逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/59d85624ade2af8dd2487798feceb925
<転載開始>
2018年09月21日 | 社会・歴史
渡邉英徳‏ @hwtnv
73年前の今日。1945年8月19日,沖縄・伊江島を経由し,正式降伏受理の打ち合わせのため,マニラに向かう日本の使節団。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。
(沖縄県伊江島で日本軍の白色緑十字の一式陸攻から降りてアメリカ軍の用意していたダグラスDC-4に乗り換えるところ)


伊江島に着陸する白色緑十字の一式陸攻の一連の画像はアメリカ軍によってカラーフィルムで撮影されていた








昭和20年8月19日、アメリカ戦艦ミズリー号上での9月2日の降伏文章の調印式の準備でフィリピンのマニラでの協議を行うため伊江島に降りた参謀次長河辺虎四郎中将以下降伏使節団の乗った双発の一式陸上攻撃機2機を護衛するのは米軍の戦闘機ではなく一緒に飛んでいるのは機首が赤く見えるB-25 Betty’s Dreamらしい。



















伊江島の一式陸上攻撃機の白色塗装は学徒動員の横須賀の女学生が塗ったらしい。(白色緑十字の下に薄っすら見える日の丸がもの悲しい)





1945年8月19日、日本の降伏使節団は沖縄の伊江島まで一式陸上攻撃機で飛行したが、そこから米軍の用意してダグラスDC-4でフィリピンのマニラに向かっている。


渡邉英徳‏ @hwtnv 

73年前の今日。1945年9月21日,海に投棄される日本軍の弾薬。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。



渡邉英徳‏ @hwtnv
73年前の今日。1945年9月20日,文科省の通達により「墨塗り教科書」が始まる。教科書の戦時教育にまつわる部分を生徒に墨で塗りつぶさせ,授業に用いた。写真は札幌市平和バーチャルミュージアムより。

『本土決戦(一億玉砕)を目指して着々と準備していた日本軍の決意を一撃でくじいたソ連赤軍の対日参戦』
★注、
ドイツ降伏3カ月以内の対日参戦とのヤルタでの米英ソ3カ国首脳会談での決定通りに8月9にソ連軍侵攻が始まって日本は即座に御前会議でポツダム宣言受諾(無条件降伏)を決定して翌日の10日に連合国軍に打電する。
『本土決戦』(一億玉砕)を目指して着々と準備していた日本の決意を(アメリカのルーズベルトが予想したように)ソ連赤軍の対日参戦が一撃で挫いたのである。(日本はアメリカに負けるのは良いが、ソ連赤軍にだけは降伏したくなかった。ニコライ二世などロマノフ王朝の最後は今では歴史的出来事の一つだが当時は生々しい現実問題だったのである)
8月14日には正式な外交ルートでポツダム宣言を受諾して、15日には日本国内でも『玉音放送』を行って米軍との戦闘行為は一切中止されるが、何故かソ連軍との戦闘は継続され双方に大損害を出しているのです。(第二次世界大戦が終わるよりも早く、疑似第三次世界大戦である『冷戦』が始まっていたらしい)


二人とも仲良く軍服姿のスターリンとチャーチル。(文民である国家の最高指導者とは、例外なく自動的に国軍の最高司令官でもある。ところが憲法9条がある我が日本国では安倍晋三など、自覚がないのに首相をしている不適任者が多すぎる)

同盟国だったソ連と米英、アメリカの敵国だった日本『冷戦の意味するところは』

永久に終わらない筈の日本の公共事業と、永久に終わらない筈の公共事業としてのアメリカの『冷戦』とは、どちらも世界第一と第二の経済大国の経済に取っては欠くべからざる重要な位置を占めていて、(正当な大義名分で大量の公金を半永久的に浪費する)まったく同じ意味を持っていた。
ところが経済事情が変わり、今では日本の無駄に大きい公共事業も、アメリカの公共事業としての冷戦も、どちらも最早続けられなくなっている。
世紀続いた東西『冷戦』とは、今にも『戦争が起こるぞ』と世界のみんなに思わせて緊張感をぎりぎりまで高めて戦争一歩手前の際どい瀬戸際まで持っていく。ところが、決して戦争まで起こさない。剣法の達人の名人芸『寸止め』のような不思議な構造になっていたのです。(★注、今のトランプ大統領と北朝鮮の関係も、実は剣法の達人の名人芸『寸止め』のような不思議な構造だった)



