芳ちゃんのブログさんのサイトより
http://yocchan31.blogspot.com/2018/09/blog-post.html
<転載開始>
副題: プーチンは、ロシアの国益を除けば、すべてに関して交渉をする用意がある
オリバー・ストーンは1986年に映画「プラトウーン」でベトナム戦争における異常な人間行動を描いて、一躍有名になった。オスカー賞も受賞した。

彼自身はベトナム戦争では偵察隊員を務めた。その戦争体験に基づいて米軍による無抵抗のベトナム民間人に対する虐待や虐殺、強姦、放火、さらには、仲間内での殺人や同士討ち、誤爆、等を描いている。「プラトウーン」はオリバー・ストーンの代表作である。

洋の東西を問わず頻繁に経験することではあるが、記録映画にはわれわれ素人が見過ごしてしまう重要な要素が丁寧に描かれており、参考になることが実に多い。また、政治家や大手メディアが主張する内容とは大きく異なることが多い。

ここに最近報じられたオリバー・ストーンとのインタビュー記事がある [1]。聞き手はRTの著名なソフィー・シュワルナゼ。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。この有名な映画製作者が日頃何を考えているのかについて少しでも多く理解しておきたい。

<引用開始>
オリバー・ストーンは米国の映画製作者であり、脚本家でもある。彼はオスカーやゴールデングローブ賞を受賞し、彼の映画は熱狂的な支持を得ており、米国の良識の一部を成しているとも言えよう。オリバー・ストーンの最新のプロジェクトはウラジミール・プーチンに対する一連のインタビューである。私たちはモスクワにおける彼の経験に関してこの著名な映画監督とお話をしすることができた。

ツイッターで@SophieCo_RTを追跡してください。


ソフィー・シュワルナゼ(SS): こんにちは、オリバー・ストーンさん。本日はあなたとお話をすることができて光栄です。モスクワへの旅行を十分に楽しんでいただきたいと思います。

オリバー・ストーン(OS): はい、楽しんでいます。到着したばかりですが。

SS: プーチンに対する微に入り細にわたったインタビューを記した書籍が「アルピナ」社から出版されています。書名は「プーチンとのインタビュー」で、あなたは「4日間にもわたり、米国の映画製作者としては、私自身の奇妙な生涯においてさえも、実に画期的なものであった」と仰っていますが、ご自身の職歴の中でもまさに頂点を極めたようですね。今までの生涯で最良の出来事だったのでしょうか?

OS: 当たり前のことですが、これが最後の映画だと考えなければなりません。断定はできないけれども、年齢を重ねると、時間がより貴重なものとなって来ます。映画製作者としては、この分野はまだ非常に若い職業です。特に、米国では・・・。物事がえらく急速に動いています。もう一回機会がやって来るなんて、そうざらにはないことです。私にとってはまさにクライマックスの感じでした。何かを特集した訳ではないが、歴史の流れの中でこの時点では米国のメディアではもっとも許されそうにもない類のインタビューだった。西ヨーロッパにおいても同じことです。別世界の許されることがない領域へ入って行くような感覚でした。こちらへ来たこと(つまり、プーチンとのインタビューが出来たこと)を嬉しく思います。私はカストロやチャベスともインタビューをし、アラファトともインタビューをしています。ネタニヤフとも。彼が下野していた頃のことですが、彼は私好みの人物でした。彼は、今や、永久的な権限を謳歌しているように見える。これらの人物が全員集まって、今回は私をプーチンと引き合わせてくれました。率直に言って、彼との会合を多いに楽しむことができました。私はスノーデンとのインタビューを何回もしていたので、プーチンと初めて会ったのは何回目かにロシアを訪問した時だった。われわれはエド[訳注:スノーデンのこと]と一緒に調査をしていた。映画「スノーデン」の多くの部分は彼の見解を反映しています。そういった関連情報を入手するのには結構時間がかかった。われわれはまたこちらへ戻って来て、正確を期すことに専念しました。あの映画の最後のシーンはモスクワで撮ったものです。モスクワのある劇場の奥まった部屋で私はプーチンとお会いしました。あれは演劇、1960年代の古い演劇だったが、彼は民話文化を推進しようとしていましたね。我々は奥の方にある部屋で彼にお会いし、スノーデンのことをお聞きしました。実際に何が起こったのかに関して、彼はロシア側から見た話をしてくれました。実に素晴らしかった。われわれが公に知っていることや新聞報道、等とは違うのです。でも、話が長くなってしまうので、「スノーデン」の映画の最後の部分に話を戻すと、週末にエドと一緒にモスクワで撮影をしていました。それから、23日して、また戻って来た。われわれはクレムリンへ出かけ、そこで3日間にわたってプーチンを撮ったのです。あの時点ではわれわれはこの撮影を首尾よく続けられるとは考えてはいなかった。単純に言うと、台本もなくて、すべてがぶっつけ本番でした。私からの質問に関しては簡単なメモを彼にお渡ししただけだった。でも、メモの内容だけに限る訳ではなく、撮影の領域は無制限に広がり、彼は編集をしようともしなかったのです。

