逝きし世の面影さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c9f327545f62c101dee5f323e4e578fd
<転載開始>
2017年01月17日 | 放射能と情報操作
1954年3月第五福竜丸はマーシャル諸島近海において操業中にビキニ環礁でアメリカ軍により行われた水爆実験キャッスル作戦・ブラボー (BRAVO)に遭遇。第五福竜丸はアメリカ合衆国が設定した危険水域の外で操業していたが放射性降下物『死の灰』により23名の乗員が全員被爆した。この水爆実験で放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼるとみられ、被爆者は2万人を越える。第五福竜丸の久保山愛吉無線長は半年後の9月23日に死亡する。
日本人医師団は死因を『放射能症』と発表したが、アメリカ政府は現在まで『放射線が直接の原因ではない』との見解を取り続けており、またこの件に対する明確な謝罪も行っていない。



『5年後に、やっと公開された1号基のドライベント(高濃度の放射性物質の外気への放出)映像』

東日本大震災発生から3時間後にはメルトダウンしていた1号基が大爆発する1時間前の東電の福島第一原発の空撮写真。ドライベントで高濃度の放射性汚染物質が排気塔から北側の飯館村などに流れている様子がはっきり写っている。
2011年3月12日午後2時40分に職業写真家の石川梵さんが宮城県気仙沼市を小型機をチャーターして取材で空撮したあと、首都圏への帰りに『排気筒から煙が出ているのを見て、とんでもないことが起きているのではと思い、シャッターを切った』と当該写真を写している。ところが、マスコミに公開されたのは5年後の2016年2月19日だった。(あまりにも貴重なトンデモナク大事な意味を持っている『特ダネ映像』をマスコミが挙国一致で5年間も隠し続けていた限りなく『大本営発表』的な犯罪行為である)

『福島第一原発が大爆発した2011年3月、いわき市に白い雪のように降り注いだ放射性微粒子を含む死の灰』

現在3年ぶりの党大会を開催中の日本共産党ですが、今回は初めて民進党、社民党、自由党、オール沖縄など野党各派が全員来賓として登場する。共産党(志位和夫委員長)は世の中が変わったと自画自賛するが、実は一番変わったのは共産党の政治姿勢である。
福島第一原発が大爆発した2011年3月以降、左の共産党も右の自民党も(もちろんその他の野党各党も)同じ『除染して全員帰還』との愛国的ではあるが実現不能の公約を掲げていた。日本共産党ですが結党以来一貫して同一の党名を使用しているが、中身が大変身。今では愛国路線まっしぐらであり、これでは日本共産党ではなくて日本愛国党とか愛国共産党と名乗るべきであろう。
ところが、レベル7の核事故発生から6年目を前にして、アメリカ(アップル)のバッテリー火災を報じたBusiness Newslineのように、今まで決して書かなかった2011年3月当時の福島第一原発の大爆発を日本共産党機関紙赤旗が報じ出した。フクシマから5年が経過して、確実に世の中が大きく変わっているのである。



『1月16日「赤旗」福島に生きる 「動かないと変わらない」の驚愕的な「後で分かった真実」(post-truth)』

2017年1月16日(月)日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」. 震災・原発. に毎週連載されている『福島に生きる』で、いわき市民訴訟原告の氏家 照美さん(73歳)の記述が凄まじい。まさにpost-truth(後で分かった真実)なのである。(赤旗としては珍しい書いた記者『菅野尚夫』の署名入り記事)
福島県いわき市に住んで地元の魚介類で新鮮で安い和食店を営んでいた元消防士の氏家 照美さんの夫はレベル7の原発事故から4年目の2015年に癌が見つかり東大病院で手術を受けたが同年11月には死亡する。
原発事故でそれまで繁盛していた和食店の客が激減、『不運が重なって』夫ががんで死亡したとあるが、いずれも原発事故が原因である可能性が一番高い。



