中東にパレスチナとイスラエルが建国された理由はお互いに戦わせるためだったようです。
パレスチナとイスラエルは20世紀に造られた国です。もちろん古代イスラエルは古代に同じ場所に存在していましたが、今のイスラエルを支配しているのは、ハザールマフィア=アシュケナージ(シオニスト)ですから、古代イスラエルとは全く関係ありません。パレスチナも20世紀以前は存在しておらず、誰も住んでいない不毛の地だったようです。
グローバル・エリートが富と権力を拡大するためには、中東で何度も戦争をさせる必要があるのでしょう。そのためにパレスチナとイスラエルという敵対国を造ったのでしょう。パレスチナ人はエジプトやサウジアラビアから移住してきた移民だったのです。ここでもグローバルエリートの策略に移民が使われました。また、グローバルエリート(イルミ)のやり方は、常に、2つのグループに分けて、お互いを戦わせることです。BRICS 対 英米もそうです。かならず対抗する2つの団体を作るという代り映えのないやり方ばかり。
同時に、彼等は世界中で移民という道具を使って彼等の策略を成功させようとしています。
何がパレスチナか、何がイスラエルか、何がテロリストか、メディアの報道に騙されてはいけませんね。みんな大元は同じなのですから。

http://beforeitsnews.com/global-unrest/2018/05/watch-as-arab-historian-admits-on-television-that-the-nation-of-palestine-never-actually-existed-2504818.html
(概要)
5月17日付け

テレビ番組に出演したアラブ人の歴史学者がパレスチニアという国は歴史上存在していなかったことを認めました。
世界史上最大の嘘は、パレスチナやガザのアラブ人がユダヤ人と戦っているジハード(聖戦)とは、パレスチナ国家を守るためのパレスチナ人による戦いということです。

編集後記:
1948年のイスラエル建国とは、約3000年前に存在していたイスラエル国を再建したのです。
しかしパレスチナ国は20世紀前半に新たらしく誕生した国でありそれ以前は存在していませんでした。
アラブ人の歴史学者によると、パレスチナという国は、イスラエルが再建された後にユダヤ人と戦争をするために造られた国なのです。
パレスチナという国名が出てくるのは欽定訳聖書のみです。そこにはパレスチナはヤコブがトラブルを招いてしまった時にユダヤ人と戦うために造られた国であると記されています。
事実がどうであれ、このねつ造国家のために何億ドルもの国際援助が続けられています。世界はパレスチナの存在は政治的プロパガンダ以外の何物でもないということを認めることができなくなっています。


おとぎ話「裸の王様」とは違い、王様が裸だと指摘されても誰もが知らないふりをしています。

バルフォア宣言の前にオスマン帝国(1517年~1917年)が崩壊した時、現在のようなパレスチナ国境は存在していませんでした。またパレスチナ人と呼ばれる政治的独自性のある国民も存在していませんでした。

ウィキから、バルフォア宣言とは:
第一次世界大戦中の1917年11月2日に、イギリス外務大臣アーサー・バルフォアが、イギリスのユダヤ系貴族院議員である第2代ロスチャイルド男爵ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに対して送った書簡で表明された、イギリス政府のシオニズム支持表明。

バルフォア宣言では、イギリス政府の公式方針として、パレスチナにおけるユダヤ人の居住地(ナショナルホーム)の建設に賛意を示し、その支援を約束している。

しかし、この方針は、1915年10月に、イギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンが、アラブ人の領袖であるメッカ太守フサイン・イブン・アリーと結んだフサイン=マクマホン協定(マクマホン宣言)と矛盾しているように見えたことが問題になった。すなわち、この協定でイギリス政府は、オスマン帝国との戦争(第一次世界大戦)に協力することを条件に、オスマン帝国の配下にあったアラブ人の独立を承認すると表明していた。フサインは、このイギリス政府の支援約束を受けて、ヒジャーズ王国を建国した。

一方でパレスチナでの国家建設を目指すユダヤ人に支援を約束し、他方でアラブ人にも独立の承認を約束するという、このイギリス政府の二重外交が、現在に至るまでのパレスチナ問題の遠因になったといわれる。

2017年11月1日のテレビ番組に出演したアラブ人の歴史学者(Abd Al-Ghani氏)によると:
パレスチナの行政区域の境界線はヨルダンや南レバノンを含め東西に伸びているが、現パレスチナ人はオスマン帝国が崩壊し自由の身になるとすぐに彼等は政治的独自性を持たずに植民地支配をするためにこの地に移り住みました。

1917年当時、パレスチナ人と呼ばれる人々は存在していませんでした。
つまり、土着の民族とされるパレスチナ人はその後に作り上げられた架空の存在だったのです。

2012年3月にAl Hekmaテレビに出演したハマスのFathi Hammad内務・国家安全保障担当相は、「パレスチナ人の5割はエジプト人であり、残りの5割はサウジアラビア人だ。パレスチニア人は誰なのか。パレスチナにはAl-Masri(名字)と呼ばれる人々が多く存在するが、この名前はエジプト人という意味だ。彼等のルーツはエジプトの各地にある。我々パレスチニア人はエジプト人だ。」と語っていました。