SS: つまり、完全にぶっつけ本番だったのですね。

OS: その通りです。

SS: あなたからの質問には制限はなかったのですか?

OS: 最後の最後まで私は非常にいい感じでいました。あなたにもお分かりのように、私自身は毎日のように違って見えます。ところが、彼は何時も同じに見えるのです。彼は非常に落ち着いていました。私の方はどうかと言えば、時差ボケに見舞われており、髪の毛は風になびいているような有様。私は何度か外見を良くしようとしました。別の言い方をすれば、私は米国のキャスターとは正反対です。たとえば、とてもじゃないがメーガン・ケリーのようには見えない。あなたのようにも見えない。

SS: プーチンとの面会が如何に大変なものであるかは私も十分に知っています。決して簡単ではないです。多くのロシア人のジャーナリストは、トップレベルのジャーナリストであってさえも、あなたに与えられたようなアクセスを謳歌することは出来そうもありません。これを実現し、纏め上げるためにあなたが如何に多くの努力を払ったのか、私には良く分かります。そして、これが公開されるや否やロシアでは大評判になりました。誰もが話していました。当然ながら、米国ではメディア全体があなたに襲いかかって来ましたよね。あなたはプーチンに対して「お世辞」が過ぎるとか、「悪いインタビュアー」だとか言われました。これらの批判を気になさいましたか?気に障りましたか?と言いますのは、プーチンとのインタビューは実に大仕事であるからです。

OS: 大仕事でしたね。しかし、自分がジャーナリストであるとは私は一度も言ってません。ジャーナリストの真似事をしたこともない。私は映画製作者だ。あなたはいくつもの映画から私のことをすでにお分かりだろうと思う。また、公的な人物に対して行ったインタビューからも私のことを知ることが可能です。映画監督以外の何かの振りをしたことなんてないのです。

SS: あなたはご自分の仕事では何らかの見解を示したことは一度もないと返事をしています。中立であると言っています。と同時に、私は一連のプーチンとのインタビューを拝見しましたが、プーチンに関してお世辞めいたことをたくさん言っています。あなたは客観的で中立的に振る舞おうとしていたのですか?

OS: 私は自分が真実であると感じることにはこだわる方です。プーチン大統領に対して虚偽の言葉は一度も喋ってはいない。私が喋った内容はすべてが私が言いたかったことです。これは冒頭で喋ったことのひとつですが、私は「あなたがロシアの申し子であることに感動を覚えます。何故ならば、あなたが政界に現れた時はちょうど1999年から2000年の頃で、ロシアは最悪の時期にあった。ロシアは大混乱だった!本格的な経済問題。それらを乗り切ることにあなたはまんまと成功した。誰もあなたからこの事実を奪い去ることはできない」と言った。これこそが彼が依然として人気を博している理由のひとつだと思います。彼は住むべき場所や宿命、「われわれはロシア人だ。そのことを誇りに思う。豊富な歴史を持っている」といった感覚を呼び戻してくれたのです。彼は主権国家の概念を再認識したのです。これは非常に重要なことでした。ロシアは1991年から2000年にかけて主権国家ではなかったのだから。当時、ロシアは主権を完全に失っていた。米国や他の国々からの連中がいたる場所に出没し、ありとあらゆる事を監視をし、監督していた。連中は原子力産業が在るあらゆる場所で目を光らせていた。注目すべき点は、プーチンがこの世で実際に重要なことをロシアに呼び戻してくれたことだ。この点に戻ろう。何故ならば、これこそが最も肝心な点であるからです。世界のためには錨が必要だ。存在し続けるためには抵抗が必要だ。これは米国による統治に対する抵抗です。

SS: 政治についてはあなたは話をしたくはないことはよく分かっていますので、これは仮定上の質問となります。あなたは記録映画の製作の対象とした人たちの側に立って来ました。たとえば、チャベスやカストロ、プーチンです。これらの人物は皆強力な人たちですが、明らかにあなたは強い人物に魅力を感じていらっしゃる。これらの人物のような強力な指導者が政治の将来の姿を示していると感じていらっしゃるのでしょうか?彼らは非常に強力で、妥協もしない。幾つもの点で評価は分かれ勝ちです。それとも、政治は対話とか政治的な公正さを追求すべきなのでしょうか?