『ビキニ水爆の第五福竜丸の「死の灰」ように、雪のように爆発した原発建屋の破片が降ってくる』

(Web上に無いので)5年前のレベル7のフクシマ核事故当時の様子を書いた当該の1月16日付け『赤旗』記事を文字起こしすると、
『長女は「3・11」の日が出産予定日でしたが、3月13日に無事出産。すぐ実家に帰されました。
夜中に爆発音が聞こえ、翌朝外に出てみると、白いものがパラパラ。最初雪かと思い、手で受け止めたら、ビックリ。原発の建屋の塗料のはがれた物でした。
直ちに娘家族を栃木県へ避難させました。』とあるが、『放射線低線量地域での健康被害を考えると避難せざるを得ず、不安な門出になりました。』どころの話ではない。
丸っきりのビキニ水爆の第五福竜丸乗員の死の灰の証言の再来である。しかも避難した先が福島県のすぐ隣で放射能の高濃度汚染地域の栃木県だったのですから目も当てられない。医者の往診と同じで、わざわざ悪い方に悪い方に回っている。
『照美さんと夫妻と次男家族は、長男のいる水戸市に異動。』とあるが福島県に隣接する茨城県が放射能に汚染しているのは今では常識である。まさに『不運が重なって』いるのですから怖ろしい。





『腹立たしい自民党広報本部長小池百合子と政府マスコミの二人三脚の猿芝居』

63年前のビキニ水爆の第五福竜丸の『死の灰』ように、雪のように爆発した福島第一原発の建屋の破片が降ってくるとの驚くべき事実が初めて報道された翌日の1月17日の毎日新聞コラム『余禄』では、1回~7回までは一切環境基準値を超えていなかった(安全・安心。何の心配も無い)豊洲のモニタリング検査が、豊洲移転の一時延期を小池百合子東京都知事が発表した後の、9回目検査では驚き79倍超え。
毎日新聞の余禄は、『専門家が「理解できない」「ショッキングな状況」と絶句する・・』とあるが、まさに『想定外』の理解出来ないショック状態。これ、6年前の2011年3月の福島第一原発の爆発当時の報道と同じですよ。権威と権限を持っている『専門家』なるものが、実は素人以下の判断力(180度真実を逆に捻じ曲げる原子力ムラの御用学者)だったことが発覚したのである。
余禄が指摘するように、
『▲小池百合子(こいけゆりこ)都知事が昨秋の築地市場からの移転を延期したのは、9回目のこの地下水調査で安全を最終確認するというのが理由だった。』
のですよ。ところが、なんと9回目の調査だけ、『暫定値だ』(3月に改めて再検査する)と言い出した。まさに3歩あるくと忘れる鳥頭である。
一発アウトのシアンまで見つかったのですから、去年末の『移転延期』(結論の先延ばし)ではなく、最早、はっきりと『移転中止』を発表する時期なのは明らか。何故小池百合は去年に自分が言ったこと(9回目のモニタリング検査で移転の判断の最終結論を出す)を実行しないのか。

『少しだけ時間を稼いだ(最終結論を3月まで先送りした)小池百合子東京都知事の思惑とは、』

誰にでも分かる豊洲市場の移転『中止』を言わないで、またまた3月まで『結論』を先延ばしした小池百合子ですが、『何か』を待っているのである。
小池百合子は『私も驚いた。(一切基準値以下で安全・安心。心配ないとの)今までが何だったのかと思ってしまう・・・』と語るがあまりにも白々しい嘘八百。9回目の爆発的な汚染数値の検査結果を事前に知っていたから、→去年末の豊洲移転を延期したことは明らか。
この『移転の延期』では『最終的に中止』の結論しか、そもそも『落としどころ』がないのである。(もしも延期後に『やっぱり最初の計画通りに移転する』となったら、賛成反対の双方とマスコミ全員からバッシングされる)
小池百合子ですが、福島第一原発事故での放射能汚染の『安全・安心。心配ない』との嘘八百のプロパガンダの、コペルニクス的転換を行る予行演習を、今の東京瓦斯の跡地で猛毒のシアンに汚染した豊洲市場で行っているのでしょう。
6年目を目前にして、本番である3・11フクシマの放射能汚染が今までの『安全・安心。心配ない』から突然基準値の79倍超えになるのは単に遅いか早いかの『時間の問題』なのである。決して避けれない。
それにしても管理売春業者の顧問弁護士だった橋下徹と言い、学歴詐称が明らかな小池百合子と言い、マスコミが知事どころか一切の公職の資格が無い不真面目な人物を、見ざる言わざる聞かざるで天まで持ち上げる様は異様すぎる。
我が日本国のマスコミですが、とっくの昔に社会の木鐸としての役目を放棄しているのでしょうか。これでは日本人の苦難が続くのは当然だった。