『怖ろしい日本のタブー中のタブー(唯一、日本の狂気を止める力があったソ連赤軍)を取り上げたNHKの勇気?変心?』 

沖縄を捨石にし『一億玉砕』地獄の本土決戦を目指し着々と準備していた日本軍が突然ポツダム宣言受諾(無条件降伏)した原因とは、トルーマンの『100万人の米兵を救った原子爆弾』神話か、同時期のソ連赤軍の対日参戦の二者択一。それ以外に日本が翻意した原因は無いのである。
ところが、原爆とソ連参戦のどちらが真実であっても、その『結論』があまりにも恐ろしい。
そこで、仕方なく日本人の全員が思考停止に陥って『全ての真実』はタブーとして封印し、8月15日の玉音放送『天皇聖断の神話』で誤魔化して、現在に至っている。
★注、
世界では冷戦が、日本ではバブル経済が崩壊し未曾有の大混乱に突入した。(ところが、まったく偶然にも発生した時期が同じだったのでメディアは、3番目のニュースを大々的に報じることで、大崩壊を二つとも報じなかった)昭和天皇の下血騒動で、にわかに言われ出した1945年8月15日の玉音放送『天皇聖断』の神話の信憑性ですが、これが真実だとすると極端に困ったことが起きるのでヒロヒトが死にかかるまで右翼も左翼も同じで誰一人言わなかったのである。
(本当に負け戦で戦争を止めるだけの絶大な権力がヒロヒト天皇にあったとしたら、開戦責任を問われ死刑になった東条首相以上の最高責任者だったことが自動的に証明されるので、東京裁判で『絞首刑』は到底免れないのである)


樋口 季一郎陸軍中将 第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官

『日本の敗戦後も、住民を盾に「全員戦死まで」対ソ戦争を強いる札幌方面軍の樋口司令官の卑劣さ』

731放送の翌日、2017年8月14日『NHKスペシャル「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」』は類似の報道が今まで一切無かったのですから衝撃的である。
NHKの番組案内から、
『北海道の北に広がるサハリン。かつて「樺太」と呼ばれ、40万人の日本人が暮らしていた。昭和20年8月、終戦後にも関わらず、住民を巻き込んだ地上戦が1週間にわたって続き、5000人とも6000人とも言われる人たちが命を落とした。なぜ終戦後も戦闘は終わらず住民の被害が拡大したのか。長年沈黙を守ってきた元住民たちの証言、そして国内外で発掘した資料から、樺太の悲劇に迫る。』
2017年8月18日(金) 午前1時25分(45分)に再放送

『日本が敗戦したはずの「玉音放送」翌日の8月16日に樺太師団に届いた「死ぬまで戦へ」の札幌方面軍の理不尽な玉砕命令』

多くの日本人が知らない、もう一つのオキナワ戦(地獄の本土決戦)

『玉音放送』で武装解除の準備を進めていた樺太師団の本部に、終戦後にもかかわらず『樺太を死守せよ』との命令が札幌方面軍司令官から届いた。
命令を受けた樺太師団の鈴木康参謀長(大佐)は戸惑い『泣いて終戦命令を下し各隊が涙と共に実行中の16日午後 軍命令が届いた。今頃何事ぞと怪しみ考えてみたが合点がいかない。電話で作戦就任に尋ねる。はっきりした回答は得られない。』
樺太死守の命令を守り戦闘を続ける樺太師団の鈴木参謀長とソビエト軍との交渉が決裂。8月20日、ソビエト軍は樺太で最大の3万5000人が上陸作戦を敢行。日本側が5000~6000人が死亡する。
『樺太死守』を命じていた札幌方面軍は、大本営の指示を受けて8月22日になって命令を翻して『ただちに停戦せよ』と樺太師団に命令したので、ようやく停戦が成立、7日遅れで意味不明の不思議な戦争がやっと終わっている。(本来なら戦犯として極刑が免れないが、何故か無罪放免になっていることからも密かに『冷戦』『日米同盟』が始まっていたことが分かる)







『アメリカの従順な目下の同盟国としての日本(対米従属)』

『玉音放送』から4日後の73年前の1945年8月19日の同じ日本でも日ソ両軍が全面衝突、激烈な戦闘の真っ最中だった樺太や千島列島と、それとは対照的な沖縄県伊江島の日米両軍の平和な画像とを見比べれば明らかだが、アメリカの従順な目下の同盟国としての日本(対米従属)の立場は明確だったのである。(★注、玉音放送後に日本軍機が日の丸ではなくて、白色塗装の白色緑十字で飛んでいた対米従属の象徴的な事実はタブー中のタブーとして長い間、歴史の闇の中に封印されていた)

<転載終了>