OS: ああ、政治とは対話そのものでもあります。これらの人物は皆が対話を進んで取り入れます。誰が何を誰と話をしたのかをあれこれと議論することが可能だ。しかし、要は、カストロは米国と長い間交渉しようと試みたけれども、彼は肘鉄を食らわされ、侮辱され続けた。連中はカストロを何度も暗殺しようとさえした。対話とは何だろうか?対話は非常に重要だ。チャベスは、間違いなく、このような見解を持っていました。こういう場面をご記憶だろうか?チャベスがオバマと握手をし、彼は米国からはまったく新しい対応がもたらされるだろうと本当に期待していた。しかし、何も起こらなかった。つまり、政治は対話そのものなのです。政治においては妥協することだ。結局、プーチン大統領に関して総括的な意見を述べるとすれば、彼は究極的な交渉者です。交渉を通じて彼は相手を擦り減らすかも知れない。何事についてでも彼は議論をし尽くそうとする。どの国にとっても特定の関心事が存在します。各国が特定の国益を持っており、彼は常にこのことに関して傾聴しようとする。ロシアも自国の国益を持っている。これらの国益を除けば、彼は何事に関してでも交渉することを受け入れます。あなたが一線を越せば、彼はあなたにそのことを知らせてくれる。ところで、私は彼を押しまくった。誰が何と言おうとも、私は彼を押しまくった。民主主義や彼の続投、来年は何が起こるかといった質問では彼を押しまくったので、彼がイライラしていることは確かに感じましたよ。何度か彼をイライラさせてしまった。一度だけじゃなかった。でも、私は心配しているのです。一連のインタビューを行った理由はロシアとの自分自身の関りにもう一度回帰することでした。つまり、2000年に存在していた米国人とロシア人との間の関係にはいったい何が起こったのか?

SS: この記録映画はプーチンに対する米国人の態度を変えることができるとお思いですか? 

OS: ある程度はね。数百万人を超す人たちが観ている。高級ケーブルテレビ番組である「ショータイム」で配信されており、ロシアにおける全国規模の配信とは違います。つまり、配信は登録された視聴者だけに限定されています。配信はすでに行われており、再配信も行われる。ヨーロッパでも配信され、多くの国々で視聴されている。フランスでは素晴らしい議論となっています。配信したのは公共テレビチャンネルの「フランス3」だった。ミッテラン政権で外相を務めたユベール・ヴェドリーヌや他にも何人かが反対意見に対してこの映画を弁護してくれました。あの議論は実にフランス的だった。しかし、換言すると、ヨーロッパでは、たとえば、ドイツやフランス、イタリアでは、これらの議論は重要なのです。非常に重要だ。結果として物事が変化するのかどうかを予測することは非常に難しい。まったくの驚きではあるが、最近、米議会はほとんど全会一致で対ロ経済制裁を拡張することにした。これはごく最近起こったことです。トランプに対する反応であるとも言えそうだ。

SS: トランプはプーチンのような指導者を見習いたいのでしょうか? 

OS: 恐らくはね。私にはそれほどの確信はないけれども・・・。ドナルド・トランプの頭の中に何があるのかは私には何も言えません。誰にも言えないでしょう。彼が愚か者であるとは思えません。むしろ、彼は非常に切れ者であると思います。彼は物事を尊重するだろうと私は見ています。でも、彼はプーチンのことを誤解するかも知れない。私には分かりません。しかしながら、彼が選挙中に多くの選挙民に示した考えに基づいて行動しているようには見えない。彼は外国への介入には反対だと言った。米国は外国における戦争のために自国の資源や資産を浪費していると言った。世の中を変えようとする考えがあったが、何も変わらなかった。彼自身の意思によってではなく、彼の政権は何も実現することが出来ないでいる。反対意見が余りにも強く、彼は最初からがんじがらめの状態だ。

SS: 多分、これもまたロシアのせいでしょうか?

