国是の否定になる。米国が「南シナ海を中国が支配するぐらいな
ら、それを阻止して日本に支配させた方がいい。南シナ海は戦前、日本領だっ
たわけだし」と言い出しても、日本はそれを受け入れられない。
仮に(ありえないことだが)米国が、台湾、フィリピン、南シナ海という一
体の地域・海域を日本の影響圏として指定し、台湾とフィリピン、中国、東南
アジアがそれを了承したとしても、日本がそれに乗ることは、戦後の日本の対
米従属と官僚隠然独裁の体制を崩してしまう。米国は日本を従属国とみなさな
くなり、米国を「絶対のお上」として外務省などが「米国の意志」を歪曲捏造
して日本を統治する隠然独裁が崩れ、いずれ官僚が政治家に権力を奪われる流
れ(真の民主化)になる。
http://tanakanews.com/120229japan.htm
民主化するタイ、しない日本
だから日本としては、日米軍艦による対中挑発と、南シナ海での日本のISR
が一体になっている以上、いくら「お上(米国)」の命令でも、従うわけに
いかない。実際には、南シナ海も台湾もフィリピン(などASEAN)も、ど
んどん中国の影響が強くなり、政治的に日本が入るすきなどない。戦前に日本
が支配していた南シナ海(台湾の高雄県の一部に行政区分していた)に、軍事
費を急増し憲法9条を廃止し首相が靖国神社に参拝するようになった日本が影
響力行使を試みることは、まさにステレオタイプな「反省しない日本が戦争犯
罪を繰り返す」構図に合致してしまう愚策であり、国際的に受け入れられない。
だが米国は、日本を、ぐいぐいと南シナ海紛争の中に引っぱり込んでいる。
米軍と自衛隊の艦隊は、10月19日までインドとの3カ国の合同軍事演習
(Malabar 2015)に参加したかえり、日米軍が一緒に南シナ海を通った時に、
10月28日から2週間ほどの期間で、初めての南シナ海での日米合同軍事演習
を行っている。中国を敵に見立て、航行の自由を確保する軍事演習などが行わ
れた。こうした流れから考えると、日本が南シナ海で中国を挑発する日は、意
外と近いとも思える。
http://thediplomat.com/2015/10/a-first-japanese-and-us-navies-hold-exercise-in-south-china-sea/
A First: Japanese and US Navies Hold Exercise in South China Sea
日本政府は、日米が結束して中国を敵視することは対米従属を強化できて好
都合と考えているだろうが、米国は同盟国にも知らせず突然仇敵に対して譲歩
することがあるので、この点も要注意だ。米国は、イスラエルにつき合ってイ
ランに核の濡れ衣をかけて潰そうとしていたはずが、いつの間にかイランを許
して核協約を結び、イスラエルを国際的な孤立に追い込んでいる。日本が今春、
米国と一緒に加盟を拒否した中国主導の国際銀行AIIBも、その後、米政府
は加盟こそしないもののAIIBを支持すると表明し、日本だけが孤立して
中国敵視の姿勢を崩せない「はしご外し」に遭っている。
http://tanakanews.com/150322china.htm
日本から中国に交代するアジアの盟主
日本政府の中でも、外務省は徹頭徹尾の対米従属だが、外務省と並んで官僚
独裁機構の中枢にいる財務省は、そうでもないかもしれない。財務省は10月
26日、在日米軍の駐留費の一部を日本政府が負担する「思いやり予算」の中
の米兵用娯楽施設の運営費などを削減し、その資金を東シナ海でのISRの増
強など防衛費増にあてる構想を発表した。米軍が日本(沖縄)に駐留している
理由は、思いやり予算をくれる(米兵が沖縄で遊べる)からだ。米軍は今春、
駐留費の負担増を拒んだドイツから撤退している。日本も、思いやり予算を削
ったら、米軍の沖縄撤退につながりかねず、対米従属の維持が困難になる。
http://www.reuters.com/article/2015/10/26/us-japan-economy-defense-idUSKCN0SK0TA20151026
Japan MOF seeks cuts in host-nation spending for U.S. military
以前、米国が日本に「集団的自衛権を拡大しろ」と求めた際「自衛隊の海外
派兵を増やす『兵力の負担増』を日本がするなら、見返りに思いやり予算の削
減という『財力の負担減』をやってもいい」と米国から日本に伝えてあったよ
うだ。その言質を取った財務省は、安倍政権が集団的自衛権の拡大を達成した
後の今「約束どおり思いやり予算を削りますよ。良いですね」と言い出している。
米国は横暴な覇権国なので、自分が言ったことに責任を持たない。米政府は
逆に「思いやり予算の増額」を日本に要求している。「思いやり予算を増やし
てくれないと、在日米軍を撤退し、日本の官僚が独裁を続けられないようにし
てやる。困るだろ。ならばおとなしく金を出せ」というのが米国の言い分だ。
そもそも減額の提案は、増額を防ぐための予防線として張られた可能性もあ
る。おそらく財務省は最終的に思いやり予算の減額要求を引っ込めるだろう。
だが、米国覇権の低下が続き、米軍に出ていってもらいたい沖縄県民の意志も
強まる一方な中で、日本が米軍駐留や対米従属を維持することは、しだいに難
しくなっている。今回とりあげた、米国が日本を南シナ海紛争に介入させたが
っている件も、日本が受け入れにくい無茶な米国からの要求として、日本に難
しい決断を迫っている。
この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/151105china.htm
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