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2018年10月24日 (水)

国内のファシズム化と国外での侵略戦争の引き金になった9/11(その2/3)

 

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 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、9/11から10日ほどのち、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成されていた。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。1991年にウォルフォウィッツが口にした3カ国のほか、天然ガス開発とパレスチナ問題が絡むイスラエルの隣国であるレバノン、ドル体制から離脱してアフリカを自立させようとしていたリビア、インド洋と地中海をつなぐ紅海の出入り口にあるソマリア、資源の宝庫スーダンがターゲットに加えられている。

 また、攻撃から数週間後、ブッシュ・ジュニア大統領はNSAに対して令状なしで通話を傍受、記録することを許可した。形骸化しているFISC(外国情報監視法廷)のチェックすら受ける必要がなくなったわけである。2017年の段階でNSAは1日あたり25兆件の通信を傍受、記録していると推測されている。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017)

 ブッシュ・ジュニア政権は攻撃の直後に「アル・カイダ」の犯行だと断定したが、「アル・カイダ」を率いているとされたオサマ・ビン・ラディンはその攻撃に自分たちは関与していないと主張、9月16日にはカタールのテレビ局、アル・ジャジーラに送った声明の中で、やはり自分たちが実行したのではないとしている。その後、オサマ・ビン・ラディンが犯行を認めているとする映像が流されるものの、画像が不鮮明で、怪しげな代物だ。発言内容を西側の有力メディアが「誤訳」しているとも指摘されている。

 アル・カイダはCIAがアフガニスタンでソ連軍と戦わせるために訓練した戦闘員の登録リスト。そのリストに登録してある人物が率いる武装グループは存在するが、アル・カイダという武装組織は存在しない。これは本ブログでも繰り返し説明してきた。

 アメリカでアル・カイダという仕組みを作り上げたのはジミー・カーター政権で国家安全保障補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー。1970年代終盤のことだ。ソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、疲弊させるという秘密計画で、その計画をカーター大統領は1979年7月に追認している。ソ連軍がアフガニスタンへ入ったのはその年の12月。ソ連軍が撤退したのは1989年2月のことだった。

 アフガニスタンを支配するため、CIAは1994年にパキスタンの情報機関ISIの協力を受けて「タリバーン」を組織した。この武装組織は1996年9月に首都のカブールを制圧、その際にムハンマド・ナジブラー大統領を惨殺している。この年、オサマ・ビン・ラビンがアフガニスタンに入ったという。

 当初、タリバーンとアメリカ支配層との関係は良好で、タリバーンのロビイストを務めていたのはリチャード・ヘルムズ元CIA長官の義理の姪にあたるライリ・ヘルムズ。アメリカの支配層はタリバーンを自分たちの傀儡政権にできると考えていたのだろう。

 タリバーン政権下のアフガニスタンに最も深く食い込んでいた石油会社はアメリカ系のUNOCAL(かつてのユニオン石油カリフォルニア)だが、1996年11月、タリバーン政権はTAPIパイプラインの敷設計画でUNOCALでなくアルゼンチンのブリダスを選んでしまう。翌月、パキスタンの外務大臣がカブールを訪問してUNOCALの要求を飲むように求めるが、明確な返答はなかった。

 アメリカのビル・クリントン政権は1997年から中央アジアのウズベキスタン、キルギスタン、カザフスタンの軍隊と演習を開始してタリバーン政権を威嚇、アメリカ軍派遣の準備に着手した。ウズベキスタンとはタリバーンに対する秘密統合作戦を始めている。

 この翌年、タリバーン政権を攻撃する口実になる出来事が引き起こされた。8月7日にケニアのナイロビとタンザニアのダル・エス・サラームのアメリカ大使館が爆破されたのだ。アメリカ政府はオサマ・ビン・ラディンの命令で実行されたと断定、ビン・ラディンを保護していたタリバン政権とのパイプラインに関する交渉を停止、この月の20日にアメリカ軍はアフガニスタンとスーダンを巡航ミサイルで攻撃している。(つづく)

​ 以上は「櫻井ジャーナル」より   

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