OS: いや、それは単なる言い訳に過ぎない。彼はロシアのせいでひどく攻撃されて来た。ロシアがトランプ大統領と共謀したという証拠については私は何も見てはいません。彼はスパイ映画の「影なき狙撃者」のような存在ではない。この考えは実にくだらないと思う。だが、米国では多くの関心を集めており、このことが私にはとても心配です。また、これは、率直に言って、米国の選挙民が如何に愚かであるかをも示しているのです。多くの選挙民の行動は私にはとても信じられない。私には分からないが、世論調査がうまく行かなかったのかも・・・。どうも、理に合わないのです。

SS: もしも選出された者がシステムの変更には誰も着手しなかったと言うならば、米国では誰に投票するのかは大して重要ではないとでも? 

OS: それはプーチン大統領がインタビューの最後に言っている言葉です。彼は米国の4人の大統領を相手にして来たと言う。そこで、私は彼に「何か変化がありましたか?」と尋ねた。彼は「基本的には、何も!」と言った。つまり、官僚主義が蔓延っている事実を彼は示唆しています。彼は現状を官僚主義と描写していますが、米国ではこれを「ディープステーツ」と言います。変化に抵抗してきた官僚主義のことです。確かに、ロシアに対する米国の政策は1917年の革命以降大部分の期間においてかなり否定的なものだった。革命があった頃、ウィルソン大統領は米兵をシベリアへ送り込み、英国からの派遣軍と合流させています。

SS: 二回目の「冷戦」は言葉の綾ですか、それとも、それ以上の意味を持っているんでしょうか?

OS: これは言葉の綾ですよ。冷戦、これは非常に危険な戦争だ。オリジナルの冷戦は本当に「冷たい」戦争だったと言えるでしょうか?多くの場所で、たとえば、ベトナムや朝鮮半島では共産主義と戦うという名目の下で、数多くの代理戦争が行われた。あの冷戦という名目でいったいどれ程多くの人たちが殺害されたのだろうと考えると、第三世界では数百万の人たちが損害を被った。アフリカではそこいら中で戦闘が起こった。そして、今は、中東で夥しい被害を目にしている。スペクターとしての共産主義はもはや機能しない。米国はその言葉を用いることが出来なくなった。だが、実際には、今でも冷戦に固有な物が引き継がれている。このことが対ロ経済制裁を拡大することに賛成票を投じた議員の考えにあったのではないかと思います。彼らの心の中には何らかの古い形態のロシアが残っているのです。

SS: その種の考えは80年代、90年代に廃れてしまっています。どうして舞い戻って来たんでしょうか?米国人の心からこの考え方を駆逐するには何が必要ですか?何世代も必要ですか? 

OS: これには私も驚きました。事実、私は衝撃を感じています。ゴルバチョフ元第一書記との対話は私の生涯ではもっとも素晴らしい出来事のひとつでした。自分の生涯の中で1989年は春のようで、まさに希望に満ちた春のようでした。これから物事が変化するというまったく新しい予感がありました。ベルリンの壁が崩壊し、東欧各国は皆が無血革命を表明した。本当に無血革命だった。ロシアも同様。比較的にね・・・。米国ではゴルバチョフをライオンに見立てて、彼を英雄視した。ところが、この国では彼はこの帝国における指導力を失った、弱い人物であるとして受けとめられた。つまり、両者の見解は完全に異なっていた。あの頃からゴルバチョフ氏と面会して来ましたが、私はプーチンに関する彼の批判にも遭遇しました。最後に彼と面会した際に彼が言ったことを述べておきます。「皆が何と言おうとも、プーチンは今の時点のための人物である」と彼は言った。何故ならば、1989年に彼が締結した合意を米国が破ったからだった。あの合意は東西両ドイツが統合すれば、NATO1インチたりとも東側へ拡大することはないというものであった。その合意に基づいて、彼は東西ドイツの統合を許容した。しかし、そうはならなかった。NATOはクリントン、ブッシュ、および、オバマ政権の下で拡大を加速して行った。そして、これはプーチン大統領が言ったことでもあるが、ゴルバチョフ氏は「連中は2001年にブッシュがABM条約を破棄することに賛成した」と指摘している。あれは大きな間違いだった。ABM条約の破棄はふたつの大国間に存在する軍事バランスを台無しにし兼ねない。それにも増して、プーチンが言っているように、コーカサスでは米国はテロリストに支援をしている。ウクライナに関しては、明らかに反対意見もある。この本ではプーチンは自国の状況を明確に述べているが、米国人は耳を傾けようともしない。さらには、シリア問題もある。シリアでの戦争に関する報道が実際よりも如何に過小報道されているか、私にとってはこれは驚くばかりです。幸い、RTがそれを補ってくれました。

SS: イエメンはどうでしょうか?イエメンがひどく過小報道されていることには驚きませんか?