『日本中のマスコミが誰も触れなかった4号基建屋の大爆発を6年近く経過したあとで今回赤旗が初めて報じていた』

1月16日付け赤旗の署名入り記事『福島に生きる』で、いわき市民訴訟原告の氏家 照美さん(73歳)の記述がまさにpost-truth(後で分かった真実)なのですから恐ろしい。
建屋の大爆発ですが、東日本大震災の翌日3月12日の1号基にしても、その2日後の3号基にしても、いずれも昼過ぎの時間帯に起きている。
それなら、氏家 照美さん(73歳)の記憶(赤旗)の、『夜中に爆発音が聞こえ』、『翌朝外に出てみると、白いものがパラパラ。最初雪かと思』った『原発の建屋』とは日本国のマスコミが沢山報道した1号基でも3号基でもない。2号基は環境に最大の放射性汚染物質を排出したが建屋は爆発していない。
いわき市街に『パラパラと雪のように』怖ろしい死の灰をまき散らした『爆発した原発建屋』とは1~3号基でないなら、消去法で定期検査で稼働していない4号基しか存在しないのである。
4号基とは、稼働中だった他の1~3号基とは大きく違い、核燃料の全量が比較的丈夫で安全な原子炉圧力容器では無く、むき出しの危険な(青天井で蓋が無い)燃料プールに保管されていた。
しかも、4号基の爆発は映像が無いだけではなくて、何故かマスコミが一切報じなかったのである。(爆発した当初のマスコミは小さなボヤ程度と間違って報じていた)

『もう一度6年前の3・11福島第一原発の4号基爆発当時のマスコミ報道を時系列的に振り返ると、』 

『1~3号基の爆発した映像公開の方が不思議』

テレビで公開された爆発する驚愕の生映像ですが、私としては此方の方が、不自然過ぎると思っているのです。日本政府(管直人首相)ですが早々と航空機の高度の表示が無い半径30キロ圏内の飛行制限(例外なしの飛行禁止処置)をかけているしマスメディアも40~50キロ圏内立ち入り禁止を決めている。
意味するところは、原発事故の発生直後に『絶対に国民には生の現場を見せない』と、政府やマスコミが決めたという事でしょう。
ところが上手の手から水が漏れるの例えの通りで、テレビの生放送で1号基の爆発が流れてしまうのですから、東大教授のモロクズなど原子力ムラの御用学者が茫然自失。
想定外ではなくて、あれはまさに予定外の大事件だった。人の手が加わらない自動撮影のライブ映像(お天気カメラ)だったので政府の報道統制の網をかいくぐって全国放送されてしまう。
気がついた政府は即座に全国放送を禁止する処置をとるが、時すでに遅しで、インターネットなどで大量コピーされ日本中に広く閲覧されている。
ところがネットとは違いテレビでは禁止されていたので突然流れなくなったのですね。被災者の『気持ち』を口実にした口封じ、テレビの自主規制(報道管制)を行ったのです。
大々的に報じられた、あの1号基3号基の爆発映像のテレビ放映とは、日本の敗戦で一時的に権力の空白が生まれて憲法九条が成立した不思議と同じで、ごく短い間の歴史的な偶然の狭間から、貴重な極秘の真理が我々のような権力がない普通の一般市民が垣間見えた瞬間だったのですよ。
通常なら起きない種類のチャンスであり、奇跡的な幸運であった。


