逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/e788205cdf753dd8014b879f01cffe4b
<転載開始>
2018年08月19日 | 社会・歴史
『伝説の「二重スパイ」ゾルゲよりもはるかに大物だったシャネルの伝説』

今日8月19日は、歴史的ファッションデザイナーと言われるフランスのココ・シャネルの誕生日ですが、シャネルが英国情報局(多分、アメリカの情報機関とも)と親密な関係にあり、フランスがナチスドイツ占領下にあったときにはナチス親衛隊(SS)情報将校シェレンベルクとの愛人関係を結んでいたのでドイツ降伏後に『裏切り者』(売国奴)として拘束される。(その後英国のチャーチルによってシャネルが釈放されスイスに亡命。米ソの冷戦が激化した影響でアメリカの力で復権するのは10年後)
朝鮮戦争でタクティカル・インテリジェンス(戦略上重要な情報の処理)。冷戦時代はアメリカ国務省海外勤務員としてCIAの作戦の数々に関わったHal Vaughanの著書『誰も知らなかったココ・シャネル』によると、『ココ・シャネルはナチスのスパイだった』と書かれている。(ベルリン陥落時のソ連奪取文書から決定的証拠を発掘、話題の書を独占翻訳! 解かれた封印に世界の新聞が騒然!)
ヒムラーの命を受けて、旧知のチャーチルに接触、連合国との和平を図ろうとしたナチスドイツの工作員「F-7124」「ウェストミンスター」のコードネームを持つそのスパイは、ココ・シャネルその人だった。(歴史上最も優秀なスパイとは必ず二重スパイだったと言われている)


『ドイツのスパイ網を全て掌握していたヴァルター・シェレンベルク』

Wikipedia -ヴァルター・シェレンベルクによると、
ヴァルター・フリードリヒ・シェレンベルク(Walter Friedrich Schellenberg, 1910年1月 16日 - 1952年3月31日)は、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の組織親衛隊(SS )の情報機関SDの国外諜報局局長を務めた人物。最終階級は親衛隊少将兼警察少将
1939年シェレンベルクは国家保安本部第IV局(ゲシュタポ局)E部(防諜部)部長に任命された。VI局(SD国外諜報/SD-Ausland)局長代理。1942年には国家保安本部第VI局局長。国防軍情報部までSDの傘下に入ったのでドイツの情報機関はすべてシェレンベルクが掌握する。
大戦末期シェレンベルクは連合軍と和平交渉を画策するが失敗。シェレンベルクは1945年6月にデンマークで連合軍に逮捕されたが懲役6年の短期間で出所している。

<転載終了>