OS: もちろんです。続けましょう。リストは作成してはいないが、言いたい点は明確です。

SS: 私はこの本を出版することになった背景に関してもお伺いしたいと思っていました。本物の冷戦が真最中であった頃、冷戦は非常に分かりやすいものでした。両陣営がお互いに対立していた。現在は私にとってはより恐ろしい感じがします。世界は多極化して、無秩序の状況がいたる所に見られ、誰もが世界を自分の方へ引き寄せようとする。あなたがちょうど今言及された紛争、ならびに、それ以外の数多くの紛争は、それが故に、すべてが継続して行く。もしも終らせるとするならば、彼らはいったいどのようにこれらの紛争を終らせるのでしょうか?私たちには見当もつきません。

OS: 常に非常に厄介です。あなたは若く、まだ30歳代でしょう。私にとっては最初の「冷戦」は非常に分かりにくく、「われわれ対彼ら」という構図はそれ程はっきりとはしていなかった。実際に共産主義と戦うのだと信じて、私は兵卒としてベトナムへ行きました。言い方を変えると、偽装がたくさんあった。われわれが「もうひとつのアメリカ史」で試みたように、あの期間の歴史全体を振り返ってみると、あれは実際には非常に明快だったと言わなければならない。はっきり言って、あれは茶番だった。世界中の目を欺き、ソ連をスケープゴートに仕立てたのは米国です。世界大戦が終了した後に、連中はロシア人を第二次世界大戦のスケープゴートにし、スターリンをヒトラーと同一視して、この種の考え方がずっと続いた。このことはあの冷戦がいったい何だったのかを誤解したところから始まっている。米国はこの冷戦と戦うために莫大な資産を浪費した。米国は自国の市民、つまり、われわれの手からより高度な教育やより良いシステム、より効果的な安全保障、健康、富、等を剥ぎとった。これらはすべてが今日の問題として表面化している。この国の社会的セーフティー・ネットは消えようとしており、冷戦のために浪費をしなかったならば、これらは皆実現できていた筈です。要するに、われわれは冷戦のために非常に大きな代償を払っているのです。そして、それが和らぐ気配もない。1989年には「平和の配当」が議論されていたことを覚ています。連中はそれについて議論をしていた。あの平和の配当はいったいどうなったのだろうか?ベルリンの壁の崩壊から23週間が経った頃、ブッシュ・シニアーは50万の兵士を中東へ送り込んで、イラクへの介入を始めた。大きな出来事だった。ベトナムへ50万人もの兵士を送り込んだことは、あれはリンドン・ジョンソン政権下であったが、実に大きな出来事だった。そして、報道機関はこれをネタにして売り上げを大きく伸ばした。第二次世界大戦以降だけという訳ではないが、これらの数値は大き過ぎるいうことは分かっていた。われわれは余りにも多くの男たちと共に戦った。それは余りにも膨大であって、機能しなかった。それ以降、いったい何が起こったのか?そのことについては忘れてしまった!リーガン大統領は選挙運動を通じてベトナム戦争を忘れるよう訴えた。そして、またもや、外国での戦争のために50万人もの兵士を中東へ送り込んだのです。われわれは二度と中東から去ることはない!このことについて私は「W」と題する映画を製作し、その映画ではディック・チェイニーによく似た人物が「われわれの出口戦略は何か?」と問われた時、彼は「出口なんて無い」と言った。そして、真実を言えば、われわれは退却をしなかった。イラク戦争には出口がないのだ。われわれはイラクに留まったままだ。50万人にも及ぶこれらの男たちはなんらかの理由で中東から撤退することなんてないのだ。もしも歴史感をお持ちならば、これは実に悲痛な事態だ。これが間違いであることは私には分かっていた。第1次イラク戦争は巨大な間違いだった。交渉を進めるために必要となる十分な余裕があった筈だと私は思う! 