解明されない謎 福島第1原発の1号機SR弁、4号機爆発映像 2013年03月11日 (放射能と情報操作)(抜粋、短く要約) 

『原子炉のベントは報じたが、何も報じなかった主蒸気逃がし安全弁(SRV)』
国会事故調査委員会の田中三彦『東電の発表でも津波到達2分前に電源喪失』、津波到達以前に、最初の地震の揺れで原発の全電源は喪失していた。
運転員が『1号基非常用復水器(IC)をなぜ止めたのか』の謎は、地震の直撃(揺れ)で既に配管が破断。運転員が『止めた』のではなく『作動しなかった』。

『作動しなかった1号基のSR弁』
原発事故で原子炉が自動停止すればメインパイプの主蒸気隔離弁(MSIV)が閉じて、原子炉プラントから発電機能が隔離される。
停止した原子炉内の燃料棒は崩壊熱の余熱で徐々に温度が上昇して圧力が高まって、お釜が一定の圧力以上になると主蒸気逃がし安全弁(SRV)が自動的に作動。圧力容器内からの高温高圧の蒸気が、SR弁によって巨大なドーナツ型のサプレッションチェンバー内に送り込まれ、間欠的に激しい音と振動が連続して起きる。
2号基3号基の中央制御室はズドーン!ズドーン!と地鳴りのようなSRVの作動音を開いている。ところが1号基では『何にも音がしてない』。1号基のSR弁は作動しなかった。

『自動的に作動するSR弁が作動しなかった謎』
密閉状態でSR弁が開かないと短時間で圧力容器が必ず爆発するが1号基が爆発するのは翌日昼過ぎ(まる1日後)で、田中元委員は『SR弁が開くまで圧力が上がらなかった』、『圧力が上がらないのは、どこかで漏れてる』。
地震の直撃で、老朽原発の配管は致命的な損傷を受けて放射能で汚染された一次冷却水がダダ漏れ状態で、ベントと同じ状態だったが、菅直人首相は12日の朝7時にベント作業の督促に福島第一原発に直々に出向いている。

『大事なもの程「なぜか過失で、ゴミとして捨てられる」恐怖の裏法則』
超世界遺産のアポロ11号の人類最初の月着陸の第一歩のビデオテープが、NASAが上からダビングして永久に失われる。アメリカのアポロ計画では11号だけでは無くて全てのマスターテープは職員の過失で、ことごとく無くなっている。
日本国でも事情は同じで、1号基が爆発する直前の2011年3月12日朝、福島県が福島第一原発原発から5キロ地点にモニタリングポストを設置、9月に回収したがNASAと同じで『職員の過失で』データーは消去され、初期被曝の実態が失われる。
3月12日朝には、すでにメルトダウンしていた1号基からは大量の放射能が漏洩していて、水素爆発する5時間も前から原発から半径10キロ地点でも通常の数百倍の数値が観測されていたことが発覚している。
原発から5キロ地点の爆発直前のデーターは福島県民にとって貴重な記録だったが『職員の過失で』ゴミと間違われ捨てられる。

『ピンボケ写真一枚無い、4号基爆発の怪』
12日昼に1号基が爆発する驚愕的な映像が全国放送される。
14日昼には3号基がもっと大きく爆発して、原発安全神話を吹き飛ばしている。
翌15日の夜明け前に4号基が1号基3号基に続き大爆発して、建屋ビルを吹き飛ばしたが残骸しか公開されない。
爆発映像が無い、4号基が爆発した当時の東電発表は、『4号基の建屋の上の4階部分の壁がちょっと崩れた』とか『5階からちょっと火が出てる』程度の話だった。
数日後に大爆発で上部が完全に吹き飛び建屋ビルがボロボロに。15日の早朝うす暗いうちのに誰にも知られず密かに4号機が大爆発していた。
話は逆さまで、読売(日本テレビ)系列の地元福島中央テレビ(FCT)が原発から17キロに設置していた自動撮影のライブ映像だった1~3号基の爆発映像は『人のチェックが入らない自動撮影』だったから偶然外部(マスコミ)に流出して仕舞ったのである。
早い段階から現場の一番の不安材料だったのが4号基の燃料プールで、菅直人総理も『最悪の場合数千万人が被曝し東日本が壊滅する』と日本政府も懸念していた。福島第一原発では一番問題の場所が4号基だった。