パレスチナの国立博物館に歴史的遺物が一切ないのはこのような理由があったからです。

事実、現在、イスラエルを訪れる人々とは異なり、19世紀にパレスチナに渡った人々は何の政治的目標もありませんでした。
  • 1835年にエルサレムを訪れたフランス人の詩人(Alphonse de Lamartine )は、エルサレムの門の外には居住者は誰もいなかったと言っています。
  • 1857年に、「この聖地に居住している人は殆どいない。そのため人口を増やす必要がある。」とジェームズ・フィン英領事が記していました。
  • 1867年にパレスチナを訪れたアメリカ人の作家(マーク・トウェイン)は、「パレスチナは袋用の布と灰の上に存在している。その上から呪いをかけ、パレスチナの地を枯れさせエネルギーを縛り付けている。パレスチニアは荒廃した不快な地である。この地は絶望的で不快で悲しみに満ちた地である。」とパレスチナの訪問について記しています。

それでも、アラブのプロパガンダ・マシンはパレスチナに関するたいそうな嘘を吐き続けています。例えば、パレスチナの観光課のウェブサイトには、「100万年以上の歴史を持つパレスチナは人類文明に非常に重要な役割を果たしてきた。パレスチナは先史文化の宝庫であり、定住社会、アルファベット、宗教、文学が発展しており、世界を形成した多様な文化や考えが集まる地である。」とパレスチナを宣伝しています。

国際社会はこのようなパレスチナの嘘を認めるだけでなく、パレスチナに支援金まで送っています。

アラブ人の歴史家(Abd Al-Ghani氏)がテレビ番組で語った重大な内容は、世界中の政治リーダー、外交官、メディアを含むエスタブリッシュメント側にとって非常に重要な問題であり、世界のメディアはトップ記事として扱うべきでした。

結局、アラブ人がパレスチナ人はでっち上げられた民族であり、パレスチナに対する国連の無数のプロジェクト、何億ドルもの国際支援金、終わりのない反イスラエルキャンペーンは、何かもっと重要な目的を達成するために行われているのでしょうか。

その答えはYESです。しかし誰もそのことに注意を払っていません。

以下省略

<アメリカとイスラエルは戦うための敵を作りだしています。>
http://www.investmentwatchblog.com/israel-and-the-u-s-created-hamas-hezbollah-and-al-qaeda-creating-the-enemies-we-now-fight-against/
(概要)
5月18日付け

アメリカとイスラエルは敵と戦わせるためにアルカイダや他のテロリスト集団を作り上げました。
ハマスを作り上げたのはイスラエルです。
2002年に報道されたUnited Press International の記事から:
元米諜報部員によるとイスラエル政府は長期間にわたりハマスに活動資金を提供していました。イスラエルはハマスをPLOの対抗勢力として利用したかったのです。
イスラエルがハマスを支援し続ける理由は、非常に強力なPLOに対抗できる宗教的テロ組織が必要だからです。
1928年にエジプトで結成されたハマスはムスリム同胞団から派生した集団です。イスラエルとパレスチナでのイスラム運動は1967年に勃発した第三次中東戦争以前はほぼ休止状態でした。しかしイスラエルがこの戦争に勝利してからイスラム運動が活発化しました。
1967年以降、ハマスやムスリム同胞団の活動が成功した理由は、ガザのパレスチナ難民を救済したからです。彼等は、キャンプで困難な生活を強いられていた大量のパレスチナ難民のために様々なインフラ整備(社会、宗教、教育、文化)を行ったのでした。ガザやウェストバンクにおける難民への社会的影響は政治的影響へと発展していきました。
1978年にハマスはイスラエルでイスラム協会として法的に認可され、宗教的プロパガンダと社会活動を通して支持基盤を拡大しました。
米政府高官によると、彼等の活動資金はイスラエルと周辺の石油産出国から提供されました。
PLOは非宗教的な極左団体であり、パレスチナのナショナリズムを推進していました。
ハマスはホメイニ配下のイランのようにイスラム支配の多国籍国家を造りたかったのです。

当時からイスラエルはPLOの対抗勢力として利用していたハマスに活動資金を提供していましたが、イスラエルの目的はそれだけではありません。
危険なハマスのメンバーをイスラエルのスパイが把握できるようにするためです。またハマスにイスラエルのスパイを潜伏させハマスの方針や危険なメンバーに関するデータを入手できるようにしました。
しかしその後、ハマスは包括的な諜報システムを確立させ、イスラエルの協力者やイスラエルに情報を提供していたスパイを抹消しました。
ハマスはPLOとは違い、イスラエルとの協力関係を拒否する暴力的なテロリスト集団へと成長していきました。それでもイスラエルは、ハマスは利用する価値があると考え、ハマスに資金を提供し続けています。

以下省略