SS: そのような映画(たとえば、「W」または「もうひとつのアメリカ史」)が上映されますと、米国の歴史における言葉の綾や事実の多くを非難しているあなたを見て、あなたは米国ではどのように受け止められていますか?

OS: 容易いことだとは言えないけれども、これらは私の生涯で実現することができたもっとも重要な作品であると思っています。これらのふたつの映画を私は誇りに思っています。私は代償を払っています。ある種の人たちは私を論争の相手として認めてはくれない。でも、連中はノーム・チョムスキーでさえも相手にはしない。米国の政治論争には中心がなく、誰もが中道右派だ。クリントンが政権を取ってから、政治の中心は右派となってしまった。我が国に存在すべき平和の党は見当たらない。グリーン・パーティーを除くと、何かが存在しているという証拠はまったくない。しかし、この党はこっぴどく批判されている。

SS: 人々はこの党を笑いものにしています。 

OS: その通りだが、何故だろうか?ところで、私が育ち盛りの頃、民主党は少なくとも平和を希求する党だという感触を持っていたものです。今や、そのような感覚はすっかり無くなってしまった。何らかの意見の一致さえもまったく感じられない。共感できたのは一人だけです。それはバーニー・サンダースだ。もしもあなたが正しく記憶しているとすれば、彼が外交政策について喋ることは非常に稀だった。彼は外交問題は「サードレール」と見られることを知っていたので、彼は外交政策については非常に稀にしか喋らなかった。[訳注: 「サードレール」とは一部の地下鉄で電力を供給するために設置されている三番目のレールを指す。米国の政治用語では、これに触れると感電することになぞらえ、非難を浴び政治的な地位を失いかけない政策をサードレールと呼ぶ。(ウィキペディアから引用)] 

SS: 実際に何らかの成果を挙げるには米国にとっては彼は余りにも社会主義的でした。

OS: まあ、そのことについては私は知りません。何故かと言うと、米国は生き延びるためにはより社会主義的な方向へ移行しねければならないかも知れないのです。もしもすべてが崩壊し、次から次へと危機が続くならば、株式市場は爆発し、メルトダウンを起こしてしまう・・・。

SS: 現時点ではすべてがトランプに向かっており、何かを変えるよう迫っています。 

OS: はい。ですが、オバマ大統領が沈んだ時、あれは何だったかな。覚えていますか?そう、75百億ドルを経済に注入した話ですが、あれはまさに社会主義的な動きです。米国はいったい何処へ向かって行こうとしているのかは非常に興味深い。これは非常に重要な問い掛けであるので、私は辺りをブラブラしながら、何としてでも見届けたいと思う。サイドラインに立って、何が起きるかを見たいものです。とてつもなく醜い状況となるかも知れないし、被害者にとってはえらく不快なものとなるだろう。米国が自己管理能力を喪失するかも知れないという意味ではこれは実に恐ろしい話だ。危機意識や攻撃の恐怖にかられて、「何についてでもロシアに責任がある」とするこの概念は正気の沙汰ではない。ジョセフ・マッカーシーが行ったように、1950年代のある種の未開状態に頼ろうとすること自体は容易いことだ。私が少年だった頃、「ソビエト人がクラスの中にいる」とか、「われわれのカレッジにもいる」、「我々のシステムの中へ忍び込んでくる」、「ソビエト人は戦争もせずにわれわれを乗っ取ってしまう」とか聞かされたものだ。私はこれらを非常に勤勉な人たちから聞かされた。あなたはこの種の精神状態が存在することを認めなければならない。人々を絞首刑に処すような暴徒となった自警団を身近に見るのは実に恐ろしいことです。常識的な感覚は窓から逃げ失せてしまい、これは真っ先に起こるのです。そして、慎重さや人間性も窓から逃げ出して行ってしまう。あの心理状態は実に恐ろしい。しかも、恐ろしいほどに蔓延している。

SS: あなたは政治をよく理解していらっしゃるし、政治家もご存知です。さらには、あなたは脚本をお書きになる。これがどのようにしていい結果を出すのかについてのシナリオを見せてください。現実的な観点から。