『関係者全員が、事前に4号基の爆発時間を知っていた?』
4号基の爆発当時、吉田昌郎所長や部下の運転員がそれまで着用していなかったヘルメットを全員かぶっていた事実を地元の河北新報が1年半後の2012年08月10日に報じる。
4号基使用済み燃料プールの冷却の為の非常処置、建屋の爆破『解体』は誰も認めていないが、関係者全員が4号機の爆破を予測していた可能性が高い。
4号基爆発で15日いっぱい、マスコミ報道は各社例外なく『小さな損壊』との真っ赤な嘘、恥ずかしい偽情報を流し続けていた、4号基の大爆発の真実が分かるのは何日も過ぎた後だった。

『自主規制という名の報道管制』
読売系列の福島中央テレビに(FCT)よると、4号基の爆発映像は夜明け前の時間帯で暗かった。FCTは、『よく調べたけども映ってない。もう画像は存在しません。Over write(上書き)されてしまった』と答えている。
福島中央テレビですが、超国宝級の貴重なアポロ計画のテープを消去したNASA職員や初期被曝の証拠を消去した福島県職員と全く同じで『とんでのなく大事なものを過失でゴミとして捨てる』症候群である。
価値感の根本が違うので、他の人々にとって非常に大事なものでも邪魔なゴミに見える。過失であるとして『間違えて捨てて仕舞う』のは悪意ある故意犯である可能性が高い。(抜粋)

『3・11フクシマの6年後に分かったpost-truth(後で分かった真実)』

4年前(フクシマの核事故の発生から2年後)の2013年03月11日『逝きし世の面影』ブログの『放射能と情報操作』のカテゴリーの『解明されない謎 福島第1原発の1号機SR弁、4号機爆発映像』の要約ですが、新しく今回分かった驚愕の真実post-truth(後で分かった真実)と合わせると別の怖ろしい可能性が浮かんでくる。
政府や東電、マスコミ全員で隠していたのは何処にも無い4号基の爆発映像のような些細な問題ではなくて、遠く何十キロも離れたいわき市内でも聞こえる程の大爆発した建屋の放射性汚染物質の死の灰が『パラパラ』と、『白い雪か』と見まごうように降っていた15日早朝の真実だったのである。
15日夕方には自衛隊は『原発が爆発する。100キロまで逃げて』と言い残して全員が逃亡していた。
この事実を知っている軍事オタクの政治家石破茂元防衛大臣は『命令拒否は死刑か懲役300年』とのあまりにも当然の主張をした。ところが、意識的にフクシマの文言を抜いたために意味不明となりマスコミの全員からバッシングされているのです。(フクシマの言葉を意識的に抜いたのは石破茂当人なのか、それとも当該『石破発言』を報じたマスコミの方なのかは不明)
この驚愕的な石破茂『命令拒否は死刑か懲役300年』を最初に報じたマスコミは2013年7月の参議院選挙終盤の東京新聞で2日後には赤旗も後追い記事を書いている。
その反響は凄まじい。東京選挙区では前回参院選では次点で落選した共産党が得票を倍増するは無所属の山本太郎も当選するは、選挙に大きく影響した。(ただし当該石破発言は参議院選の何カ月も前の話であり、東京新聞としては安倍自民党大勝の流れに抵抗したと思われる)



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2013年07月20日 | 政治

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