OS: あなたは私に映画を所望している!米国側に立っている私の観点から言えば、別の形態では起こりようがなく、方向は決まっている。だからこそ、恐ろしいのです。この時点ではロシアは何のイニシアチブも取れないと私は思う。降伏をし、核兵器のすべてを揃え、政権を交代させ、プーチンは辞職する、それ以外はない・・・。この筋書きはまったく狂気の沙汰です。ロシアの市民は皆がプーチンを支持しているから、そんなことは起こらない。現時点ではどんな出口もあり得ない。今や、第3党も存在し、彼らがその存在を示すのも真近だ。ド・ゴールがやって来る。シャルル・ド・ゴール・・・。皆が彼にフランスの指導者あるいはヨーロッパの指導者を期待する。この全プロセスを通じて見えて来たメルケルには私はひどく失望しました。彼女は事情を誰よりも良く知っており、ウクライナの本当の話を知っていたからです。しかし、彼女は本当の話に首ったけという訳ではない。何故ならば、彼女の外相が関与していたからです。ふたりは何が起こっているのかを理解していた。ウクライナではクーデターが起こっていた。換言すると、ある種のヨーロッパ的な指導者がいなければならなかった・・・。 

SS: それは米国に対して「NO」と言わせるでしょうか? 

OS: はい。それはひとつの表現でもあります。ド・ゴール将軍が米国に向かって「NO」と言った時、私は彼の近辺をうろついていました。あれは実に良かった。ド・ゴールは非常に誇り高い人物で、フランスの誇りでした。人々はそのことに期待をかけた。しかし、政治ブロックが崩壊するという別の事態もあり得る。もちろん、中国がいる。中国は実に巨大な数値だ。だが、米国は中国には強硬政策を取っている。でも、そうは言わない。相手を好きになることこそがそのことをロシアに伝えることになるんだと思います。しかし、われわれや日本が反中国であるのと同程度にまで韓国を武装する理由は中国を封じ込めるためのものです。私は韓国を心配しています。何故かと言うと、ここでもまた、われわれは莫大な量の武器を日本や韓国へ注ぎ込んでいるからです。瞬時に爆発するかも知れない火薬庫みたいなものだ。とてもじゃないが、好ましい状況とは見えない。仮に私があなたの年齢であれば、私は自分に残された歳月を全うしたいと願うでしょう。あなたはどうしますか?あなたはこのことに一般大衆の関心を引き寄せようとしている。今出来ることの中ではその仕事は最高だと思う。

SS: 私の観点から言いますと、あなたはこのことについて是非とも映画を製作するべきです。間違いなく、この仕事は中断しないで欲しいと思います。

OS: それこそが記録映画が存在する理由なんです。それこそがこの映画を製作した理由なんです。私には気になっていたんです。平和にはもう一度機会を与えたかったのです。今思うに、30時間にもわたるインタビューでプーチン大統領と話をする度に、プーチンは力の均衡、お互いの主権の尊重、そして、世界の平和を願っており、それ以外はまったく何も念頭にはないことに気付かされたのです。ところが、連中はプーチンからそのことを受け取ろうともしない。悪い奴だと思っている相手が実際には世界平和を求めているなんてとても信じられないようです。

SS: オリバー・ストーンさん、この素晴らしいインタビューに感謝致します。すべてがうまく行きますよう祈っています。

OS: どうも有難う、ソフィー。

<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。

オリバー・ストーンはプーチンとのインタビューを通じて、プーチンが何を一番大事にしているかを読み取った。彼は今思うに、30時間にもわたるインタビューでプーチン大統領と話をする度に、プーチンは力の均衡、お互いの主権の尊重、そして、世界の平和を願っており、それ以外はまったく何も念頭にはないことに気付かされたのです」と述べている。

この政治的姿勢が如何に重要であるかは議論を待たない。世界が平和でなかったら、結局、核戦争によって人類はこの地上から消え去る運命にあるからだ。

人間社会はさまざまな問題を抱えており、個々の問題が何時になったら解決できるのかは分からない。人種差別、人権、性差別、余りにも大きくなった貧富の差、各国間の経済格差、他国に対する干渉、等、個々の課題はそれぞれが重要なテーマである。重要な課題が山積している。しかしながら、人類の生存を左右する「世界の平和」、「核兵器の撤廃」といった課題と比較すると、これらの政治課題はどう見ても二次的な存在だ。言うまでもなく、人っ子ひとりもいない世界がやって来たら、元も子もない。われわれ一般庶民はこの点を明確に意識して、政治を監視して行かなければならない。平和にもう一度機会を与えるために・・・。


参照:

1Oliver Stone: Putin is ready to negotiate on everything but Russia’s national interests: By RT, Aug/13/2018


<転載終了>